最高裁判例から学ぶ労働契約法20条にいう「その他の事情」
2018/06/11 労務法務, 労働法全般

1 はじめに
2018年6月1日、最高裁第2小法廷で、正社員(無期契約労働者)と嘱託社員(有期契約労働者)の労働条件の相違に関する地位確認請求事件の判決(PDF)がありました。今回の判例は、①労契法20条の趣旨②労契法20条にいう「その他の事情」とは③差異が不合理であるかという3点を検討するものですが、今回の記事では②にテーマを絞り、不合理性の判断方法について検討していきたいと思います。
2 労契法20条について
まず、労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者それぞれの労働条件について、差異を設けること自体は禁止していません。有期契約労働者と無期契約労働者の間には実際には様々な労働条件の相違があり、そのことを前提に、相違が不合理ではないことを求める条文となっています(最高裁平成28年(受)第2099号、第2100号同30年6月1日第2小法廷判決(PDF))。
労契法20条によれば、労働条件の差異に関する不合理性は
①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度
②職務の内容及び配置の変更の範囲
③その他の事情
の3点を検討して判断します。今回の判例は③その他の事情について解釈方法を示すものです。
判例は「その他の事情」について、上記①②やその周辺事情に限られるとする理由はないという立場を示しています。
しかしながら、「どのような事情が『その他の事情』に該当する」というような一般化はされていません。この判例は、判例の事情を検討した後に、「『その他の事情』として考慮されることとなる事情に当たる」とまとめています。
3 事案の概要
《原告》
原告らは昭和55年から平成5年までの間に被告会社と無期労働契約を締結し、30年前後勤務した後、平成26年の定年退職後、有期労働契約を締結して働いている労働者です。無期労働契約者との間にある賃金面の差異に不合理性があると主張しています。
《被告》
60歳定年制を定め、定年後は従業員との間で有期労働契約を締結し、再雇用しています。そのような従業員を「嘱託職員」と位置付けており、嘱託職員に適用される就業規則として、「嘱託社員規則」を定めています。
今回の判例では、原告らが被告会社に再雇用された者であることが、労契法20条にいう「その他の事情」として考慮されると判断されました。
その理由について、最高裁はまず定年制の趣旨から検討を始めており、定年制は労働者の長期雇用を前提に、組織運営の適正化を図るとともに賃金コストを一定程度抑制するための制度であるとしています。次に、無期契約労働者(正社員)の賃金体系がどのような事情を背景に定められているかについて、無期契約労働者の賃金体系は、当該労働者が定年退職するまで長期間雇用することを前提に構築されたものであることが少なくないとしています。これに対し、有期契約労働者(嘱託社員)の賃金体系は、嘱託社員が定年後に再雇用された者であることから、長期間雇用されることが予定されていないことや、当該企業で長期間働いたことで老齢厚生年金を受けることもできるという事情も加味されて構築されているとしています。
これらの事情は、再雇用される有期労働契約者の賃金体系のあり方を検討するための基礎的な事項となるとし、原告らが被告会社に再雇用された者であることが、労働条件の差異の不合理性を検討するにあたり、労契法20条にいう「その他の事情」として考慮されると判断されました。
4 今後の実務に向けて
今回の判例は、差異がどのような制度に基づいて発生しているものか、それがどのような根拠に基づいている制度かを確認し、差異の要因となっている制度の適用対象となる事実があり、それが労契法20条にいう「その他の事情」に該当すると判断されたものと思われます。
労働者の労働条件は、契約期間が無期か有期かで差異があるのが通常ですが、有期契約労働者において「労働条件に不合理な差がある」と取られた場合、今回のような訴訟に発展してしまう可能性があります。そこで、訴訟を未然に防ぐために、まずは自社の労働契約がどのようになっているかを確認し、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件について、客観的にどのような差異があるかを確認することが必要であると考えます。そして、差異がどのような制度に基づいているものか(今回であれば、定年制・嘱託社員規則等)、それがどのような根拠に基づいて整備されている制度か(今回であれば、組織運営の適正化・賃金コストの抑制)を確認します。有期労働契約者のための別途の制度を用意している場合、どのような事実があればその制度の適用対象となるか(今回であれば、再雇用となったことで嘱託社員規則の適用対象となった)を確認することで、「その他の事情」該当性を予測することができるかと思います。労働条件の際の不合理性は様々な事情を考慮して決定されるため、労働条件の不合理性を判断するにあたって「その他の事情」がどのように働くかを検討することが、訴訟の未然の防止にあたって有用であると考えます。
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