最高裁、父親の性的虐待で賠償認めず、民法の除斥期間とは
2025/04/23 訴訟対応, 民法・商法

はじめに
子どもの頃に性的虐待を受けたとして40代の女性が父親に損害賠償を求めていた訴訟で16日、最高裁が上告を棄却していたことがわかりました。不法行為から20年経過で賠償請求権が消滅したとのことです。今回は民法の除斥期間について見直していきます。
事案の概要
報道などによりますと、原告の女性は保育園児だったころからわいせつなビデオを見せられるなどしており、小学4年から中学2年まで性行為をさせられていたとされます。女性はその後、感情をコントロールできなくなったり、自己を否定的に考えるようになり、精神的苦痛を被っていたとし2020年に提訴しました。女性は心的外傷ストレス障害(PTSD)の症状があらわれ始めたのは2018年1月頃だったと主張したものの、一審広島地裁は10代後半には精神的苦痛が生じ、遅くとも女性が20歳になる1998年頃が除斥期間の起算点として請求を棄却しておりました。
除斥期間とは
除斥期間とは、法律関係の速やかな確定のため、一定期間の経過によって権利を消滅させるという法制度です。民法上、除斥期間と考えられているのは取消権が20年で消滅するとする定め(126条)、盗難・遺失物の回復(193条)、婚姻や養子縁組の取消権(747条2項、808条1項)などが挙げられますが、しばしば問題となるのは不法行為による損害賠償請求権の期間制限です。従前民法727条は、不法行為の損害賠償請求は損害および加害者を知った時から3年間行使しないときは時効消滅するとし、後段で不法行為の時から20年を経過したときも同様とするとしておりました。この20年が除斥期間とされております。この条文は民法の平成29年改正で「除斥期間」ではなく「消滅時効」であると明言されており、また生命・身体に対する侵害の場合は3年のところが5年とされております(724条の2)。
消滅時効と除斥期間
除斥期間と似た概念として消滅時効があります。一般にはむしろこちらのほうが馴染みやすいと考えられますが、いずれも一定期間の経過によって権利が消滅する点で同様の法律効果を持っております。しかし両者には多くの異なる点も存在しております。まず消滅時効は一定の期間が経過しただけでなく、時効の利益を受ける者によって援用することにより効果が発生します。これは例えば裁判所が時効が完成していると判断していても、当事者が時効消滅を主張しない限り権利が消滅していると判断することはできません。一方除斥期間は一定期間の経過で自動的に効果が発生します。当事者の援用は必要ありません。そして時効には完成猶予や更新といった制度が用意されておりますが除斥期間にはそれも無く、また停止もありません。また時効は起算日に遡って無かったこととなる、いわゆる遡及効がありますが除斥期間にはこれもありません。このように両者には多くの相違点が存在します。
除斥期間に関する裁判例
最近の除斥期間に関する判例として、旧優生保護法により不妊手術され国に国賠請求をした事例があります。この事例で最高裁は、旧優生保護法の規定が個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反し憲法13条、14条に違反すること、同法に関する国会議員の立法行為に国賠法上の違法があること、そしてこのような事案で国が除斥期間を理由に責任を免れることは著しく正義・公平の理念に反し、国が除斥期間を主張することは信義則に反し権利濫用となるとして賠償を命じました(最判令和6年7月3日)。信義則や権利濫用という一般原則によって除斥期間を排斥したということです。また筑豊じん肺事件では、除斥期間の起算点について、加害行為から一定期間が経過してから症状が現れるといった場合は損害の全部または一部が発生した時点を起算点とすべきとしております(最判平成16年4月27日)。B型肝炎訴訟でも同様に起算点は加害行為時ではなく、損害の発生時としております(最判平成18年6月16日)。
コメント
本件で原告女性はPTSDの症状が現れたのが2018年1月であったと主張しておりましたが、一審広島地裁は10代後半には精神的苦痛が生じており、遅くとも20歳になる1998年が起算点であるとして請求を棄却しました。二審も同様であり最高裁も上告を退け敗訴が確定しております。以上のように除斥期間は原則として期間経過により権利が消滅します。判例では例外的に除斥期間経過後も権利が認められた例はありますが、重大な憲法上の人権侵害が明らかな場合などかなり限られた場合に限定されると言えます。それ以外の場合はどの時点を起算点として認めるかが主な争点となっております。時効制度や除斥期間などについては近年法改正も入っており、今一度これらの制度について確認し、準備しておくことが重要と言えるでしょう。
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