(経済安全保障法務)経済安全保障推進法案の概要
2022/03/18   危機管理, 情報セキュリティ

GBL研究所理事・元弁理士(現在非登録) 浅井敏雄[1]


 

日本政府は, 2022年2月25日, 国民生活に欠かせない重要な製品が安定的に供給されるよう支援を行うなど, 経済安全保障の強化を図る「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案」(通称:「経済安全保障推進法案」)(以下「法案」)を閣議決定し同日国会に提出しました[2]。報道によれば, 政府は今国会[3]での成立を図りたいとの考えとのことです。法案は, それが成立した場合, 適用企業のビジネスに重大な影響を及ぼすと思われます。そこで, 本稿では, 企業法務が取り組む課題の一つとして, この閣議決定の経緯・背景と, 政府作成の法案の要綱(「要綱」)に沿い法案の概要を解説します。なお, 経済安全保障の問題に関しては, 今後も随時「経済安全保障法務」シリーズとして記事を掲載する予定です。

 

【目  次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


I 経緯・背景


II 法目的


II 重要物資の安定的供給の確保


III特定社会基盤役務(基幹インフラ役務)の安定提供の確保


IV 先端的な重要技術の開発支援


V 特許出願の非公開


 
 

I 経緯・背景


以下に, 法案策定の経緯・背景になった関連事象および今後関係し得ると筆者が考える関連事象を挙げます。

2013年12月, 日本政府, 1957年策定「国防の基本方針」に代え国家安全保障戦略」策定。— 国家安全保障上の課題の一つとして, サイバー空間の防護が不可欠であること/国家の関与が疑われるものを含むサイバー攻撃から我が国の重要な社会システムを防護すること/中国の急速な台頭と様々な領域への積極的進出等が挙げられた。

・2014年, 中国で習近平主席が「総体的国家安全観」提唱。— これは, 政治, 経済, 文化, 科学技術, 資源等も含む幅広い分野において, 包括的・統一的に対外的・対内的な国家安全保障の実現を目指す概念・国家政策である。この総体的国家安全観およびそれを反映した「国家安全法」に基づき, 「反スパイ法」,「反テロリズム法」,「サイバーセキュリティ法」(CSL), 「国家情報法」, 「データセキュリティ法」(DSL)等が制定された。[4]

・2014年, ロシアが, クリミア侵攻時にサイバー攻撃によりクリミア半島の通信システム遮断。[5]

・2017年12月, 米国政府「国家安全保障戦略」(National Security Strategy)(2017年NSS)策定。— 「経済安全保障は国家安全保障そのもの」であるとの認識明記。脅威の一つとしてサイバー攻撃の普及を挙げる。中露を戦略的競争者と位置付け警戒感強調。

2018年8月, 米国政府, 同月成立の2019年度国防権限法に基づき, 米政府機関がファーウェイなど中国企業5社から製品を調達することを禁止[6]。米政権は5社の製品が中国政府のスパイ活動に悪用されることを懸念。[7]

2018年12月, 日本政府, 中央省庁や自衛隊が使う情報通信機器の調達に関する「IT調達に係る国の物品等又は役務の調達方針及び調達手続に関する申合せ」策定。機器に不正なプログラムやウイルスが埋め込まれていればデータが外部に流出したり, システムが動かなくなったりしかねないとの報道[8]

・2019年1月以降の新型コロナウィルス発生・蔓延において, マスク不足, ワクチン開発・供給問題などに関連して, 重要物資等のサプライチェーンの重要性が安全保障の問題としても話題となる。

2020年12月, 自民党政務調査会, 『提言「経済安全保障戦略」の策定に向けて』公表。— (内容)経済安全保障戦略の策定の必要性/わが国が採るべき経済安全保障上の基本方針/重点的に取り組むべき課題と対策などを提言。

2021年3月~, LINE問題。— LINEが会員情報を含むデータを海外で保管していたことが安全保障上の懸念などから問題とされ, 中国国家情報法などに基づく民間保有データへのガバメントアクセスの可能性も指摘された。[9]

2020年4月, 日本政府, 経済分野における国家安全保障上の課題について必要な取組を推進するため, 国家安全保障局に経済班を設置[10]

2021年4月, 中国からと疑われる, JAXA等に対する2016年のサイバー攻撃事件発覚[11]

2021年9月, 日本政府「サイバーセキュリティ戦略」策定。— サイバー攻撃により経済社会活動, ひいては国家安全保障に大きな影響が生じ得るとの認識, 経済安全保障の視点を踏まえた IT システム・サービスの信頼性確保など。

