ビル賃貸借契約の解約をめぐりTOCと元賃借人が双方を提訴
2023/04/25   不動産法務, 訴訟対応, 民法・商法, 民事訴訟法, 借地借家法

はじめに


婦人・子供服卸売業を営む東京都の株式会社ラピーヌ(東証スタンダード上場)は、4月19日、同社が2021年4月末日まで事務所を構えていたTOCフロントビルのオーナーである株式会社テーオーシーより、 2022年9月12日付で、中途解約による損害賠償請求訴訟を提起されていたことを発表しました。これに先立つ2022年2月21日、ラピーヌはテーオーシーに対し保証金返還訴訟を提起していました。
 

事案の概要


ラピーヌはテーオーシーとの間で、TOCフロントビルに係る定期建物賃貸借契約(以下、「本契約」)を締結し、同ビルに東京事務所を置いていました。ラピーヌは、2021年4月30日、本契約を中途解約。原状回復工事を行ったうえで転出し、契約締結時に預託した保証金の返還をテーオーシーに求めました。ところが、テーオーシーは保証金の返還に応じず、2022年2月1日、ラピーヌはテーオーシーに対し保証金の返還を求める訴訟を東京地方裁判所に提訴していました。

これに対し、テーオーシーは、本契約の中途解約に伴い発生したとされる約2億3900万円の損害賠償を求め、2022年9月12日に反訴を提起したとされています。

ラピーヌは、現状、この訴訟が業績に与える影響は、未確定だとしつつも、「リスク管理の観点から2023年2月期において、1億円の訴訟損失引当金を計上する」と発表しています。

 

保証金が返還されない理由は?


一般的に、定期建物賃貸借契約の締結時に賃借人が賃貸人に対して預託する保証金は、賃貸借契約から生じる債務の担保として授受される場合が多く、契約終了時には全額返還されるケースが多いとされています。こうした中、保証金が返還されない理由としては、以下が考えられます。

(1)債務不履行(契約違反)で賃貸人に損害が生じているケース
家賃の未払い等、賃借人が債務を履行しない場合、賃貸人はその支払いに保証金を充当することができます。その場合、賃貸人が保証金の一部または全部の返還に応じない可能性があります。
(契約書内に保証金の充当額や返還額についての規定が記載されていることが多いため、事前の確認が必要です。)

(2)退去時の原状回復が不十分であるケース
賃借人が退去時に行った原状回復が不十分な場合、賃貸人は、追加工事や修復・清掃等に要した費用の支払いに保証金を充当することができます。

(3)中途解約時は、保証金返還債務の一部または全部が無効となる旨の合意があるケース
代表的な例としては、保証金のうちの一定額を償却費として賃貸人が取得できる旨の事前合意がある場合などです。この場合、償却費相当分は、いわゆる権利金又は建物等の損耗等による価値減に対する補償としての性質を有するとされています。

 

[退去にまつわる裁判例]
■物件の原状回復が不十分とされたケース
賃借人が、退去時に物件の原状回復を行ったと主張したものの、賃貸人側は原状回復が不十分だったとして保証金の充当を主張しました。これに対し、賃貸人は、原状回復の完了を証明する書類を提出し、保証金の返還を裁判で争いました。結果として、双方の主張が部分的に認められ、原状回復が未完了となっている部分に対し保証金を充当した後、残りの保証金が返還されることとなりました。
 
■賃料の未払いがあったケース
賃借人が契約期間中に賃料を滞納し、これを理由に賃貸人が賃貸借契約を解約された事案。賃貸人が賃料債務を保証金で充当する旨主張したのに対し、賃借人は未払い賃料分を支払ったうえで保証金の返還を主張し、裁判で争われることとなりました。裁判では賃借人側の主張が認められ、保証金が返還されることとなりました。
 
■原状回復を行わずに退去したケース
賃借人が店舗用に賃借建物の改装工事を行ったうえ、原状回復を行わずに退去。賃貸人側は保証金の充当を主張しました。裁判では、賃借人側が「賃貸人より改装工事の許可を得ていたこと」旨を主張しましたが、判決では、改装工事が許可されていたことは認められたものの、原状回復を行わなかった部分について保証金の充当が認められています。


 

コメント


新型コロナウイルスの感染拡大の影響で商業ビルの客足が減少、それに伴い、賃料未払いやテナントの中途解約、賃借人が行方不明になるなどのトラブルが増大し、多くのテナント事業者が損害を被ったといわれています。

一方、アパレル業界も、コロナ禍の営業自粛・外出自粛の影響を強く受け、そこに、消費者のファッションへの節約志向や一昨年の天候不順・自然災害なども加わり、大きなダメージを負ったとされています。
今回のラピーヌも、その例に漏れず、経営悪化の影響を受け、2021年2月に特別損失を計上して収益に見合ったコスト構造への改善を図っていたところでした。

コロナ禍の被害者とも呼べるラピーヌとテーオーシー。お互いに苦しい状況にあるだけに、保証金返還義務が認められるか否かは今後に小さくない影響がありそうです。

今回の例に限らず、建物賃貸借契約では、契約終了時のトラブルが後を絶ちません。特に、中途解約の条件やその際の違約金の範囲・保証金の取り扱い、原状回復条件など、慎重に検討のうえ、契約を締結することが重要になります。

 

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