QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎第54回 共同研究開発契約:~定義
2023/08/15   契約法務, 知財・ライセンス

UniLaw 企業法務研究所 代表 浅井敏雄


前回, 共同研究開発契約に関する総論的なことを解説しましたが, 今回から, 共同研究開発契約について具体的な条項を提示した上解説していきます。今回は, その第1回で, 契約名称・研究開発要項・署名欄/定義について解説します。[1]
 

【目  次】

(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)

Q1:契約名称・研究開発要項・署名欄

Q2:定 義

Q1:契約名称・研究開発要項・署名欄


A1: 以下に例を示します。
 

共同研究開発契約

研究開発要項
1.      甲○○○○
2.     乙○○○○
3. 共同研究開発のテーマ・目的・概要(別紙に記載する場合は「別紙記載の通り。」等と記載すること(4以下の項目についても同様))
4. 共同研究開発における役割分担(共同研究開発における甲乙各自の単独業務及び共同作業について各自の業務又は役割の分担を記載すること)

甲:

乙:

5. 各自の共同研究開発参加者(甲乙各自の共同研究開発の担当者・責任者及び外部の参加者を記載すること。「○○部○○課に所属する者」等の記載でもよい)

甲:                                   .

乙:                                   .

6. 共同研究開発の実施場所甲担当業務の実施場所:                                  .

乙担当業務の実施場所:                                  .

甲乙共同作業の実施場所:                                  .

7. 共同研究開発のスケジュール(目標設定, 共同研究開発作業, 実装, 評価等の研究開発の各段階に関し, 本契約締結時点で合意されている共同研究開発スケジュールを記載すること)
8. 共同研究開発の実施期間○○年○○月○○日から○○年○○月○○日まで。
9. 研究開発用素材・設備等及び費用負担(各自調達・各自費用負担の原則以外の取決めを行う場合, その調達・提供, 費用負担の内容・方法, 調達物の所有権等に関する取決めを記載すること)
10. その他特約事項(あれば記載すること)
 

 

甲及び乙は, 上記研究開発要項(以下「研究開発要項」という)記載の共同研究開発(以下「本共同研究開発」という)に関し, 添付契約条項に従い契約(以下「本契約」という)を締結する。

 

甲:東京都XX区XX X丁目X番地X


__________株式会社


代表取締役社長(又は「○○○○本部長」等他の役職名) XX XX


乙:東京都YY区YY Y丁目Y番地Y


__________株式会社


代表取締役社長(又は「○○○○本部長」等他の役職名) XX XX


 

【解 説】


共同研究開発のテーマ・目的・内容・役割分担・スケジュール等の要項・要領的なものについては, 項目ごとに契約本文の中で規定していく方法もあり, その方が一般的かもしれません。しかし, 本契約では, 契約書のひな型又はたたき台として使い易いよう, 最初に上記のような「研究開発要項」の表を設け, その表中に, 実際に共同研究開発を行う部門に必要事項を下書きしてもらった上, それを法務部門がチェックし必要な修正をすることにより要項を完成させることを想定しています。

なお, 大学の共同研究開発契約のひな型も, 契約書の最初又は末尾にこのような表を設けるものが多いようです[2]。これは, おそらく, 大学では契約書を使用するのが教官等で企業のように必ずしも法務部門の支援を受けることができないので, ひな型として使い易くするためということでしょう。ちなみに, 大学, 公的研究機関等との契約の場合, そのひな型をベースに契約を作成することを求められ, 又, その内容の変更になかなか応じてもらえない傾向があります。

【研究開発要項3:共同研究開発のテーマ・目的・概要】行おうとしている共同研究開発を特定し, 両当事者の認識を確認・一致させ齟齬を回避するための記載事項です。以下は記載例です。

(a) 東京大学:共同研究契約書契約項目の記入例と説明:「 研究題目 官能検査を代行するセンサーネットワークの研究」, 「4. 研究目的 今まで人が行ってきた感覚による製品検査を, ネットワーク上のセンサーで行う技術を開発する。」, 「5. 研究内容 複数のセンサーをネットワーク接続するためのモデル化を行い, オブジェクト指向型の通信プロトコルを開発する。具体的な応用モデルを試作して, 有効性を検証する。」

(b) 経産省・特許庁公表「共同研究開発契約書(新素材編)」第1条:「① テーマ:本素材(第 2 条 1 号で定義する。)に関する技術を適用した, 高熱伝導性を有するポリカーボネート樹脂組成物(以下「本樹脂組成物」という。)を成形してなるヘッドライトカバー(以下「本製品」という。)の開発」, 「② 目的:本製品の開発及び製品化」