・2021年10月, 日本政府, 経済安全保障担当大臣を設置, また, 総理所信表明演説で, 我が国の経済安全保障を推進するための法案策定を表明。[12]

・2021年11月, 日本政府, 同大臣の下に設けられた「経済安全保障法制に関する有識者会議」の第1回会議開催。— 法制上の優先分野として, ①重要物資や原材料のサプライチェーンの強靭化, ②基幹インフラ機能の安全性・信頼性の確保, ③官民で重要技術を育成・支援する枠組み, ④特許非公開化による機微な発明の流出防止の4つが示された。[13]

・2021年11月, 経産省, 「みなし輸出」運用強化[14]外為法(25条1項)上, 入国後6ヶ月経過したまたは国内の事務所・企業に勤務する外国人を国内「居住者」として扱い「みなし」輸出管理の対象外としている解釈運用について, 「非居住者」に技術提供を行うのと事実上同一と考えられる場合, 換言すれば, 「居住者」が「非居住者」の強い影響下にある場合には, みなし輸出管理の対象であることを明確にした。22年5月1日から適用

2022年2月, 前記有識者会議, 「経済安全保障法制に関する提言」(以下「提言」)提出。—前記①~④に関し提言。

・2022年2月, ロシア, ウクライナ侵攻。—侵攻前後, ロシアからウクライナに対し大規模サイバー攻撃。日米欧等, 国際的決済網“SWIFT”からのロシアの銀行締め出し含む経済制裁実施。

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II 法目的


本法(経済安全保障推進法)は, 安全保障を確保するためには, 経済活動に関して行われる国家・国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大していることに鑑み,

経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針を策定するとともに,

安全保障の確保に関する経済施策として, 以下の各制度を創設することにより, 安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進することを目的とする(1条, 要綱p.1)。

①特定重要物資の安定的供給確保(⇒国による同物資の指定/事業者の供給確保計画認定・支援措置/国による備蓄・事業者への調査 等)

②特定社会基盤役務(基幹インフラ役務)の安定的提供確保(⇒国による審査対象事業・事業者の指定/同事業者による重要設備の導入・維持管理等委託の計画事前届出/国による審査・必要な変更・停止等の勧告・命令 等)

③特定(先端)重要技術の開発支援(⇒国による研究開発情報・資金支援/官民パートナーシップ(協議会)/シンクタンク等への調査研究業務の委託 等)

④特許出願の非公開(⇒特許庁による特定技術分野等に属する発明のスクリーニング(第1次審査)→内閣府による安全保障上の観点からの保全審査(第2次審査)→保全指定(効果:開示禁止・情報適正管理・実施許可制等)/外国出願制限/国による損失補償 等)

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II 重要物資の安定的供給の確保


1 趣旨(要綱p.2)

国民の生存や国民生活・経済に甚大な影響のある物資の安定供給の確保を図る制度を整備。

・政府は同物資を指定。所管大臣は民間事業者が策定した供給確保のための計画を認定し支援措置を実施。民間への支援だけでは対応が難しい場合には特別の対策を措置。

2 概要

(1) 政府による特定重要物資の安定供給確保の基本指針策定

政府は, 経済施策の一体的実施に関し定めた全体の基本的方針(「基本方針」)(2条)に基づき, 特定重要物資の安定供給確保に関する基本指針を定める(6条)。

(2) 政府による特定重要物資の指定

以下の物資を政令で「特定重要物資」として指定する(7条, 要綱p.2)。

国民の生存に必要不可欠又は広く国民生活・経済活動が依拠している重要な物資(プログラムを含む)で, 当該物資又はその原材料等を外部に過度に依存し又はそのおそれがある場合において,

外部の行為により国家・国民の安全を損なう事態を未然防止するため安定供給の確保を図ることが特に必要と認められる物資。

— 指定される具体的な特定重要物資としては医薬品, 半導体等が想定されている(22/2/12有識者会議資料p.2)。

なお, 法案上登場する「外部」または「我が国の外部」の定義はないが, 法案成立の経緯等から典型的には外国を含む外部の意味と思われる。

(3) 政府による安定供給確保取組方針の策定

・所管大臣は特定重要物資又はその原材料等の安定供給確保を図るための取組方針を策定する(8条)。

(4) 民間事業者による供給確保計画の策定/政府による支援措置

民間事業者は, 特定重要物資又はその生産に必要な原材料等(「特定重要物資等」)(8条1項)の安定供給確保のための取組(生産基盤の整備/供給源の多様化/備蓄/生産技術開発/代替物資開発 等)に関する計画を作成し, 所管大臣の認定を受けることが可能(9条)。

