アイドル脱退で違約金は無効判断、労働者性と違約金について
2023/04/25   契約法務, 労務法務, 労働法全般, エンターテイメント

はじめに

 アイドルグループを脱退した男性に対し、芸能事務所が違約金の支払いを求めていた訴訟で大阪地裁は24日、違約金は無効との判決を出しました。労働基準法に違反するとのことです。今回は労働基準法の労働者性と、違約金規定について見ていきます。

 

事案の概要

 報道などによりますと、アイドルグループ「BREAK
THRUOGH」のメンダーだった新澤典将さんは2019年1月に芸能事務所と専属メネジメント契約を締結し活動を開始したところ、同年12月に適応障害を発症し、翌2020年8月に脱退したとされます。同事務所は契約の違約金条項に基づいて、コンサートやイベントの欠席、グループの脱退に関する違約金1000万円から、未払い報酬分11万円を控除した989万円の支払いを求め提訴していたとのことです。新澤さん側は未払い報酬分の11万円の支払いを求め反訴を提起しておりました。労基法が適用される労働者に該当するかが争点となっていたとされます。

 

労働法と労働者性

 近年働き方も多様化が進み、企業の従業員ではなく独立した事業者として業務委託を行うという例が増加しております。両者の違いは労働関係法令の適用の有無に表れます。会社の従業員であれば当然に労基法などの労働法が適用され、労働時間や割増賃金、残業代等の規制を受けることとなります。これに対し業務委託ではこれらの規定は適用されないこととなります。それではどのような場合に労働法の適用を受ける「労働者」に該当するのでしょうか。労基法9条によりますと、労働者とは「事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」とされます。また厚労省のガイドラインでは、(1)労働が他人の指揮監督下において行われるか、(2)報酬が労務の対価として支払われるかで判断されるとしております。指揮監督下と言えるかについては、依頼や業務への諾否の自由、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務時間や場所などの拘束性、他の人が代わりに行うことの可否などで判断されます。報酬の労務対償性については、報酬が作業時間ベースで決定されるか、仕事の出来栄えにかかわらず減額や増額がなされないかなどが要素となります。

 

芸能タレント通達

 芸能人などのタレントの労働者性については1988年に労働省(現在の厚労省)から通達が出ており、労働者に該当しないための要件が挙げられております。(1)当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等当人の個性が重要な要素となっていること、(2)当人に対する報酬は稼働時間に応じて定められるものではないこと、(3)リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても、プロダクション等との関係では時間的に拘束されることはないこと、(4)契約形態が雇用契約でないこと、の4つの要件をすべて満たす場合は労働者に該当しないとされます。しかし芸術性や人気などは相対的なものであり、画一的な基準で測ることが難しく、個別に様々な事情を考慮して判断することとなると言えます。

 

労基法の違約金規制

 労基法16条によりますと、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」とされております。「会社に損害を生じさせた場合、○○万円の損害賠償を支払うこと」、「途中退職の際には違約金として○○万円支払うこと」といった条項が典型例と言えます。違反した場合は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金となっております(119条1号)。この規定は労働者の退職の自由を保障し、また会社の管理下で生じた損害を労働者に全面的に負わせることを禁止したものとされております。そのため予め賠償額を定めることが禁止されるだけで、適切な範囲での労働者への賠償請求が禁止されるものではありません。

 

コメント

 本件で大阪地裁は、新澤さんは事務所の指揮監督の下、時間的場所的拘束を受けつつ乗務内容について許諾の自由のないまま、定められた業務を提供しており、その労務に対する対償として給与の支払いを受け、事業者性も弱く、事務所への専従性の程度も強いとして、労働者性を認めました。またそれにより違約金条項も労基法16条に違反し無効としました。芸能人の労働者性が認められる例は多くなく、画期的な判決と言えます。以上のように労働法が適用される労働者に該当するかは、契約の形式ではなく指揮監督関係と報酬対償性などで判断されます。タレントなどの場合は人気や芸術性、それによる力関係など一般よりも判断が難しく判決の予測も難しいものと言えます。自社で業務委託として扱っている場合は、本当に業務委託と言えるのか、労働者となる場合はどのように扱いを変えるべきなのかを判例などを参考に見直しておくことが重要と言えるでしょう。

 

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