定年再雇用時の基本給大幅減訴訟、最高裁が差し戻し
2023/07/24   労務法務, 労働法全般

はじめに


自動車学校の元職員が、定年退職後に嘱託社員として再雇用された際の基本給大幅減少の違法性を主張した訴訟で、最高裁判所は7月20日、「基本給の大幅減少は不合理」と判断した二審判決を差し戻し、審理を名古屋高等裁判所に差し戻す判決を言い渡しました。最高裁判所が正規・非正規間の基本給格差についての判断を出したのは初めてです。

 

不合理な格差か、高裁で再審理へ


原告の2人は、名古屋自動車学校の正社員として、30年以上、教習指導員を務めていた男性です。2013年と2014年にそれぞれが60歳となり定年退職した後、嘱託職員として5年間再雇用されていました。

再雇用期間中、定年前と業務内容は変わらなかったものの、基本給が定年前の「約16万~18万円」から「約7万~8万円」に減少したといいます。当該金額は、同社における入社後1~5年未満の正社員の基本給、約11万円を下回る金額だということです。

原告の2人は、この基本給の大幅減少を「正社員との“不合理な格差”に当たる」と主張し、2016年に名古屋自動車学校に対し、定年前の賃金との差額の支払いなどを求める訴訟を名古屋地方裁判所に提起しました。

 

■一審判決
名古屋地方裁判所は、原告らが、定年前と同じ業務内容であったにも関わらず、基本給が正社員時の6割を下回り、新人正社員をも下回る水準だった事実を重視。当時の労働契約法第20条(現・パートタイム・有期雇用労働法)が禁じる不合理な待遇格差に当たると判断し、自動車学校側に約600万円の支払いを命じました。しかし、双方は判決を不服として控訴しました。
 

■二審判決
名古屋高等裁判所も一審判決を支持。自動車学校側に対し、同じく600万円超の支払いを命じる判決を下しました。
 

■上告審判決
上告審で、自動車学校側は、原告らが「高年齢者雇用継続基本給付金」を受給している事実を指摘。基本給以外の別の収入も含めて不合理な待遇格差に当たるかを判断するべきと主張し、請求の棄却を求めました。
高年齢者雇用継続基本給付金は、従業員が60歳に到達した時点の収入とそれ以降の収入を比較し、75%未満となっていた場合に国から従業員に支給される給付金です。

これに対し、最高裁判所は「労働条件の違いの合理性は、基本給の性質や支給の目的を踏まえて検討すべき」との判断枠組みを示しました。さらに、再雇用者において役職就任が想定されていない事実に注目。「再雇用の嘱託社員の基本給は、正社員の基本給とは異なる性質・支給目的があるとみるべき」としました。そのうえで、二審ではこうした基本給の性質などの違いについて検討が不十分であるとして、審理のやり直しを命じる差し戻し判決を下しました。

 

不合理な格差とは?


今回の一連の裁判で引用された旧労働契約法第20条は、同一の使用者と労働契約を締結している“有期契約労働者”と“無期契約労働者”との間で、期間の定めがあることにより不合理に労働条件を相違させることを禁止するルールです。同ルールは、賃金や労働時間にとどまらず、災害補償・教育・福利厚生など、一切の労働条件に対し適応されます。

労働条件の相違の合理性については、職務内容、職務に伴う責任の程度、転勤や昇進などの人事異動・役割変化等の有無や範囲、労使の慣行などを考慮し、個々の労働条件ごとに判断されるとしています。

厚生労働省 不合理な労働条件の禁止(20条)

これらの旧労働契約法第20条の内容は、2020年4月に施行されたパートタイム・有期雇用労働法第8条に統合されています。

パートタイム・有期雇用労働法第8条
事業主は、雇用するパートタイム・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、その待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、パートタイム・有期雇用労働者と通常の労働者の職務内容、職務内容・配置の変更範囲(人材活用の仕組みや運用など)、その他の事情のうち、その待遇の性質及び目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。


パートタイム・有期雇用労働法の対象となるのは、以下の労働者です。

◇パートタイム労働者
1週間の所定労働時間が、同一の事業主に雇用される通常の労働者(無期雇用フルタイム労働者)の1週間の所定労働時間に比べて短い労働者

◇有期雇用労働者
事業主と期間の定めのある労働契約を締結している労働者
※「パートタイマー」、「アルバイト」、「嘱託」、「契約社員」、「臨時社員」、「準社員」など名称を問いません。

 
パートタイム・有期雇用労働法の概要(厚生労働省)

 

コメント


経済のグローバル化やIT技術等の進展による業務の見直しなどのあおりを受け、パートタイム労働者や有期雇用労働者の数は増加傾向にあるとされています。その中には、生計維持者(家計の生活費・学費等を主となって負担する者)も数多く含まれているとされており、正社員との格差により、健康で文化的な生活を送れない世帯も増えているといわれています。

また、今回の一審・二審の判決により、企業側が『正社員の60%であれば合理的とされる』と安易に解釈し、逆に悪い使われ方もした例もあるといいます。

「基本給の性質や目的の明確化」を求めた今回の最高裁判決。今後、名古屋高等裁判所でどのように審理が進められ、判断が下されるのか。そして、それが企業側の制度設計にどのような影響を与えるのか、要注目です。

 

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