認定を受けた事業者(「認定供給確保事業者」)は以下を含む支援を受けることが可能

①所管大臣が指定する「安定供給確保支援法人」(31条1項)による助成金(31条3項1号)

②同法人による, 事業者へ融資を行う金融機関への利子補給(31条3項2号)

日本政策金融公庫による指定金融機関を通じた資金供給(ツーステップローン)(14~19条)

④「中小企業投資育成株式会社法」に基づき設立された会社による, 中小企業者が認定供給確保事業を行うために設立する会社の株式の引受け(26, 27条)

⑤中小企業に対する信用保険の付保(28条)

(5) 「特別の対策を講ずる必要がある特定重要物資」と政府による取組等

・上記(4)の民間事業者への支援措置だけではその安定供給確保を図ることが困難な物資については, 所管大臣はこれを「特別の対策を講ずる必要がある特定重要物資」として指定できる(44条1項)。国は自ら備蓄等の必要な措置を講ずる(44条6項)。

・所管大臣は, 外部から行われる行為により上記物資又はその生産原材料等の供給が不足し又はそのおそれがあり, その価格が著しく騰貴したことにより特に必要なときは, 備蓄等した当該物資・原材料等を時価よりも低い対価で譲渡・貸付・使用させることができる(44条8項)。

(6) 外国からの特定重要物資等の輸入に関する補助金相殺関税, アンチダンピング関税, セーフガード措置の発動

・所管大臣は, 特定重要物資等について, ①補助金交付を受けたまたは②不当廉売された外国貨物の輸入, 又は, ③外国での価格低落その他予想されなかった事情変化による外国貨物の輸入の増加が, (a)我国産業に実質的損害を与えまたはそのおそれがあり, 又は我国産業の確立を実質的に妨げる十分な証拠があり, かつ, (b)外部から行われる行為により国家・国民の安全を損なう事態を未然に防止するため必要があると認める場合, 所管大臣に対して, 関税定率法(同法7~9条)上の, 補助金相殺関税, 不当廉売(アンチダンピング)関税, 関税割当(セーフガード措置)の発動に向けた調査を求めることができる(30条)。

(7) その他

・所管大臣は各物資の生産・輸入・販売を行う事業者・団体に対し, その生産・輸入・販売・調達・保管の状況について報告又は資料の提出を求めることができる(48(1))。事業者等は, その求めに応じるよう努めなければならない(48(3))(努力義務。当初案から罰則削除[15])。

(8) 施行期日

・公布後6月以内~2年以内(段階的に施行)(附則1条)。

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III特定社会基盤役務(基幹インフラ役務)の安定提供の確保


1 趣旨(要綱p.3)

基幹インフラ役務(電気・ガス・水道等)の安定的な提供の確保は安全保障上重要。

基幹インフラの重要設備は役務の安定的な提供を妨害する行為の手段として使用されるおそれあり

・基幹インフラの重要設備が我が国の外部から行われる役務の安定的な提供を妨害する行為の手段として使用されることを防止するため, 重要設備の導入・維持管理等の委託を事前に審査

2 概要

(1) 政府による基幹インフラ役務の安定提供の確保の基本指針策定(49条1項, 2項)

・対象事業者の指定に関する基本的な事項(当該指定に関し経済的社会的観点から留意すべ事項を含む)

・配慮すべき事項(重要設備等を定める主務省令の立案に当たって配慮すべき事項を含む)

・対象事業者その他の関係者との連携に関する事項 等

(2) 審査対象(50 1 )

1) 対象事業(「特定社会基盤事業」)

以下の14分野の事業のうち政令で絞り込む。

電気ガス/石油/水道/鉄道/貨物自動車運送/外航貨物/航空/空港/電気通信/放送/郵便/金融/クレジットカード

2) 対象事業者(「特定社会基盤事業者」)

・対象事業を行う者のうち, 以下の全要件を満たすものとして省令で定める基準に該当する者を所管大臣が指定

①重要設備(機器・プログラム等を含む。具体的な重要設備は省令で指定)の機能が停止・低下した場合に,

②役務の安定的な提供に支障が生じ,

③国家・国民の安全(国民の生存・社会経済秩序の平穏)を損なうおそれが大きいものとして主務省令で定める基準に該当する者

— 「特定社会基盤事業者」については, 事業規模(利用者の数, 国内市場におけるシェア等)及び代替可能性(地理的事情, 事業内容の特殊性等)の観点から基準を定指定していくべきとされている(22/1/7有識者会合資料 p 9)