【研究開発要項4 :共同研究開発における役割分担】共同研究開発における各当事者が行うべき単独業務及び共同・共通作業については, 作業漏れを防ぎ, 又, 両当事者の認識を確認・一致させ齟齬を回避するため, 少なくともその大枠を記載しておく必要があります。契約締結時点では詳細な役割分担を定めることは困難な場合でも, 大枠を決めて定めておけば, 後に役割分担の詳細を効率的に協議することができます。以下は記載例です。

(a) 東京大学:共同研究契約書契約項目の記入例と説明:(各自の具体的担当者名・役職名とともに)(甲:東京大学)「研究全体の統括と指導」, 「各種センサーのモデル化」, 「センサーネットワークのプロトコル開発」/(乙:民間企業)「ネットワークプロトコルの実装」, 「応用モデルの構築と評価」

(b)経産省・特許庁公表「共同研究開発契約書(新素材編)」第3条:「① 乙の担当:本樹脂組成物を用いた本製品の設計, 製作及び本製品の特性の評価」/「② 甲の担当:技術者の派遣。前号の乙の評価の結果を基にした本樹脂組成物の表面処理の調整及び配合量の検討。本製品の特性の評価への立会い」

【研究開発要項5:各自の共同研究開発参加者】これは記載されないこともありますが, 本契約では, (i)一方当事者が相手方の特定の研究者を研究開発のキーパーソンとして期待している場合があること, (ii)共同研究開発における秘密保持を確実に行うには参加者を特定・限定した方がよいこと, (iii)当事者が大企業等で, 他部門で同一・類似の研究開発が行われている可能性がある場合には, 本共同研究開発の成果とその他部門での本成果の混同を防止するには参加者を特定・限定した方がよいこと, 又, 仮に混同が生じた場合には両者を区別する手掛かりになること, (iv)最初から外部の参加者の参加が予定されている場合にはそれを明確化する必要があること等から具体的に記載することとしました。

なお, 大学との共同研究開発では, 両当事者とも具体的に個人名まで特定・記載する例が多いようです(参照:東京大学:共同研究契約書契約項目の記入例と説明)。なお, 大学との共同研究開発において学生が共同研究開発参加者になることは, 相手方の民間企業としては, (学生は大学に雇用されている訳でもなく, 又, 卒業後競合他社に就職する可能性もあること等から, )共同研究開発における秘密保持, 成果取扱い等の面で不安が生じる場合もあり, できれば拒否したいところですが, 仮に同意する場合でも, 学生による本契約遵守を大学に保証させるべきでしょう(後述)。

【研究開発要項6:共同研究開発実施場所】「甲担当業務の実施場所」, 「乙担当業務の実施場所」, 「甲乙共同作業の実施場所」等を記載します。

【研究開発要項7:共同研究開発のスケジュール】目標設定, 共同研究開発作業, 実装, 評価等の研究開発の各段階に関し, 本契約締結時点で合意されている大まかな共同研究開発スケジュールを記載します。以下は記載例です。

東京大学:共同研究契約書契約項目の記入例と説明:「23年4月:目標設定・計画 5月~24年3月:プロトコル開発 4月~9月:実装 10月~25年3月:評価」

【研究開発要項8:共同研究開発の実施期間】上記スケジュールに合わせ, 共同研究開発全体の期間を「○○年○○月○○日から○○年○○月○○日まで。」等と記載します。

【研究開発要項9:研究開発用素材・設備等及び費用負担】後述の本契約本文中の条項では, これらに関し各自調達・各自費用負担の原則を記載していますが, この原則と異なる取決めを行う場合, その調達・提供, 費用負担の内容・方法, 調達物の所有権等に関する取決めを記載します。なお, 企業に比べ, 研究資金が十分でない大学との共同研究開発では, 研究費用の一定額を企業から大学に納入することを前提とする共同研究開発契約のひな形が多いと言えます(例:東京大学:共同研究契約書契約項目の記入例と説明:項目10)

【研究開発要項10:その他特約事項】個々の共同研究開発の事情に応じ, 要項及び本契約本文中の条項と異なる特約があれば記載します。

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Q2:定 義


A2: 以下に例を示します。なお, 後記【解説】で説明する箇所等を下線で示しています。
 

契約条項


 

第1条    定 義

本契約において, 以下の用語は以下の意味を有するものとする。

(1)     「本成果」とは, 本共同研究開発の遂行により一方当事者又は両当事者の研究開発参加者によって新たに創作, 発見その他取得された発明, 考案, 意匠, 著作物, アイディア, ノウハウ, データ, 情報, 有体物, その他のものを意味する。

(2)     「研究開発参加者」とは, 各当事者において本共同研究開発に参加する従業員, 役員等, 及び各当事者のために本共同研究開発に参加する第三者(個人もしくは法人)又はその従業員, 役員等を意味する。

