最高裁がグーグル検索結果削除を棄却、「忘れられる権利」とは
2017/02/03 コンプライアンス, 民法・商法, IT
はじめに
グーグルに表示される過去の犯罪歴について削除の仮処分申し立てがなされていた訴訟の上告審で、最高裁は請求棄却の決定をしていたことがわかりました。検索サイトの表示の削除に関する初の最高裁判断となります。今回はいわゆる「忘れられる権利」と判決の概要について見ていきます。
事件の概要
原告の男性は過去に児童買春・ポルノ禁止法違反の罪で罰金50万円の略式命令を受けました。その後自己の名前と住所で検索をかけると3年以上前の逮捕時の記事が表示されておりました。そこで男性は2015年、さいたま地裁にグーグル検索表示の削除の仮処分申し立てを行いました。一審さいたま地裁は「ある程度の期間経過後は、社会から忘れられる権利がある」として削除を認める決定を出しました。二審東京高裁は一転、「忘れられる権利」は法律で定められたものではなく、要件や効果も明確ではないとして一審決定を取り消しました。
忘れられる権利とは
忘れられる権利とは、インターネット上の個人情報を検索結果から削除してもらう権利を言います。近年欧州を中心に議論が活発になり、欧州連合司法裁判所でも自己の不動産を差押えられたことがあることについての検索結果の削除を認めた判決が出ており立法化への動きもあります。これを受け日本でもグーグルなどの検索エンジンに表示される自己の情報の削除を求める訴訟が起こされてきました。しかし一方で日本ではウェブサイト上の個人情報等はプロバイダ責任制限法に基づいてプロバイダが自主的に削除等を行ってきた背景があり、欧州ほど活発な議論はなされてきませんでした。本件一審さいたま地裁決定は、この忘れられる権利を日本で初めて認めた裁判例となります。
日本での位置づけ
日本における法律実務上、「忘れられる権利」は上記さいたま地裁決定を除けば裁判所、特に最高裁はその存在をいまだ認めていない状況と言えます。日本では自己の個人情報にかかる権利はもっぱらプライバシー権の一環として把握されてきました。プライバシー権侵害を理由とした差止や賠償請求はこれまでにも多く行われてきており、その態様はもっぱら報道や出版という形でなされてきました。こういった場合、報道や出版側の表現の自由と衝突することになることから両者の調整が必要となります。過去の犯罪前科を出版されたとして賠償を求めた事例の判例では「その者のその後の生活状況、事件の社会的意義、重要性、社会的影響力、著作物の目的、性格、意義等を判断し、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越する場合」には賠償等が認められるとしています(最判平成6年2月8日ノンフィクション「逆転」事件)
判決要旨
本件で最高裁は「忘れられる権利」については触れず、プライバシーに属する事実を含む記事等のURLが検索結果として表示されることが違法となるかは、事実の性質、内容、表示されることによる被害の程度、その者の社会的地位や影響力、記事の目的や意義、社会的状況の変化、記事に記載する必要性等の諸事情を比較衡量して「公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」には削除することができるとしました。
コメント
以上のように最高裁は「忘れられる権利」については言及せず、「公表されない法的利益」という言わばプライバシー権の一種として処理しました。その上で従来からの判例の考え方をほぼそのまま踏襲し総合的に比較衡量して削除の要否を決定する考えを示しました。本件では原告男性は罰金刑に処せられた後は妻子と共に生活し民間企業で稼働しており、表示されることによる被害や影響力は小さくないが、児童買春という事実の性質や社会からの非難も併せ考えると「明らか」に優越しているとは言えないと判断されたものと言えます。今回は社会的関心や非難が強く、公共性のある記事であることから削除は認められませんでしたが、これが根拠のない誹謗中傷や風評といったもの、企業秘密等である場合には公共性が乏しく被害の方が大きいことから明らかに優越すると判断され削除が認めらえる可能性も高いと言えます。ネットの風評被害やデマ等により損害を受けている場合、本件最高裁の判断枠組みに則って削除請求ができるかを考えることが重要と言えるでしょう。
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