3) 対象事業者による事前届出

対象事業者は, 他からの重要設備の調達導入・維持管理等の委託を行う場合, 事前にその計画書を所管大臣に事前届出要(52条1項)

<計画書の記載事項の例>(52条2項)

①導入の場合:重要設備の概要, 内容・時期, 供給者, 重要設備の部品等

②維持管理等の委託の場合:重要設備の概要, 内容・期間, 委託の相手方, 再委託等

4) 主管大臣による審査

審査期間原則として届出受理から30日間(但し, 必要なときは届出受理から最長4月間に延長)(この間導入等禁止)(52条3,4項)。

審査内容重要設備が我が国の外部から行われる役務の安定的な提供を妨害する行為(「特定妨害行為」)の手段として使用されるおそれが大きいか否か(52条1項, 6項)。— 「特定妨害行為」の手段としては例えば, マルウェアやスパイウェアの事前埋め込み等が想定されていると思われる。[16]

5) 主管大臣による勧告・命令(妨害行為を防止するため必要な措置)

・審査の結果, 重要設備が「特定妨害行為」の手段として使用されるおそれが大きいと認めるときは, 妨害行為を防止するため必要な措置(重要設備の導入・維持管理等の内容の変更・中止等)を勧告(52条6項)。

・勧告後10日以内に勧告を応諾するかしないかの通知を義務付け(52条7項)。

勧告を応諾するかしないかの通知がないときや, 正当理由なく応諾しない旨の通知があったときは, 勧告に係る措置を命令(52条10項)。

6) 主管大臣による情報提供

・主管大臣は, 対象事業者に妨害行為の防止に資する情報を提供するよう努める(57条)。

3   施行期日(53条, 附則1条但書3,4号)

①審査対象:公布後1年6月以内

②審査・勧告・命令:公布後1年9月以内

・対象事業者の指定から6月間は経過措置として適用を開始しない。

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IV先端的な重要技術の開発支援


1 趣旨(要綱p.4)

・民間部門のみならず, 政府インフラ, テロ・サイバー攻撃対策, 安全保障等の様々な分野で今後利用可能性がある先端的な重要技術の研究開発の促進とその成果の適切な活用は, 中長期的に我が国が国際社会における確固たる地位を確保し続ける上で不可欠。

・このため, 特定重要技術研究開発基本指針を策定するとともに, 資金支援, 官民伴走支援のための協議会設置, 調査研究業務の委託(シンクタンク)等を措置。

2 概要

(1) 政府による特定重要技術研究開発基本指針の策定及び国による支援

・政府は, 特定重要技術の研究開発の促進及びその成果の適切な活用に関する基本指針を策定(60条)。

・政府は, 本指針に基づき, 特定重要技術の研究開発等に対し, 必要な情報提供・資金支援等を実施(61条)。

「特定重要技術」先端的な技術のうち, 研究開発情報の外部からの不当な利用や, 当該技術により外部から行われる妨害等により, 国家・国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるもの(61条)

— 具体的には, 宇宙・海洋・量子・AI等の分野における先端的な重要技術を想定(要綱p.4)

(2) 官民パートナーシップ(協議会)(62条)

1) 協議会の設置

・国の資金により行われる特定重要技術の研究開発等について, その資金を交付する大臣(「研究開発大臣」)が, 基本指針に基づき, 個別プロジェクトごとに, 研究代表者の同意を得て協議会を設置。必要と認める者を, その同意を得て構成員として追加。

2) 協議会の構成員

・研究開発大臣・国の関係行政機関の長・研究代表者/従事者・シンクタンク 等

3) 協議会の機能

・研究開発の推進に有用なシーズ・ニーズ情報の共有社会実装に向けた制度面での協力など, 政府が積極的な伴走支援を実施。

・お互いの了解の下で共有される機微な情報について, 協議会構成員に対し, 適切な情報管理と国家公務員と同等の守秘義務を求める。

※守秘義務の対象となる情報は, 政府のこれまでの研究成果, サイバーセキュリティの脆弱性情報等を想定。

※研究成果は公開が基本。研究者を含む協議会が, 研究開発の進展や技術の特性, 政府インフラ, テロ・サイバー攻撃対策, 安全保障等での利用において支障のある技術に関し, 研究開発の促進方策や個々の技術の成果の取扱等を決定。

