ギグワーカーと労働法制(前編)
2021/12/10   労務法務, コンプライアンス, 労働法全般, IT

1.はじめに


企業法務のミッションとは、事業の法的リスクに関するアドバイスや法的トラブル防止、トラブル時の損失最小化であり、それらを通じて事業収益に貢献することです。

本コラムは、ビジネスの現場で法務担当者が本当に役立つためにはどうしたらいいか、という視点で様々なノウハウをお伝えしています。今回は、withコロナ時代にますます話題となった「ギグワーカー」の働き方をテーマに、Uber Eats(ウーバーイーツ)やLancers(ランサーズ)などの「ギグエコノミー」を主導するインターネットのプラットフォーム事業者およびプラットフォーム事業者が運営するサイトを通じて仕事を得ようとするワーカーに関する法的な検討ポイントについてまとめました。

 

2.ギグワーカーとは?


「ギグワーカー」とは、最近よく耳にする単語ですが、英語のgig(単発のライブ演奏)から派生して「単発の仕事」をする人々を指し、特にインターネット上のプラットフォーム事業者が運営するサイトを介して単発の仕事を獲得する人々を指す意味で用いられているようです。ギグワーカーが発展させる経済は「ギグエコノミー」と呼ばれ、2019年あたりから日経新聞をはじめとする経済業界紙において活発に取り上げられるようになりました。ギグエコノミーを先導する地域はアメリカ西海岸です。Uber(ウーバー)、Lyft(リフト)といった、運転のプロではない一般人によって担われる配車サービスが代表格といえるでしょう。日本においては、有償による旅客の運送について許可を要することを定める道路運送法の制約等により事業参入に至っていませんが、飲食店の食事の宅配サービスであるUber Eats(ウーバーイーツ)は首都圏を中心に浸透しつつあるように思われます。

また、Lancers(ランサーズ)、Crowdworks(クラウドワークス)、ココナラといった単発の仕事を仲介するプラットフォーム事業者もギグエコノミーの担い手といえるでしょう。

 

3.ギグワーカーの法律構成


ギグワーカーの法律上の位置づけは、その大半が発注者である企業や個人からの委託を受けて個人事業主として業務委託契約を締結する受託者ということになります。前述のようなプラットフォームサイトを介して、ギグワーカーが仕事を獲得し、報酬を得るまでに実施する主なアクションは以下の通りです。

① プラットフォームサイトへの登録
② 仕事のオファー探し又は自ら提案
③ 発注者から仕事の受注
④ ギグワーカーにおける仕事の実施・納品等
⑤ 発注者からプラットフォーム事業者経由で報酬の支払

 

この過程において、ギグワーカーは、まずプラットフォーム事業者が提示するサービス利用規約に同意し(①)、発注者との間で業務内容や実施条件に関する申込及び承諾を以て業務委託契約を成立させ(②→③)、委託業務の履行を提供し(④)、発注者から委託業務の対価支払を受領します(⑤)。

企業法務担当者としてこのようなプラットフォーム事業者の企画・運営における法的リスクを検討する際、そしてギグワーカー及び発注者の関係に関する法的評価を実施する際のポイントは、それぞれの当事者に対する業法適用の有無を個別のケースに応じて調査するという点です。

 

4.仕事紹介系プラットフォーム事業者と労働法制の適用関係


上記3.の通り、通常は、ギグワーカーと発注者との間で個別の業務委託契約が締結されるため、ギグワーカー、プラットフォーム事業者、発注者いずれにもなんらの業法も適用されず、プラットフォーム事業者は単にギグワーカーと発注者のマッチングをサポートするシステムをサイト上で提供する立場に過ぎません。よって、ギグワーカー及び発注者は個別に成立する業務委託契約の条件となる業務内容や支払条件に留意し、プラットフォーム事業者はギグワーカー及び発注者からそれぞれ同意を取得するサイトのサービス利用規約の文言設計に留意することを優先して間違いはないのですが、ギグワーカーを取り巻くサービスが労務のマッチングサービスであることを鑑み、労働法制の適用ケースについて理解しておくことが大切です。もしプラットフォーム事業者とギグワーカーにおいて使用従属関係が認められる状態になってしまうと、ギグワーカーは労働基準法上の労働者、そしてプラットフォーム事業者は使用者に該当しうるため、法的評価を改めることとなります。プラットフォームサイトの位置づけが求人のあっせんや求人広告媒体に変わってしまうと、プラットフォーム事業者は職安法上の職業紹介事業者や募集情報提供等事業者になりえます。

