「病気やない、甘えなんや」と患者を叱咤した医師に賠償命令
2011/10/31 訴訟対応, 民事訴訟法, その他
「病気やない、甘えなんや」と患者を叱咤した医師に賠償命令
大阪地裁は、25日、自律神経失調症で休職中に産業医に面談した際に、「病気やない、甘えなんや」などと言われたため症状が悪化したとして、40代男性が医師を相手に530万円の損害賠償を求めていた裁判で、医師側の過失を認め、60万円の賠償命令を下した。
【被告医師の発言】
男性は2008年6月から自律神経失調症にて休職。復職のメドが立った同年11月に、被告医師は、男性の病状について、「それは病気やない。甘えなんや」と叱咤し、また、投薬についても、「薬を飲まずに頑張れ」と激励していた。
さらに、「こんな状態が続いとったら、生きとってもおもんないやろが」と力説し、男性の早期復帰を促していた。
男性は、被告医師の上記発言のため、復職が翌年4月までずれ込んだと主張した。
自律神経失調症とは
1 症状
身体の一部に痛みを感じたり、内臓器官の不調、動悸、倦怠感等、あらゆる症状が挙げられる。また、精神的に落ち込んだりといった精神面での症状も起こりうる。
2 主な原因
生活リズムの乱れや、過度なストレス、ストレスに弱い性格や体質、環境の変化、ホルモンバランスの変化等が原因として考えられる。
産業医とは
企業等において労働者の健康障害の予防及び心身の健康の保持増進等を行う医師。労働安全衛生法上、一定規模を超える事業場においては、産業医を置くことが義務づけられている。
裁判所の判断
裁判では、被告医師の発言が、産業医として課せられた注意義務に違反するかが争われたが、大阪地裁の寺元義人裁判官は、
「産業医はメンタルヘルスケアを通じて労働者の健康管理を行うこともその職務であり、そのような職務に当たる産業医としては、安易な激励や、圧迫的、突き放すような言動は病状を悪化させる危険性が高く避けるべきである。ことに、うつ病などとの関連性が考えられる本件原告への対応については、特に慎重な言動を心がけるべきであった」
旨判示し、被告医師に産業医としての注意義務違反を認定した。
雑感
歯に衣着せぬ物言いをする医師というのは存在する。そして、それが、頼りがいという形で受け取られたり、がさつだが根っこの優しさを感じさせるという評価になることも少なくない。
しかし、心が弱った人、デリケートな人にとってはそういった歯に衣着せぬ発言は、自身を押しつぶすプレッシャーでしかない場合があるのもまた事実である。
自律神経失調症の患者は、物事をまじめに捉えすぎる傾向があり、病気になってしまった自分自身が許せなかったり、このままじゃいけないという思いが強すぎたりと言った精神状態にあることが多いという。
そのため、カウンセリングでは、「今はこういう時なのだから焦らず行こう」と、患者が現在の自分を肯定できるよう励ますことが一般的な対処法と言われている。
上記を自律神経失調症治療の大原則と捉えるならば、今回の産業医の発言は、そこから180度外れたものと言わざるをえないであろう。したがって、今回、裁判所が産業医に注意義務違反を認定したことは妥当であったと言える。
一方で、注目して欲しいのは、「自律神経失調症」は疾患名ではなく、身体や精神面に現れる症状に対し検査での異常が認められない場合に用いる診断名であるということである。欧米では、「自律神経失調症」にあてはまる疾患はないとされ、日本人医師の中にも疾患として承認していない医師も多い。
このように、検査での異常が認められず、原因が不明な症状に対して、「このように治療すべき」と定めることは、極めて困難であると考えられる。
今回の40代男性の症状については、うつ病由来の症状である可能性が高いと裁判所は考えたようだが、「うつ病」と診断出来なかったがゆえに、「自律神経失調症」と診断された事実をいささか軽視しているように思える。
今回の医師が、どのような心積りで前述したような発言をしたのかは現段階ではわからないが、症状の原因がわからない中で、自身が最も良いと考える対処法を選択して、それが注意義務違反と認定されたのだとしたら、いささか不憫な話である。
個人的に、「高度な専門性と裁量を有する領域に結果論で過失を認定するということの難しさ」を感じさせられた判決であった。
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