(3) 調査研究業務の委託(シンクタンク)(64条)

・特定重要技術の見定めやその研究開発等に資する調査研究を, 内閣総理大臣が一定の能力を有する機関(特定重要技術調査研究機関)に委託し, 守秘義務を求める。

(4) 施行期日

・公布後9月以内(附則1条)

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V 特許出願の非公開


1 背景・趣旨

(1)背 景

1) 特許の出願公開制度

我が国では, 特許出願日から1年6月後に, 原則として[17]全ての出願について, 出願発明を記載した明細書の内容が公開特許公報により一般に公表(出願公開)される(特許法64条)。その理由は, ①特許制度は, 発明された新技術の公開の代償として一定期間特許権という独占的な権利を与える制度であること, ②出願から特許付与後の発明公開までの間に生じ得る他者による重複研究, 重複出願, 重複投資等の弊害を防止することなどである。

2) 全出願公開による弊害(「提言」(p 43, 44))

しかし, 上記公開制度の結果, 公になれば我が国の安全保障が著しく損なわれるおそれがある発明まで公開され, たとえ公開すべきでないとわかっていても, 特許権を得るためには公開に供するほかないという状況を生じさせている。

例えば, 2015年の報道で日本のレーザーウラン濃縮技術に関する特許公報やこの特許技術に基づく機器が国際原子力機関(IAEA)の査察を受けた他国の極秘核研究施設で発見されていた旨報じられ, 機微な技術の特許制度を通じた公開の問題が注目された[18]

3) 諸外国の状況

諸外国の多くは, 特許制度の例外措置として機微な発明の特許出願について出願を非公開とするとともに, 流出防止措置を講じ, もって, 当該発明が外部からの脅威に利用されることを未然に防ぐ制度を有しており, G20 諸国の中でこうした制度を有していないのは, 日本, メキシコ及びアルゼンチンのみである(「提言」(p 44)。(なお, 我が国でもかつては秘密特許制度が存在していたが戦後廃止された[19])

(2)趣 旨(要綱p.5)

特許出願の非公開制度を導入することにより,

・公にすることにより国家・国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が記載されている特許出願につき, 出願公開等の手続を留保するとともに, その間, 必要な情報保全措置を講じることで, 特許手続を通じた機微な技術の公開や情報流出を防止

・これまで安全保障上の観点から特許出願を諦めざるを得なかった発明者に特許法上の権利を受ける途を開く。

2 概要

(1) 政府による特許出願の非公開に関する基本指針策定

政府は, 特許出願に係る明細書等に記載の発明に関する情報の流出を防止するための措置(「特許出願の非公開」)に関する基本指針を定める(65条1項)。

(2) 特許庁による技術分野等によるスクリーニング(第一次審査)

特許庁は, 公にすることにより国家・国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が含まれ得る技術分野(「特定技術分野」)に属する発明が記載されている特許出願を出願から3か月内に内閣府に送付(66条1項)。出願人から保全審査の申し出をすることも可能(66条2項)

「特定技術分野」核技術, 先進武器技術等の中から下記(3)①②の観点を踏まえて政令で絞り込んだもの

— 「提言」(p 47,48)によれば, 「デュアルユース(軍民両用)技術については, 技術分野を絞るとともに, 例えば, 国費による委託事業の成果である技術や, 防衛等の用途で開発された技術, あるいは出願人自身が了解している場合などを念頭に, 支障が少ないケースに限定するべきである。制度開始当初は第二次審査の対象となる技術分野を限定したスモールスタートとし, その後の運用状況等を見極めながら, 対象技術分野の在り方を検討することが適当である」とされている。

・第一次・第二次審査中及び保全指定中は, 出願公開及び特許査定を留保

(3) 内閣府における保全審査(第二次審査)(67条1項)

「保全審査」(=発明の情報を保全することが適当と認められるかの審査)における考慮要素

①国家・国民の安全を損なう事態を生ずるおそれの程度

②発明を非公開とした場合に産業の発達に及ぼす影響 等

・内閣府は, 審査に当たり, 国の機関や外部の専門家の協力を得, また, 国の関係機関に協議(67条3,4,6項)

・保全指定をする前に, 出願人に対し, 特許出願を維持するかの意思確認を実施(67条9項)

(4) 保全指定(70条)

保全指定の通知:保全対象発明を指定し, 出願人に通知(70条1項)

指定の期間1年以内, 以後, 1年ごとに延長の要否判断(70条2,3項)

