Q&Aで学ぶ英文契約書の基礎 第46回 - 第三者の知的財産権侵害に関する責任(Indemnity)条項
2021/11/03   契約法務, 海外法務

 

今回は、製品の供給者がその製品に関し第三者の知的財産権を侵害した場合の責任に関する条項について解説します。[1]

【目  次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


Q1: 第三者の知的財産権侵害に関するUCCの規定は?


Q2: 第三者の知的財産権侵害に関する補償(Indemnity)条項とは?



 

Q1: 第三者の知的財産権侵害に関するUCCの規定は?


A1: UCCに以下のような規定があります。

UCC 2-312(3):別段の合意がない限り、売主は、その種の商品を常時(regularly)取り扱う商人(merchant)である場合、当該商品が、第三者からの権利侵害(infringement)等の正当な権利主張を受けるおそれがない状態で(free from)引渡すことを保証するものとする。

但し、買主は、売主に対し当該商品の仕様(specifications)を提供(furnishes)した場合、売主が当該仕様に従った結果生じた[第三者からの]請求から売主を防御・免責せしめなければならない(hold the seller harmless)。

上記の権利侵害には、所有権の他、特許権・商標権等の知的財産権の権利侵害も含まれると解されています。[2]

従って、契約上「別段の合意がない限り」、売主は販売する商品に関し第三者の知的財産権の非侵害について黙示の保証をしたとみなされ、もし侵害があれば損害賠償等の責任を負うことになります。逆に言えば、契約書に「別段の合意」を規定すれば、売主の責任を否認または制限できます

 

Q2: 第三者の知的財産権侵害に関する補償(Indemnity)条項とは?


A2: 以下に例を示します。
 

X. INTELLECTUAL PROPERTY INDEMNIFICATION 知的財産に関する防御・補償 


Supplier shall defend, at Supplier's expense, any claim brought against Customer alleging that any Product as acquired under this Agreement infringes a United States patent, copyright, or mask work right (the "Claim").


供給者は、供給者の費用負担で、本契約に基づき取得した製品が米国の特許権、著作権またはマスクワーク(半導体集積回路の回路配置)の配置に関する権利を侵害すると主張する[第三者から]顧客に対しなされた請求(「請求」)に対し防御するものとする。


Supplier shall pay all costs and damages awarded or agreed to in settlement of the Claim,


供給者は、「請求」の解決において[当該第三者に][判決により]与えられたまたは[和解で]合意された全ての費用および損害賠償金を支払うものとする。


provided that Customer furnishes Supplier with prompt written notice of the Claim and provides Supplier with reasonable assistance and sole authority to defend or settle the Claim.


但し、顧客が供給者に当該「請求」について速やかに書面により通知し、供給者に対し、合理的な支援を行い、かつ、「請求」に対する防御を行いまたは「請求」を解決する唯一の[全ての]権限を与えることを条件とする


Supplier shall obtain for Customer the right to continue using the Product, replace it, or modify it so that it becomes non-infringing.


供給者は、顧客のため、顧客が「製品」を継続して使用するための権利を取得し、当該「製品」を交換し、または、当該権利侵害がなくなるよう「製品」を改変するものとする。


If such remedies are not reasonably available, Supplier shall grant Customer a credit for the Product as normally depreciated and accept its return.


上記救済(措置)が合理的に見て利用できない場合、供給者は、顧客に対し、通常の減価償却後の価格相当額のクレジットを顧客に付与するとともに、当該「製品」を受け入れるものとする。


Supplier shall have no liability for any Claim resulting from


供給者は、以下のいずれかから生じた請求に対しては如何なる責任を負わないものとする。


(i) the use of other than the current version of the Software provided to Customer if the use of the current version would avoid the infringement, or


顧客に提供された「ソフトウェア」最新版以外の使用(最新版を使用すれば侵害を回避できる場合)


(ii) the combination of the Product with other products which were neither supplied nor combined with the Product by Supplier.


「製品」と、供給者が供給も「製品」との組合わせも行なっていない他の製品との組合わせ


THE FOREGOING STATES THE ENTIRE LIABILITY OF SUPPLIER TO CUSTOMER CONCERNING INFRINGEMENT OF ANY AND ALL INTELLECTUAL PROPERTY RIGHTS.


