1500万円の還付ミスで市が全額回収を断念、誤振込の問題について
2023/09/05 債権回収・与信管理, 訴訟対応, 民事訴訟法, 刑事法

はじめに
大阪府摂津市が2018年に市内の男性に約1500万円多く住民税を還付していた問題で、市は全額の回収を断念していたことがわかりました。男性は昨年に破産の申し立てを行ったとのことです。今回は以前にも取り上げた誤振込の問題を見直していきます。
事案の概要
報道などによりますと、大阪府摂津市は2018年、株式譲渡所得などに関する住民税の還付金として、本来は約165万円とすべきところ、誤って1桁多い約1667万円と記載した書面を男性に送付し約1500万円を過大に支払ったとされます。市は謝罪し返還を求めたものの、男性は市側の誤りで使ってしまったので返す義務はないなどとして拒否し、市側は返還を求め提訴しました。大阪地裁は男性側の正当な還付額と認識していたとの供述を不合理とし、受領には悪意があったとして全額の返金を命じていたとのことです。その後男性は破産の申し立てを行っており市側は全額の回収を断念、約550万円は回収できる見込みとしております。
誤振込に関する民事上の問題
民間であれ、行政であれ、送金や振込の際に振込先や振込額を間違うことはよくあることと言えます。その場合、誤って振り込まれた金銭の権利関係はどのようになるのでしょうか。この点判例では、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人は銀行に対して預金債権を取得するとされます(最判平成8年4月26日)。つまり誤って振り込まれた金銭について受取人は民事上、引き出す権利を取得しているということです。しかし一方で、その振込金相当額を得るだけの法律上の原因はは存在せず、誤振込を行った振込人は受取人に対して不当利得返還請求が可能とされております。これは受取人が返還を拒否した場合であって、通常は受取人の承諾を得て金融機関が振込前の状態に戻す組戻という手続きを取ることとなります。
誤振込に関する刑事上の問題
上記のように民事上は誤振込された金銭については受取人に預金債権が帰属し、引き出すことは可能とされております。しかし刑事上はそのようには判断されておらず、誤振込された金銭を名義人がATMで引き出した場合は窃盗罪(東京高裁平成6年9月12日)、通帳を使用して窓口で引き出した場合は詐欺罪(札幌地裁昭和51年8月2日)、オンラインバンキングなどで送金した場合は電子計算機使用詐欺罪に該当すると言われております。民事上では誤振込された金銭は受取人に一応の権利があるとされますが、同時に受取人は銀行に誤振込である旨を告知する信義則上の義務を負うと考えられており、それをせずにあたかも自己の正当な預金であるかのように装って銀行に引き出しを求める行為が欺罔行為に当たり、詐欺罪が成立すると考えられております。
受取人が破産した場合
債務者が自己破産した場合、同時に免責されることがあります。これにより債務者は債務を免れ、新たに生活を再建することが可能となります。しかし破産と免責はある意味別個の手続きで、破産が認められても免責がなされない場合があります。破産法253条1項には免責の対象ではない、いわゆる非免責債権が規定されております。具体的には(1)租税等の請求権(1号)、(2)破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償債権(2号)、(3)破産者が故意または重過失により加えた生命・身体を害する不法行為に基づく損害賠償債権(3号)、(4)婚姻費用・養育費等(4号)、(5)雇用関係に基づく請求債権(5号)、(6)破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権(6号)などとなっております。またこれらとは別に免責不許可事由が規定されており、不当な財産隠しや破産するつもりで債務を負った場合、特定の債権者にだけ弁済した場合、浪費や賭博その他の射幸行為をした場合などが挙げられております(252条1項各号)。
コメント
本件で摂津市の職員が男性の口座に誤って約1500万円多く振り込んでしまい、男性はこれを引き出し既に使用してしまったとして返還を拒否しておりました。市側の提訴により大阪地裁は不当利得として全額の返還を命じましたが男性側は破産の申し立てをしており全額の返還は困難な状況とのことです。今後破産手続き内で可能な範囲で回収していくものと考えられます。以上のように誤振込された金銭については民事上は不当利得として返還請求でき、刑事上も犯罪に該当します。また破産した場合でも免責の対象とならない可能性が高いと考えられます。しかし実際には本件のように受け取った側は使ってしまうなど現実の回収は困難な場合が多いと言えます。誤振込があった際には迅速に対応し、また誤振込が生じないよう啓発していくことが重要と言えるでしょう。
関連コンテンツ
新着情報

- 業務効率化
- Hubble公式資料ダウンロード
- 弁護士
- 福丸 智温弁護士
- 弁護士法人かなめ
- 〒530-0047
大阪府大阪市北区西天満4丁目1−15 西天満内藤ビル 602号

- ニュース
- 都内大手ホテル15社、価格カルテル(独禁法)のおそれで公取委が警告へ2025.4.21
- 都内の大手ホテルを運営する15社が客室単価などの情報を共有していた件で、公正取引委員会が独占禁...
- セミナー
熊谷 直弥 弁護士(弁護士法人GVA法律事務所 パートナー/第一東京弁護士会所属)
- 【オンライン】2025年春・Web3/暗号資産の法令改正動向まとめ
- 終了
- 2025/04/23
- 12:00~13:00

- 解説動画
江嵜 宗利弁護士
- 【無料】新たなステージに入ったNFTビジネス ~Web3.0の最新動向と法的論点の解説~
- 終了
- 視聴時間1時間15分

- まとめ
- 独占禁止法で禁止される「不当な取引制限」 まとめ2024.5.8
- 企業同士が連絡を取り合い、本来それぞれの企業が決めるべき商品の価格や生産量を共同で取り決める行...
- 弁護士
- 松田 康隆弁護士
- ロジットパートナーズ法律会計事務所
- 〒141-0031
東京都品川区西五反田1-26-2五反田サンハイツビル2階

- 解説動画
奥村友宏 氏(LegalOn Technologies 執行役員、法務開発責任者、弁護士)
登島和弘 氏(新企業法務倶楽部 代表取締役…企業法務歴33年)
潮崎明憲 氏(株式会社パソナ 法務専門キャリアアドバイザー)
- [アーカイブ]”法務キャリア”の明暗を分ける!5年後に向けて必要なスキル・マインド・経験
- 終了
- 視聴時間1時間27分

- 業務効率化
- Mercator® by Citco公式資料ダウンロード