(3)     「知的財産権」とは, 特許権, 実用新案権, 意匠権, これらを受ける権利, 著作権, 営業秘密・ノウハウに関し保護を受ける権利その他本成果に関する日本及び外国における法的権利を意味する。

(4)     「出願」とは, 特許出願, 実用新案登録出願, 意匠登録出願, 著作権登録申請その他知的財産権を取得, 保全又は強化するために日本又は外国において行われる出願, 申請その他の手続を意味する。

(5)     「権利保全手続」とは, 出願, 営業秘密・ノウハウの秘匿措置, 特許拒絶査定不服審判, 同審判審決取消訴訟, 特許無効審判への対応手続, 特許料支払, その他知的財産権を取得, 保全, 強化又は維持するために行われる手続又は措置を意味する。

(6)     本成果の「利用」とは, 特許法, 実用新案法及び意匠法に定義する「実施」, 著作物, 営業秘密・ノウハウその他情報の利用, その他本成果の知的財産権に関する全ての形態の実施又は利用行為を意味する。

【解 説】


本契約では, 本条以外でも, 用語の定義をしている箇所がありますが, 本条では主な用語の定義をしています。

【第(1)号:「本成果」】「新たに」としたのは, 後述のバックグラウンド知的財産等と区別するためです。「発見その他取得された」としたのは, 失敗データ, ネガティブ情報等も含めるためです。「発明, 考案…」の他, 研究開発の内容によっては, 半導体集積回路の回路配置, 微生物, コンピュータプログラム, データベース, 化学物質等を具体的に列記してもいいでしょう(「知的財産権」・「出願」の定義においても同様)。

【第(2):「研究開発参加者」】本契約では, 本成果の創作等が一方当事者のみ又は両当事者の従業員その他の研究開発参加者で行われたか否かにより, その知的財産権の帰属, 出願, 権利保全手続, 利用等の取扱いを定めているので, この定義を設けています

【第(3)号:「知的財産権」】これを, どのように定義するか, どこまで詳しく定義するか(例えば, 東京大学の「共同研究開発契約書」のひな第1条は非常に詳細である)等はいつも悩むところですが, 本契約では, 上記のように比較的シンプルな定義としました。

【第(4)号:「出願」】主に特許権を取得するための特許出願等を想定していますが, 例えば, 米国著作権法(408~412条)に定める著作権登録(権利発生要件ではなく任意だが, 著作権を有することの推定等保護を強化する効果がある)の申請, 半導体集積回路の回路配置に関する法(3条)に規定する回路配置利用権の設定の登録の申請等も含みます。

【第(5)号:「権利保全手続」】「権利保全措置」としては, 発明等については出願, 営業秘密・ノウハウについては秘密保持・秘匿措置等が含まれます。一般に, (i)他者が実施したときにその実施を検出できる(侵害検出性がある)成果(物の構成や形状, 物質の組成に関する発明等)については特許出願をしておくこと, (ii)侵害検出性がない成果(例:製造方法の発明等)については, 営業秘密・ノウハウとして秘密保持・秘匿措置を講じて出願公開(特許法64条)を回避し, その成果の説明書等を封印した封筒等に公証人役場で確定日付印を押印してもらうことやタイムスタンプサービスを利用し, 成果創出時に既に成果を保有していたという証拠化を図ること(特許庁「先使用権制度の円滑な活用に向けて~戦略的なノウハウ管理のために~(第2版)」(2022年4月改訂)参)等が推奨されています

この他, 「権利保全手続」には, 審判, 審決取消訴訟, 特許無効審判への対応, 特許料支払等の知的財産権を取得, 維持等するために行われる手続又は措置も含めています

【第(6)号:本成果の「利用」】例えば, 特許法第2条第3項に定める発明についての「実施」等を全て記載することは現実的でないので, このような定義としています。

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今回はここまでです。

 

「QAで学ぶ契約書作成/審査の基礎」シリーズ:過去の回


 

[3]

 

[1] 【本稿執筆に当たり参考とした主な資料】 (1) 阿部・井窪・片山法律事務所「契約書作成の実務と書式 第2版」 有斐閣, 2019/9/24. p. 448-471. (2)経産省・特許庁公表「共同研究開発契約書(新素材編)」. (3)次の各大学の共同研究契約のひな型とその解説. (3)東京大学:共同研究契約書契約項目の記入例と説明, 東京大学:共同研究契約書, 東京大学:共同研究契約書条文解説(平成23年度版)

[2] 【大学の共同研究契約のひな型】 (例)東京大学, 京都大学, 東北大学

[3]

==========


【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害などについて当社及び筆者は責任を負いません。実際の業務においては,自己責任の下,必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄  (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系(コンピュータ関連)・日本(データ関連)・仏系(ブランド関連)の三社で歴任。元弁理士(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際商事研究学会会員, 国際取引法学会会員, IAPP  (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E  (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

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