上記は、全ての知的財産権の侵害に関する供給者の顧客に対する責任の全てを定めたものとする。


 


【①に関する説明】この条項は、供給者が米国企業という前提で米国における知的財産権についてのみ責任を負うものとしています。「マスクワーク(半導体集積回路の回路配置)の配置に関する権利[3]」が入っているのは、本Q&A第40回で説明したとおり、この契約が、コンピュータとその周辺機器(Equipment)、ソフトウェア(Software)およびそれらに関連したサービス(有償保守・サポート等)(Services)の供給者からその顧客である企業に対する販売・ライセンス・提供を想定し、ドラフトされたものだからです。

【①に関する顧客修正要求例1】 米国における特許権、著作権およびマスクワーク(半導体集積回路の回路配置)に関する権利の他、米国における商標権および/または営業秘密に関する権利(trademark and/or trade secret rights)その他知的財産権の追加

【供給者側回答例】(好ましくはないが)同意

【①に関する顧客修正要求例2】 他の国における特許権その他知的財産権の追加

【供給者側回答例】「特許権、商標権等は、各国ごとに独立して成立する(パリ条約第4条の2, 第6条)。供給者は、米国以外では、供給者が販売拠点を有する国かつ「製品」が第三者の知的財産権を侵害していないことを調査および確認した国の知的財産(IP)権のみを追加できる顧客がそれ以外の国で「製品」を使用することを希望する場合、顧客がそのような調査を実施しかつそこで生じ得る侵害について責任を負うべきである。」

“Patent rights, trademark rights, etc. are established for each country independently (Article 4-2, Article 6(2) of the Paris Convention). Supplier can only add the intellectual property (IP) rights of the countries where Supplier has sales bases and has surveyed and confirmed that the Products do not infringe any third party's IP rights. If Customer wishes to use the Products in other countries, Customer should conduct such survey and be responsible for the possible IP infringement there. "

(補足)著作権およびトレードシークレット(営業秘密)に関する権利はいずれの国でも他人の著作物・営業秘密を不正複製・取得等しない限り侵害は生じません。従って、これらについては、買主としては、売主に対し、世界中での補償を求めても不合理ではないと思われます(但し売主が外国で防御する労力・費用を理由に拒絶する可能性はある)。

 

【②について】筆者は、日本の大企業(が供給者側)の契約書で「全ての費用および損害賠償」ではなく、その金額に限度額(確か2分の1)を設けた条項を見たことがあります。しかし、これでは、供給者側が訴訟対応の全権を持ちながら、敗訴した結果である損害賠償金の半分を、訴訟の対応方法について何も言えなかった顧客側に押し付けることになり、その法的有効性に疑問があります。一般的には、上記条項例のように供給者が全額負担とし、後の回で解説する責任制限(Limitation of Liability)条項の責任限度額の対象からも除外します。

 

【③に関する顧客修正要求例】供給者のみが(知的財産侵害に関する第三者からの)「請求」に対する防御・解決の全ての権限を持つことに反対。防御・解決の内容・方法の決定に顧客の同意(関与)を要求。

【供給者側回答例】「この要求には同意できない。本契約に基づき顧客に販売される製品は、多くの顧客に販売される供給者の標準製品である。顧客それぞれの要求は異なるだろうから、その全てに応じることは不可能である。もし供給者がそうしようとすれば、第三者からの請求に対し適切に防御することができず、そのことは顧客に不利益を生じさせる。供給者は、紛争の結果によっては供給者が製品の販売を継続することができなくなる可能性があることからも、請求を防御または解決するための唯一の権限を必要とする。いずれにしても、供給者は、それが自身の利益であるから当該請求に対し最善の対応をするし、顧客はそれを信頼することができる。」

“We disagree with this request. The products sold to Customer under this Agreement are Supplier's standard products sold to many customers. Since each customer's requirements would be different, it is impossible to meet all of them. If Supplier tries to do so, it is impossible to properly defend against the Claim by the third party, which will be detrimental to the customers. Supplier needs this sole authority to defend or settle the Claim, also because the outcome of the dispute may affect Supplier’s ability to continue to sell the Products. Anyway, Supplier will make the best response to the Claim because it is in its own interest, and Customer can trust it.”