ケース毎の各当事者の法的な位置づけを以下の通りまとめてみました。本コラムのテーマであるギグワーカーは#4のワーカーに該当しますが、#1~#3は隣接分野であり、法務検討または事業企画における留意点となります。また、「ギグエコノミー銘柄」と称されるプラットフォーム事業者について、実際には#1~#3のような伝統的な事業を主たる収益源としていることも多いので、表を参考にしていただき、それぞれの事業者がいずれに該当するか調べてみると面白いと思います。

 

表:      仕事紹介系プラットフォームサービス類型別の各当事者の法的な位置づけ

類型ワーカープラットフォーム事業者クライアント/発注者(仕事を依頼したい企業など)どのような場合に該当するか
#1労働基準法第9条に定める「労働者」になろうとする者職業安定法第4条第1項に定める「職業紹介事業」労働契約法や労働基準法などに定める「使用者」としてワーカーとの間で使用従属関係を持つことを想定している企業プラットフォーム事業者が、クライアントの求人及び求職の申込みを受け、クライアントとワーカーにおける雇用関係成立のあっせん(※1)をしていると評価できる場合
#2同上職業安定法第4条第6項に定める「募集情報等提供事業」同上#1に該当せず、オンラインでクライアントの求人情報を掲載している場合
#3派遣労働者第2条第3項に定める「労働者派遣事業」派遣先プラットフォーム事業者と雇用関係にあるワーカーを発注先に対して労働力として供給し、クライアントがワーカーに具体的な業務の指示(指揮命令)を実施する場合
#4個人事業主

(自営業者)

業法適用なくワーカーとクライアントを仲介する事業者ワーカーと個別に業務委託契約を締結する委託者割愛
 

(※1)「あっせん」とは、「求人者と求職者との間をとりもって雇用関係の成立が円滑に行われるように第三者として世話すること」ですが、募集情報等提供事業者との境界に関する判断基準については、過去のコラムをご参照ください。

 

なお、上記の「労働者」の定義である「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」(職安法第9条)に該当するかどうかは、契約の表記にかかわらず、実質的にワーカーとクライアントとの間で使用従属関係が認められるかどうか(※2)という点を判断基準として評価されると解されています。そして、「労働者」に該当する場合には、労働契約法、労働者災害補償保険法、労働安全衛生法、最低賃金法、育児介護休業法といった各種労働法制が適用されるため留意が必要です(※2)。

 

(※2)独立行政法労働政策研究・研修機構「(1)「労働者」の定義」より

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/01/01.html

 

次回は、ギグワーカー(#4のワーカー)に関する昨今の政策上の動きについて取り上げ、今後#4の労働者性の論点に伴い、近い将来に法的評価が変わる可能性について取り上げます。

 

 

==========
本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応下さい。

 

【筆者プロフィール】
高橋 ケン


慶應義塾大学卒。


大手メーカー法務部にて国際法務(日英契約業務を中心に、ビジネス構築、社内教育、組織再編、訴訟予防等)、外資系金融機関にて法人部門の企画・コンプライアンス・webマーケティング推進業務を経験。現在、大手ウェブ広告企業の法務担当者として、データビジネス最前線に携わる。


企業の内側で法務に携わることの付加価値とは何か?を常に問い続け、「評論家ぶらない」→「ビジネスの当事者になる」→「本当に役に立つ」法務担当者の姿を体現することを目指す。


シンプルに考えることが得意。


 

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