求人の虚偽記載、洋菓子店「マダムシンコ」に100万円の支払い命令
2023/10/16 契約法務, 労務法務, コンプライアンス, 労働法全般
はじめに
求人サイトに掲載された待遇よりも実際の給与が10万円以上少なかったとして、洋菓子店「マダムシンコ」の元従業員の男性が未払い賃金などの支払いを求めていた訴訟で12日、大阪地裁が会社側に約100万円の支払いを命じました。閲覧数を増やすため給与額を高く表示したとのことです。今回は求人の際の虚偽記載について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、原告の男性は2021年3月、求人サイト「インディード」に掲載されていた「月給35万円~50万円」とするマダムシンコの豊中工場の広告を見て応募し採用されたとされます。しかし採用されて1ヶ月後に会社から提示された雇用契約書には「基本給16万円~25万円」記載されていたとのことです。工場長からは口頭で「月給35万円」、試用期間として25万円と説明を受けたことから契約書に署名したとされます。その後試用期間終了後、給与が突如17万円に減額され、男性は退職後、約200万円の未払い賃金支払いを求め、大阪地裁に労働審判を申し立てました。会社側は、インディードの広告は雇用契約の労働条件に当たらないと反論していたものの、閲覧者を増やすために給与額を高く表示したことを認めていたとされます。
労働条件の明示義務
職業安定法5条の3によりますと、事業者やハローワークが労働者の求人を行う際には、労働者に対して従事すべき業務の内容および賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならないとしております。より具体的には、(1)業務内容、(2)契約期間、(3)就業場所、(4)労働時間、(5)賃金、(6)社会・労働保険加入状況、(7)試用期間の有無と内容、(8)求人者の氏名または名称、(9)裁量労働制が適用される場合はその旨、(10)固定残業代がある場合はその事項などとなっております。この明示は原則として求職者と最初に接触する時点までに行わなければならないとされます。また労働基準法では別途、労働契約締結の際に賃金や労働時間その他の労働条件を書面で明示することが求められております(15条、施行規則5条1項、4項)。この労基法の規定に違反した場合は罰則として30万円以下の罰金が規定されております(120条)。
労働条件の変更
求職者と交渉するに際して、「当初の明示」内容と異なる労働条件を提示する場合には求職者が変更内容を適切に理解できるような方法で変更明示をする必要があるとされます。変更明示が必要な具体例としては、当初「基本給30万円/月」としていたところ、「基本給28万円/月」と提示する場合、当初「基本給25万円/月、営業手当3万円/月」としていたものを「基本給25万円/月」と労働条件を減額変更したり削除する場合が挙げられます。このような場合は変更前と変更後を対照できる書面が望ましいとされますが、変更された部分に下線を引いたり着色するといった方法で明示した書面を交付することでも可能とされます。なお虚偽の求人広告、または虚偽の条件を提示して職業紹介、労働者募集を行った場合は罰則として6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金となっております(職安法65条)。
求人票と異なる労働条件についての裁判例
ハローワークの求人票には雇用期間の定め無し、定年制無しと記載されていたところ、採用後に提示された労働条件通知書には雇用期間1年、定年65歳と記載されており、1年後に雇い止めされ従業員の地位確認と未払い賃金の支払いを求めたという事例があります。この事例で裁判所は、求職者は求人票記載の労働条件が雇用契約の内容となることを当然の前提として申し込むのであるから、当事者間で異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り雇用契約の内容となるとしました。また一旦労働条件通知書に署名押印しても、重大な不利益変更である場合には直ちに労働者が同意したとみることは相当ではないとしております(京都地裁平成29年3月30日)。一方でこれよりも古い事例では、求人広告は採用の申込の誘引に過ぎないとした事例(東京高裁平成12年4月19日)や、求人票記載の基本給額は見込額に過ぎず、契約上の賃金請求権の根拠とはならないとした事例も存在します(東京高裁昭和58年12月19日)。
コメント
本件で大阪地裁の労働審判では、会社側は求人サイトの広告は雇用契約の労働条件に当たらないと反論しておりましたが、裁判所は月給35万円での契約成立を認め90万円の支払いを命じました。そして今回の民事訴訟では大阪地裁は面接の際の月給35万円との提示は認めなかったものの、試用期間経過後に特段の手続きがとられたことがうかがわれる事情は見られないとして試用期間と同額の月給25万円が認められ、計約100万円の支払いを命じました。以上のように企業が求人を出す際には正確な労働条件の明示、交渉の際にも変更があるならその部分の明示が求められます。従来は求人広告の内容はあくまで労働者を誘引するものに過ぎないとの考えがありましたが、近年は法令・判例ともに厳格な扱いに動いており、虚偽広告には罰則も設けられました。ハローワークなどで求人票を出す際には今一度誇大な内容となっていないかを確認しておくことが重要と言えるでしょう。
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