陸海空、宇宙に続く第五の舞台 サイバーセキュリティ戦略最終案
2013/05/22 コンプライアンス, 情報セキュリティ, 個人情報保護法, その他

事案の概要
政府の「情報セキュリティ政策会議」(議長・菅義偉官房長官)は、21日、「サイバーセキュリティ戦略」の最終案をまとめた。意見公募手続の後、6月に正式に決定する予定。
これは、我が国におけるサイバー攻撃に対する防衛力の強化を図る事を目的としている。拡散性、無差別性というサイバー攻撃の性質から、戦略の対象には、国家機関のみでなく民間企業や一般人も含まれている。安倍晋三首相は、会議で、「安全保障の観点だけでなく、経済発展のためにも速やかに対応する必要がある」「世界最高水準のIT国家に相応しい、安全なサイバー空間の構築を目指す」と述べた。
重要な点として、以下の3つが挙げられる。
1.通信事業者が通信の内容を解析出来る制度や、通信記録保存の義務付けを検討する。
2.国家レベルのサイバー攻撃に対応するため、自衛隊にサイバー防衛隊を創設する。
3.平成32年度までに国内情報セキュリティ市場の規模を倍増させる。
1は、インターネットを利用した犯罪の防止が目的。犯罪を防止するためという条件付きで、通信事業者に、ウイルス感染が強く疑われるメールを解析する事や、そのメールの通信を遮断する権限を与える。また、犯罪捜査への利用のため、通信事業者に記録の保存を義務付ける。これらは、利用者の通信の秘密との抵触が避けられないため、まだ議論が不可欠であるとして、本最終案では、検討段階に留まっている。
2は、サイバースペースを陸海空、宇宙に続く第五の防衛領域として位置付け、それに対する自衛隊の能力や態勢を強化するためのもの。本最終案発表に先立ち、今月16日から統合幕僚監部にサイバー防衛隊準備室が置かれている。今年度中には100人規模で発足し、情報収集や監視、シミュレーション訓練を行う予定。機器の機能向上や専門的な知識・技能を持つ人材の確保が急務となる。
3は、政府、民間を問わず、国全体のITセキュリティレベルを向上させ、国民の権利や経済活動全般を保護する事が目的。現在、国内の情報セキュリティ市場は6千億円から7千億円と言われており、これを約7年で倍増させる事を目標としている。
コメント
現在、情報通信分野の発達はまさに日進月歩であり、インターネットなくして我々の日常生活が成り立たなくなるところまで来ている。安全保障のみならず経済活動のためにもサイバー防衛力の強化が必要であるという本会議の認識が正しい事は論を俟たない。以下、上記1から3の点について、それぞれ見てゆきたい。
2については、昨今の電子戦の重要性に鑑み、当然の動きであると言える。1990年代の湾岸戦争においてさえ、多国籍軍によるイラク軍の通信網の破壊やミサイルの無力化が劇的な効果を生んだ。現代の戦争は、電子戦に始まり電子戦に終わると言っても過言ではない。サイバー攻撃を武力攻撃とみなして自衛権の発動としての自衛隊出動を実行出来るか、との議論もあるが、原子力発電所や空港の管制システムがサイバー攻撃を受けた時の被害は、下手な直接の武力衝突よりも大きい。字義的な解釈にとどまらず、時代の変化に対応する必要がある。
3については、「小さなパソコン」であるところのスマートフォンの爆発的な普及やIT関係企業の成長を見るにつけ、十分に達成可能な目標であると思われる。メディアリテラシーやセキュリティ意識の向上が、インターネットの利用者・利用範囲の増加に追い着いていない事は否定出来ないが、パソコン及びインターネットに慣れ親しんだ世代が増えてゆくにつれて、或る程度の克服が見込めるであろう。そうなれば、セキュリティに掛けるコストも当然と考えられるようになり、ビジネスチャンスが生まれ、市場が活性化する。
やはり難しいのは1である。通信事業者による通信の解析や保存された記録の捜査機関に対する提供は、利用者の憲法上の権利である通信の秘密と抵触する。電気通信事業法が通信事業者に課している利用者に対する守秘義務違反の問題もある(下記関連法令参照)。
情報セキュリティにおける権利利益の対立が通信事業者と利用者との一対一の関係に単純化出来るものではない事も、議論を複雑にしている。例えば、ウイルス感染を疑われるメールの受け手が通信事業者の解析に同意したとしても、送り手の通信の秘密は依然保護の対象となる。また、受け手の権利を守るためにウイルスメールを放置した結果、ウイルスが拡散し、多くの人に経済的被害が出る事も予想される。一通のウイルスメールが国家存亡を招く、というとSF小説のようだが、2のところで述べた原発や空港に対するサイバー攻撃の例を考えれば、一笑に付す事は出来ない。
やはり、多面的な利益考慮により、落としどころを探ってゆくしかないのであろう。本戦略は、意見公募の後、6月に決定される予定だが、情報通信分野の変化に即応可能なよう、今後も議論を続けてゆかねばなるまい。
関連法令
憲法
第21条
第1項 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
第2項 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
電気通信事業法
第4条
第1項 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。
第2項 電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。
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