指定の効果:出願の放棄・取下げ禁止(72条)/発明の実施の原則禁止・実施許可制(73条)/出願人他の発明内容の開示の原則禁止(74条)/発明情報の漏えい防止のための適正管理義務(75条)/他の事業者に発明情報の取扱いを認める場合の承認制(76条)/外国への出願(国際出願を含む)の禁止(78条)

(5) 外国出願制限(第一国出願義務)(78条)

日本でした前記技術分野に属する発明については, まず日本に出願しなければならないこととする第一国出願義務を規定(特許庁に該当するかどうかを事前相談可能:79条)

(7) 国による補償(80条)

・保全対象発明の実施の不許可・条件付き許可等により損失を受けた者に対し, 通常生ずべき損失を補償(80条)

3 施行期日(附則1条但書5号)

・公布後2年以内

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以 上


【注】

[1] 【本稿の筆者】 一般社団法人GBL研究所理事/UniLaw企業法務研究所代表 浅井敏雄(Facebook)

[2] 【経済安全保障推進法案閣議決定・国会提出】 閣議決定(持ち回り決議), 国会提出(法案の概要, 要綱, 法律案・理由(縦書き)等掲載)。なお, 本稿本文中にリンクを張った法案は衆議院サイト掲載の横書きのものである。

[3] 【今国会】第208回(常会)。召集日2022年4月17日, 当初会期150日(6月中旬まで)

[4] (参考) 浅井敏雄「中国データ・情報関連法」2021/9/18, 第1章2

[5] (参考) 山田敏弘『サイバー攻撃の実験場, ウクライナで暗躍する親ロシア工作集団「UNC1151」』フォーサイト-新潮社ニュースマガジン, 時事ドットコムニュース

[6] 廣瀬 淳子「【アメリカ】2019 会計年度国防授権法」外国の立法 No.277-2(2018.11) 国立国会図書館 調査及び立法考査局 p 2「(2)中国政策」

[7] 日本経済新聞「中国5社を政府調達から締め出し 米国防権限法, 13日適用」2019年8月13日

[8] 日本経済新聞「機密漏洩防止へ調達指針 政府, ファーウェイ念頭」2018年12月10日

[9] (参考) 浅井敏雄「LINE事件と中国におけるガバメントアクセス規定」企業法務ナビ, 2021/04/26

[10] (参考) NHK 『国家安全保障局に「経済班」設置』2020年4月6日

[11] (参考) NHK「JAXAなどに大規模なサイバー攻撃 中国人民解放軍の指示か」2021年4月20日

[12] (参考) 「第二百五回国会における岸田内閣総理大臣所信表明演説」2021年10月8日, 首相官邸

[13] (参考) 内閣官房「経済安全保障法制に関する有識者会議

[14] (参考) 経済産業省<みなし輸出」管理の運用明確化の概要>2021年11月

[15]日本経済新聞「経済安保法案, 罰則を一部削除 供給網調査の拒否に 政府・与党方針」2022年2月15日

[16] (参考)(1)自由民主党 政務調査会 新国際秩序創造戦略本部 『「経済安全保障戦略」の策定に向けて』2020年12月16日 p 14, 15には「デジタル製品の開発・製造・設置・保守・管理・廃棄等の過程で, 情報の窃取・破壊や悪意ある機能が組み込まれる「サプライチェーンリスク」について, 脆弱性の把握, 信頼のおけない機器等への依存の回避等の対策を講じることが重要である」とある。 (2) Jordan Robertson, Jamie Tarabay 「中国の通信スパイ活動, 豪米は12年から把握か-ファーウェイ製品経由」2021年12月21日, Bloomberg

[17] 【出願公開制度の例外】防衛目的のためにする特許権及び技術上の知識の交流を容易にするための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協」により米国秘密特許出願(米国特許法181条~188条)に基づく我が国出願は同条約(3条)によりその秘密解除まで公開されない(特許法26条)。

[18](参考)国際原子力機関(IAEA)Senior Nuclear Engineer八木雅浩「韓国の未申告レーザーウラン濃縮実験と我が国特許法制上の問題─やはり拡散していた我が国特許出願公開情報─」CISTEC Journal 2016.1 No.161 p 56-64

[19] 【我が国の旧秘密特許制度】我が国でも明治32年(1899年)法以来, 昭和23年の特許法改正により廃止されるまで秘密特許制度があった(例えば, 大正10年法63条但書, 73条6項等参照) — 吉藤幸朔「特許法概説 第13版」p 5

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