大阪高裁が聴覚障害児を健常者と同等と判決/逸失利益とは
2025/01/29 訴訟対応, 民法・商法

はじめに
生まれつき聴覚障害がある女児(当時11歳)が重機にはねられ死亡した事故で遺族が損害賠償を求めていた訴訟で20日、大阪高裁が計約4400万円の賠償を命じていたことがわかりました。障害による減額をしなかったとのことです。今回は逸失利益について見直していきます。
事案の概要
報道などによりますと、2018年、大阪市生野区でショベルカーが歩道に突っ込み、近くの聴覚支援学校に通っていた女児がはねられ死亡、他4名が負傷したとされます。ショベルカーを運転していた建設作業員の男はてんかんの持病を持っており、事故当時てんかん発作によって意識を失っていたとされ、危険運転致死傷罪などで懲役7年が確定しているとのことです。その後2020年1月、女児の遺族がショベルカーを運転していた男と元勤務会社を相手取り、計約6100万円の損害賠償を求め大阪地裁に提訴しておりました。一審大阪地裁は、労働能力が制限されうる程度の障害があったこと自体は否定できないとして、逸失利益を全労働者の85%とし、約3700万円の賠償を命じました。
損害賠償額
交通事故などの不法行為によって損害を受けた場合、その損害の賠償を加害者側に請求することができます。それでは具体的にどのように賠償額は決まるのでしょうか。まず損害には大きく分けて積極損害と消極損害があります。積極損害はその不法行為によって実際に支払うことを余儀なくされた金銭等を言います。たとえば治療費や入院費、通院の際の交通費などが挙げられます。そして消極損害とは、その不法行為がなければ受け取れたであろうお金を言います。たとえば事故により負傷して入院や通院をすることになって仕事を休まざるを得なくなった場合など、本来得られた給料分といった休業損害が挙げられます。そして事故などで死亡してしまった場合はこれが逸失利益となります。生存していたら本来受け取ることができたであろう収入ということです。死亡しなくても後遺障害が残った場合でも、それによって収入が減少した場合はこれも逸失利益と言えます。
具体的な算定
上記のように積極損害や消極損害について賠償請求をすることができますが、実際にはもうすこし複雑なものとなります。まず具体的な損害を特定したら次に過失相殺が行われることとなります。過失相殺とは、被害者側にも過失がある場合、賠償額からその分を控除するというものです。過失割合が大きい場合はほとんど相殺されてしまう場合もあります。次に損益相殺がなされます。損益相殺とは、被害者側がその事故によってなんらかの利益を受けた場合、その分が賠償額から控除されるというものです。たとえば被害者が保険金を受け取っていた場合、その分は相殺されます。これは賠償額の二重取りを防止するという意味があります。対象となるのは各種保険給付金、自賠責保険金、国民健康保険給付金などとされます。そして加害者の保険会社等からすでに治療費等が支払われているといった場合にはその分も控除されます。最後に弁護士費用や遅延損害金などが加算され、最終的に賠償額が確定することとなります。
障害者の逸失利益
通常被害者が死亡した場合、その逸失利益の算定は基礎収入額に就労可能年数とライプニツ係数を乗じて算出します。ライプニッツ係数とは、本来給与として将来もらえるはずのお金を一括で支払われることとなるため、その運用利益分を控除するための係数とされます。それでは障害者の場合はどうなるのでしょうか。一般に障害者の場合は何割か減額されることが多いと言えます。裁判例としては、等級2級の聴覚障害者が被害者となった事例で、障害者雇用実態調査によれば聴覚・言語障害者の平均年収は全労働者の約76%にとどまるとする推計結果があったものの、被害者の大学での成績などから優良企業のエンジニアとして就職していた可能性が高かったとして賃金センサスの90%とした例があります(名古屋地裁令和3年1月13日)。また全盲であった場合でも、盲学校での成績や能力向上への積極性などを評価し、賃金センサスの80%を認定した例も存在します(広島高裁令和3年9月10日)。
コメント
本件で一審大阪地裁は、将来様々な就労可能性があったとしつつも、聴力障害は労働力に影響がないものとは言えないとし85%と認定しておりました。これに対し大阪高裁は、全労働者の平均年収から減額するのは顕著な妨げとなる事由が存在する場合に限られるとした上で、本件女児は補聴器を利用すれば通常の会話が可能であり、聴覚支援学校でも学年相応の言語知識や学力を身に着けていたと指摘、また近年の障害者法制や社会意識の変化、急速なデジタル技術の進歩も踏まえて顕著な妨げとなる事由は無いとし100%としました。以上のように障害者の逸失利益についてはこれまでも問題となることが多い争点となってきましたが、障害者の障害の程度も様々で裁判所の認定も予測が難しいと言えます。しかし近年、障害者に関する意識の変化等から裁判所も健常者と同等に扱うべきとの方針で判断しているように感じられます。障害者に対する法制度や社会意識についても注視し、社内でも周知しておくことが重要と言えるでしょう。
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