経営判断原則と「取締役の任務懈怠責任」

はじめに

経営破綻した日本振興銀行の旧経営陣に対し整理回収機構が損害賠償を求めていた訴訟で19日、東京地裁は元会長に5億円の支払いを命じました。ずさんな融資判断で会社に損害を発生させた場合に経営陣はどのような責任を負うのか見ていきたいと思います。

事件の概要

日本振興銀行は大阪市の中小企業保証機構株式会社に約85億円の融資を行っていました。当時の役員であった4名は融資を行うに際し、返済能力等を十分に調査確認せず、追加の担保を取るといった措置を講ずることなく融資承認を行っていました。それにより融資した85億円の内の大半が回収不能に陥り、日本振興銀行は2010年に破綻しました。これらの債権や役員らに対する損害賠償債権を引き継いだ整理回収機構が任務懈怠責任に基づく賠償請求の一部として5億円の支払いを求める訴えを起こしていました。被告4名の内3名は請求を認め和解に応じましたが、当時の取締役兼代表執行役の木村元会長は融資先の財務状況が悪化していたとは認識していなかったとして争っていました。

取締役等の責任

会社法によりますと、取締役、執行役といった役員等と会社の関係は委任関係に立ちます(330条)。受任者である役員等は委任者である会社に対して善管注意義務(民法644条)、忠実義務(355条)を負います。これらの義務を怠り(任務懈怠)会社に損害を生じさせた場合、役員等は会社に対してその損害を賠償する責任を負います(423条1項)。会社法423条1項の任務懈怠責任の要件は、

①役員等の任務懈怠
②故意または過失の存在
③損害の発生
④任務懈怠と損害の因果関係

が挙げられます。役員等が会社法、金商法、独禁法といった法令に違反する行為を行った場合は当然に任務懈怠に該当することになります。粉飾決算や談合、燃費不正といった昨今の不祥事等も該当すると言えます。問題となるのは経営者としての判断ミスにより損害が生じた場合です。

経営判断原則

役員等の経営上の判断によって結果的に会社に損害が生じたとしても、原則として裁判所は経営判断に事後的に介入しないという考え方があります。これを経営判断原則と言います。もともとは米国の判例法理として発達したルールですが、日本においても役員等の任務懈怠責任の判断の前提として取り入れられております。裁判例によりますと、この原則のもとで任務懈怠が認められるためには①経営判断がなされた当時の社会情勢の下②その業界での通常の経営者としての知見、経験を基準として③事実認識に不注意がなかったか④その事実に基づく判断が著しく不合理であると言えないか、という要件に該当する必要があります(東京地判平成16年9月28日)。つまり経営判断をするに当たって、情報収集とそれに基づく判断が当時の業界人として著しく不合理なものではなかったかということです。

判決要旨

本件で東京地裁の小野寺裁判長は、融資に当たって融資先の財務状況の報告を受けており返済が困難であることを認識すべき立場にあった、資産状況等について十分な調査や検討を行わずに融資の承認をしていたとして任務懈怠を認め木村元会長に対し5億円の支払いを命じました。

コメント

重大な融資判断をする銀行の役員としては、融資先の財務状況、返済能力等を十分に調査した上で十分に担保等を確保し、融資すべきか否かを当時の一般的な銀行役員の常識的判断を基準として決定しなくてはならなかったと言えます。本件日本振興銀行の旧経営陣はこのような判断を行わずに、ずさんな調査、判断を行っていたと認定されたものと言えます。経営判断原則によりますと、どの程度の調査義務、慎重な判断を求められるかはその役員が所属する会社の業界により異なります。銀行であれば融資判断のプロとして財務・信用に関し高い調査義務が求められます。原発を所有する電力会社では国民の健康生命に関わる危険な施設を運用するプロとして、その安全管理には極めて高い調査、判断義務が求められています。企業経営においてはリスクはつきものであり、経営判断の結果として損害が生じても、事後的に裁判によってその判断にむやみに介入していては経営が萎縮し経済発展は成り立たないと言えます。そこで経営者として著しく不合理な判断にのみ例外的に介入すべきとするのがこの経営判断原則です。そういった意味では、任務懈怠に当たるか否かに難しい判断は必要なく、単純に、業界人として常識的な判断を心がけていれば任務懈怠と認定される可能性は少ないと言えるのかもしれません。

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