刑事訴訟法改正、日本版「司法取引」とは?

はじめに

今年5月24日に可決成立した刑事訴訟法等の一部を改正する法律(改正刑事訴訟法)が6月3日に公布されました。企業犯罪の摘発に主眼を置いているとも思われる日本版「司法取引」の規定が新設されております。今回は改正概要と司法取引規定について見ていきたいと思います。

改正の経緯

政府によりますと、今回の刑事訴訟法の改正の最大の柱は取調べの録音・録画の導入による取調べの可視化にあると言われております。従来から日本の刑事手続は過酷な取調べによる自白偏重に問題があるとされてきました。それにより多くの冤罪事件が発生したことも事実です。可視化することによって違法な自白の強要行為の有無が一目瞭然になると言われております。適正・公正な刑事手続を確保する一方、これまで立件、立証が難しかった汚職、詐欺、横領や独禁法違反等の企業犯罪の捜査の効率化を図るためにいわゆる司法取引規定が新設され、組織的窃盗、詐欺や児童ポルノ事件の摘発を目的とした通信傍受の拡充がなされました。これにより「世界一安全な日本創造戦略」(閣議決定)における治安基盤の強化が図られます。

改正の概要

(1)取調べの可視化
裁判員裁判対象事件等一定の重大事件については、警察および検察は逮捕・勾留されている被疑者の取調べを行うときは、その全過程を録音・録画することが義務付けられます。そして公判段階で被告人の供述の任意性が争われた場合には取調べを録音・録画した記録媒体の証拠調べを請求しなくてはなりません。従来任意性が争われた場合には通常、取調べを行った捜査官の証人尋問が行われていましたが、より明確な立証が可能となると考えられます。

(2)合意制度(司法取引)の導入
一定の薬物銃器犯罪、経済犯罪を対象として弁護人の同意を条件に検察官が被疑者・被告人と取引をすることが可能となります。被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにするために供述や証言等をする代わりに、検察官が不起訴や求刑の軽減等を行う合意を行います。裁判所で自己に不利益な証言をする代わりに裁判所の決定で免責することも可能となります。

(3)通信傍受の拡大
これまで薬物・銃器犯罪に限定されていた通信傍受の対象事件に殺人、略取・誘拐、詐欺、窃盗、児童ポルノ事件を追加します。あらかじめ役割の分担に従って行動する人の結合体により行われると疑うに足りる状況を要件として通信の傍受を行うことができます。昨今増加の一途をたどる振り込め詐欺等を念頭に置いていると思われます。また通信傍受の実施の適正確保のため暗号技術等を用いることになります。

合意制度(司法取引)について

今回の改正の目玉とも言うべき合意制度についてもう少し詳しく見ていきます。改正刑事訴訟法350条の2各項によりますと、①特定の犯罪において②「他人の刑事事件」に関し③取調べで供述、公判等で証言、証拠の提出等を行い④それに対して不起訴、公訴取消、特定の訴因・罰条の加減、略式・即決手続に付する等の合意をすることができます。この合意をするに当たっては、それにより得られる情報、証拠の重要性、犯罪への関連性、犯罪の重大性等を考慮して必要性を判断することになります。またこの合意をするためには弁護人の同意も必要となります(350条の3、1項)。そして対象となる特定の犯罪とは、汚職や横領等の刑法犯(350条の2、2項1号)、組織犯罪処罰法違反(同2号)の他に租税法、独禁法、金商法が挙げられております(同3号)。3号の企業犯罪に関しては「その他・・・政令で定めるもの」として今後も随時追加されていくことが予定されております。

コメント

独禁法の談合事件で、いち早く公取委に通報した者は免責されるという制度が導入されております。独禁法違反や金商法違反といった企業犯罪はそれだけ捜査・立証が困難で内部者の協力が重要だということです。今回の司法取引制度の導入はまさにこの点に主眼が置かれているように思われます。この制度は自己の犯罪事実ではなく、「他人の刑事事件」に関して捜査協力することがポイントで、企業犯罪にとって「他人」には他社の他に取締役等の役員や従業員等が含まれることになります。談合事件のように競合他社に抜け駆けされる危険だけでなく、役員の一部や従業員によって捜査機関にリークされるという事態が想定できます。これらの企業犯罪の嫌疑がかけられた場合、これまでは企業は一体として対応の検討を行ってきましたが、司法取引制度の導入により企業内部での対応も必要になってくると考えられます。企業としての対応も定まらないうちに一部の従業員によりリークされ捜査が入るという事態も想定して対応する必要が出てきます。一方で独禁法の通報制度が拡充されたと見て、会社として捜査に協力し免責を得るということもできます。改正刑事訴訟法は今後2年以内に施行されると言われております。本件改正を念頭に入れた上での今後のコンプライアンス体制構築が重要と言えるでしょう。

企業法務ナビよりお知らせ
本記事は、約2年3ヶ月前に投稿された記事です。法律を内容とする記事の特性上、その改正や他の特別法の施行、経過措置期間の経過、関連判例の出現などによって内容が古くなり、現在は誤りとなる可能性がありますので、ご注意下さい。
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[著者情報] mhayashi

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東北大学法学部卒業、東京大学法科大学院修了

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