東芝不正会計、歴代社長立件を巡り検察と監視委が対立
2016/08/16 コンプライアンス, 金融商品取引法, メーカー
はじめに
東芝の不正会計問題に関し、「歴代社長の刑事責任追求」を主張する証券取引等監視委員会と、「立件は困難」とする検察庁の間で対立が生じています。金商法には刑事罰規定が置かれていますが、実際に企業役員を立件するにはどのような問題があるのか見ていきたいと思います。
事件の概要
東芝は2009年3月から2014年12月にかけて約1518億円の利益の水増しによる粉飾決算を行っていたことが第三者委員会の報告で昨年明らかになりました。東芝はパソコン事業において、いわゆるバイセル取引を行っていました。バイセル取引とは、予め材料・原料を調達しておき、他の製造メーカーにそれらを一旦売却して組み立てを委託し、完成品を買い戻すという手法です。東芝はパソコン部品を調達し台湾のメーカーに売却し組み立て委託をして、完成品を買い戻していましたが、その際部品の調達価格が外部にわからないようにするため一定額を上乗せして売却し、完成品買取の際にその分上乗せして買い取っていました。この最終的に利益とならない上乗せ額を、部品売却の時点で利益として計上していました。金融庁は昨年12月に監視委の勧告を受けて有価証券報告書の虚偽記載として東芝に約73億円の課徴金納付命令を出していました。また監視委は歴代社長に刑事訴追するよう検察に求めていました。
有価証券報告書の虚偽記載
上場会社及び一定の有価証券発行会社は金商法上、各事業年度ごとに内閣総理大臣に有価証券報告書を提出することになっております(24条1項)。この有価証券報告書に虚偽記載をした場合には、まず行政上の制裁として課徴金納付命令が出されることがあります(172条の2)。虚偽記載により損害を被った株主等からの民事上の損害賠償請求等がなされることもあります(21条の2、24条等)。また各証券取引所の規定により上場廃止となることもあります。そして刑事罰として10年以下の懲役、1000万円以下の罰金またはこれらの併科が課されることになります(197条1項)。法人としての会社に対しても7億円以下の罰金という両罰規定が設けられております(207条1項)。
刑事手続
金商法違反により罰則を適用する場合は刑事訴訟法に基いて検察官が裁判所に起訴し、公判手続を経て判決が言い渡されることになります。公判手続では検察官が犯罪事実の存在、すなわち法律に規定された犯罪構成要件や違法性、責任の有無等を立証していくことになります。刑事手続ではこれらの事実の立証責任を原則検察官が負っており、合理的な疑いを超える程度の証明を証拠によって証明することが求められます(刑事訴訟法317条)。対して被告人は自己が無実であることの証明責任は負っておらず、検察の証明を妨げるだけでよいとされています。金商法197条1項によりますと、有価証券報告書の「重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した者」に罰則が適用されることになっております。検察官は誰が「虚偽の記載」を行ったのかを証拠によって立証する必要があります。
コメント
本件で東芝はバイセル取引での部品の上乗せ額を利益として計上していました。上乗せ額は完成品の買取時に買取額に上乗せして精算することになっており、最終的に利益にはなりません。このように一時的に得られる未現実利益は会計上利益として計上してはいけないこととなっていると言われております。監視委はこのような行為が金商法上の粉飾決算に該当することは明白であるとして、田中久雄元社長ら東芝歴代社長を刑事訴追すべきと主張しています。一方検察は証拠上問題点が多く立件は難しいとして難色を示しております。本件行為が金商法上の虚偽記載、粉飾決算に該当することは明白と言えるでしょう。しかし一方で歴代社長が197条に規定する「提出した者」に該当するかは難しい問題と言えます。歴代社長が直接関与していなくても、明示的にあるいは黙示的に虚偽記載を指示していた等の関与を証拠によって立証することが必要と言えます。現段階では公判を維持し有罪判決にもっていくだけの証拠が揃っていないと思われます。一般的に金商法違反事件で不起訴処分となるのは6割以上となっており、略式命令手続を除いて実際に起訴される割合は10数%しかありません。監視委は再犯や類似事例の発生防止の観点からも刑事訴追は必要としていますが、有罪にもちこめるかは別問題と言えます。このように罰則が規定されている商事、経済関連法令は多数ありますが、実際に刑事訴追して公判手続に持ち込むことは証拠収集等の点で困難でした。こういった点の解決策として期待される日本版司法取引制度の動向を注視すべきと言えるでしょう。
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