高松地裁が投稿者の氏名住所を開示命令、プロバイダ責任制限法について
2017/08/23 IT法務, 危機管理

はじめに
大手転職情報サイト「転職会議」への投稿で社会的評価を低下させられたとして徳島市の企業がプロバイダー「STNet」を相手取り、投稿者の氏名・住所などの開示を求めていた訴訟で22日、高松地裁が開示を命じる判決を出していたことがわかりました。今回はプロバイダ責任制限法の発信者情報開示について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、昨年10月「転職会議」の口コミ欄に原告企業の従業員を名乗る人物が同社について「社長をワンマン」「管理職に管理能力はない」などと書き込みをしたとのことです。これを受け同社は「転職会議」運営会社に投稿者のIPアドレスの開示を求める仮処分申し立てを東京地裁に行ない、仮処分決定により本件投稿が「STNet」を経由してなされたことを把握。STNetに対し投稿者の氏名・住所等の開示を請求しておりました。STNet側は「社会的評価を低下させたとまではいえない」とし、原告側は高松地裁に開示を求め提訴していたとのこです。
プロバイダ責任制限法による規制
プロバイダ責任制限法は正式名称を「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」と言います。ネット上で権利侵害などが発生した場合のプロバイダや掲示板管理者の賠償責任を制限し、またプライバシー侵害や誹謗中傷などから被害者等を保護することを目的としています。ネット上で権利侵害が発生してもプロバイダ等の賠償責任は技術的に送信を防止することが可能であり、権利侵害の事実を知っていたか、知り得た場合に限定されます(3条)。そして4条ではネット上で権利侵害を受けた者は発信者の氏名・住所等の開示を請求することができます。
発信者情報開示請求
4条の請求を具体的に見てみますと、「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者」は①「権利が侵害されたことが明らかであるとき」かつ②「損害賠償請求権の行使のために必要である場合」「その他・・・正当な理由があるとき」に開示請求をすることができます。そして同条を受けて定められた総務省令では開示できる情報として①送信者の氏名・名称②住所③メールアドレス④IPアドレス⑤侵害情報が送信された年月日時刻等が挙げられております。
権利侵害の明白性
発信者情報開示で一番重要な要件は権利侵害の明白性です。ここに言う権利侵害とはプライバシー侵害や著作権、商標権侵害など様々な類型がありますが、特に重要な名誉毀損に関して見ていきます。判例によりますと、名誉とは「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な社会的評価」を言い、この社会的評価を低下させる行為が名誉毀損に該当します(最判平成9年5月27日)。そして仮にこれに該当しても①公共の利害に関するものであり②専ら公益を図る目的であり③摘示された事実が真実である場合、真実でなくても信じるにつき相当な理由がある場合には不法行為が成立しないとされております(最判昭和41年6月23日)。
コメント
発信者情報開示請求は裁判上または裁判外でも行うことができます。しかし以上のように開示請求の要件で一番重要なのは権利侵害の明白性です。著作権侵害やプライバシー侵害などはまだ比較的明白性は判断しやすいと言えますが、名誉毀損の場合は上記の要件を慎重に判断する必要があります。情報を開示するプロバイダ等はこの判断を誤り開示してしまうと、こんどは発信者側から損害賠償請求や場合によっては刑事責任の追求がなされることになります(電気通信事業法4条、179条等)。それ故にプロバイダ側は開示請求があっても開示にはかなり慎重になります。裁判例では眼科医院に対する「去年三人失明させている」という書き込みや(東京地裁平成15年3月31日)弁護士に対する「お金のために私達を利用する恐喝犯」といったもの(東京地裁平成17年8月29日)で開示が認められております。本件で高松地裁は企業の社会的評価の低下を認定しましたが、名誉毀損による開示請求は判断が難しいと言えます。名誉毀損による開示請求を行う場合は上記要件を念頭に、最終的には裁判所での請求に至る可能性が高いことを考慮して検討することが重要と言えるでしょう。
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