京都地裁が天引きを違法と認定、住友生命に支払い命令
2023/02/02 労務法務, 労働法全般

はじめに
営業で使用する携帯電話や訪問先に配る品などの費用を給料から天引きするのは違法であるとして、住友生命京都支社の保険外交員の50代の女性が天引き分の支払いを求めていた訴訟で、京都地裁が約35万円の支払いを命じていたことがわかりました。原告側の不同意が認められたとのことです。今回は労基法による給与規制を見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、同社では顧客に保険商品を紹介する際に使用するタブレット端末の使用料(月額約3000円)、や業務に使用する携帯電話の使用料、営業で使う書類などの印刷費(月額2000円)、営業先で配布する広報紙や社名入りの飴などの代金を、保険外交員の給与から天引きすることが労使協定で定められていたとされます。原告側の女性は2018年末に、翌年からこれらの費用の天引きには同意できない旨同社に伝えたが、その後も天引きは続いていたとのことです。原告の女性はこのような給与からの天引きは労基法に違反するとして、同社に対し天引きされた約235万円の支払いを求め京都地裁に提訴しておりました。同社は判決の詳細は承知していないのでコメントを差し控えるとしております。
賃金支払5原則
労働基準法24条1項によりますと、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」としております。また2項では、「賃金は毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない」とされます。これはいわゆる賃金支払5原則を表しており、(1)通貨払いの原則、(2)直接払いの原則、(3)全額払いの原則、(4)毎月1回以上払いの原則、(5)一定期日払いの原則が含まれております。通貨払いの原則は、給与は原則として日本円の現金で支払うことが義務付けられているということです。直接払いの原則は、賃金は労働者本人に対し直接支払わなければならないという原則です。全額払いの原則は、原則として賃金は全額を支払わなければならないということです。会社が賃金から控除したり天引きすることは原則できません。そして毎月1回以上決まった日に支払うことが求められます。このように給与の支払いには厳格な規制が置かれております。
給与の天引きが可能な場合
上記のように会社が給与から天引きしたり控除することは原則として違法となりますが、例外的に可能な場合があります。労基法24条1項ただし書きによりますと、「法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合」には賃金から一部を控除することも認められます。法令上の別段の定めとは、例えば社会保険料や源泉所得税などが該当するとされます。さらに給与を過剰に支払ってしまった場合、その分を相殺する場合も適法であると認められております(最判昭和44年12月18日)。つまり法令で定められている場合や過払い分の返還債務と相殺する場合、そして労使協定で定めた場合は例外的に天引きや控除が認められるということです。
天引きに関する判例
会社の従業員が背任行為を行い、会社がその従業員に対して損害賠償債権を有していたという事例で、会社が給与支払い債務と相殺したことについて最高裁は労基法の規定により給与からの天引きは認められないとしました(最判昭和36年5月31日)。これに対し、従業員が会社から借金をし、退職する際に会社に残債務は退職金や給与で精算するよう申し出、会社は残債務分を控除して残額を支払ったという事例で最高裁は、労働者が「その自由な意思に基づき」同意していたと認めるに足りる「合理的な理由が客観的に存在するとき」は適法となるとしました(日新製鋼事件、最判平成2年11月26日)。被用者という立場上、従わざる負えないような状況での同意では自由意思に基づく同意とは認められない可能性が高いということです。
コメント
本件で住友生命京都支社では、説明用のタブレット端末や携帯電話の使用料、顧客へ配布する資料や飴などの費用が保険外交員の給与から天引きされる旨の労使協定が締結されていたとされます。京都地裁は同協定が労働者の自由意思に基づいて同意した場合に限り有効とし、原告女性が天引きは認められないと明示的に異議を述べたことから同意したと認められないとしてそれ以降の天引きを違法としました。以上のように給与からの天引きや控除を行うには労働者の自由意思に基づく同意が必要です。そしてその証明責任は会社側にあることから、合理的で客観的な証拠や資料を確保しておくことが必要と言えます。これらの点を踏まえて、従業員が機材を壊した際や、給与の前借りなどがあった場合に安易に給与から天引きを行っていないかを今一度確認しておくことが重要と言えるでしょう。
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