 

【④・⑤に関する顧客修正要求例1】継続使用権の取得のみに限定(「製品」の交換・改変および返品・クレジット付与(将来の購入代金からの差引)は削除)。

【供給者側回答例】「この要求には同意できない継続使用権を取得できないかまたはその取得費用が経済的に不合理に高額である可能性があるからである。」

“We disagree with this request. The reason is that it may not be possible to obtain the right of continuous use or the cost of obtaining it may be commercially unreasonably high.”

 

【⑤に関する説明】上記救済(措置)が合理的に見て利用できない場合」であるから、継続使用権取得・交換・改変のいずれも合理的に可能でない場合のみクレジット付与となる。原価償却費の控除は、顧客はその時点まで原価償却費に相当する製品の使用利益を得ていたからその額は控除すべきという考えに基づく。

【⑤関する顧客修正要求例】減価償却の期間・方法(定額法・定率法)の明記、クレジット額の変更(減価償却なしの新品購入費用等)またはクレジットではなく代金返還

【供給者側回答例】(ビジネス部門や経理部門等と相談の上回答)

 

【⑥の説明】(i)は、第三者からの「請求」の対象「製品」がソフトウェアで、供給者が侵害に気づいて既にそのソフトウェアを修正したバージョンを顧客に提供していた場合も含め、最新版には侵害の問題がないが顧客が何らかの事情で旧バージョンを継続使用している場合を想定している。(ii)は、「製品」自体には侵害の問題はないが、その「製品」と他の製品の組合わせに関し(その組合わせ自体に特許性があるため)第三者が特許を有している場合を想定している。なお、供給者自身がその組み合わせをした場合は責任を負う。この他、仮にこの契約が供給者の標準製品ではなく顧客仕様による特注品の開発請負または売買に関する契約の場合は、Q1で説明したUCC 2-312(3)の但書のように、以下を追加することが考えられる。

“(iii) Supplier’s compliance with specifications or instructions prescribed by Customer.”

「(iii)供給者が顧客により指定された仕様または指示に従ったこと(により生じた請求に対しては責任を負わない)。」

 

今回はここまでです。次回から、保証条項・第三者の知的財産権侵害に関する責任条項と同様に契約交渉事項となることが多い、(損害賠償)責任制限(Limitation of Liability)条項に関し解説していきます。

 

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズ一覧


 

[4]                 

【注】

 

[1] 【本稿の主な参考資料】

・ Klemchuk LLP “Warranty Against Infringement - UCC Section 2-312”(「Klemchuk」)

・ Ming-Tao Yang; Christopher B. McKinley “Silence on UCC Indemnity Provision May Make Suppliers Liable For Patent Infringement Claims Against Buyers”April 12, 2016, Finnegan, Henderson, Farabow, Garrett & Dunner, LLP(「Ming-Tao他」)

【経産省モデル契約】 「情報システムの信頼性向上のための取引慣行・契約に関する研究会」 ~情報システム・モデル取引・契約書~ (受託開発(一部企画を含む)、保守運用)〈第一版〉 平成19年4月 経済産業省商務情報政策局情報処理振興課p 98~100.

[2] UCC 2-312(3)の対象権利】 「Klemchuk」(UCC起草者のコメントには特許・商標が含まれている。著作権については触れられていないが含まれている可能性がある), 「Ming-Tao他」

[3] 【マスクワーク(半導体集積回路の回路配置)の配置に関する権利】米国では“Semiconductor Chip Protection Act of 1984" (SCPA)(U.S. Code, sections 901-914 (17 U.S.C. §901-914))で保護されている。日本では「半導体集積回路の回路配置に関する法律により保護されている。(参考) 特許業務法人HARAKENZO 「半導体集積回路配置法とは?

[4]

==========


【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては、自己責任の下、必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) このシリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)


 
 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄 (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系・日本・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員、CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

 

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