Q&Aで学ぶ英文契約書の基礎 第30回 -  秘密保持条項(3)
2021/10/27   契約法務, 海外法務

 

前回までで、以下の「秘密保持条項で規定すべき事項」の内①および②を解説しました。今回は③および④を解説します。[1]


【秘密保持条項で規定すべき事項】

①「秘密情報」の定義

②秘密情報であることの特定の方法

③秘密情報から除外される情報

④秘密保持義務の内容

⑤秘密保持期間

⑥許される第三者開示

(参考)【前回までに解説した部分(①および②)】

 

Article 13.         Confidentiality (秘密保持) 


【①「秘密情報」の定義】第28回-秘密保持条項(1)で解説)


13.1 In this Agreement, the Party from time to time disclosing Confidential Information (as defined below) shall be referred to as "Discloser" and the Party from time to time receiving such Confidential Information shall be referred to as "Recipient".


本契約上、(以下に定義する)秘密情報を(随時)開示する当事者を「開示者」といい、その秘密情報を(随時)受領する当事者を「受領者」という。


"Confidential Information" shall mean


「秘密情報」とは以下のもの全てを意味する。


(i) the existence and content of this Agreement,


本契約の存在と内容


(ii) patent applications included in the Licensed Patents which have not been published,


「ライセンス対象特許」(の定義)に含まれる出願公開されていない特許出願(の内容) (*3)


(iii) Licensed Information, and


「ライセンス対象情報」


(iv) any other information which is disclosed to Recipient by Discloser in any manner, whether orally, visually or in tangible form (including, without limitation, documents, devices and computer readable media) and all copies thereof.


その他開示者から受領者に開示される情報(口頭、視覚または有体物(例:文書、デバイス、コンピューター読み取り可能な媒体)その他開示の形態を問わない)およびそのコピー全て。


【②秘密情報であることの特定の方法】(第29回-秘密保持条項(2)で解説)


Tangible materials that disclose or embody Confidential Information that falls under item (iv) above shall be marked by Discloser as "Confidential," "Proprietary" or the substantial equivalent thereof.


上記(iv)に該当する秘密情報を開示または具体化する有体物には、開示者により"Confidential," "Proprietary"その他これらと同等の表示がなされていなければならない。


Confidential Information that falls under item (iv) above and is disclosed orally or visually shall be identified by Discloser as confidential at the time of disclosure and reduced to a written summary by Discloser,


上記(iv)に該当し口頭または視覚により開示される秘密情報は、その開示の時に開示者により秘密である旨示され(identified)かつ開示者によりその要約書が作成されなければならない。


who shall mark such summary as "Confidential," "Proprietary" or the substantial equivalent thereof and deliver it to Recipient by the end of the month following the month in which disclosure occurs.


開示者は、当該要約書に"Confidential," "Proprietary"その他これらと同等の表示をし、これを開示月の翌月末までに受領者に提出しなければならない。


Recipient shall treat such information as Discloser's Confidential Information pending receipt of such summary.


受領者は、当該要約書受領まで当該情報を開示者の秘密情報として扱わなければならない。


"Confidential Information" shall also include any information that, given the nature of the information or circumstances surrounding its disclosure, reasonably should be understood to be confidential.


「秘密情報」には、また、当該情報の内容(nature)またはそれが開示された状況から合理的に見て秘密であると判断すべき全ての情報が含まれる。


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(以下今回解説部分)


③秘密情報から除外される情報】

 

13.2 Confidential Information shall not include any information that Recipient can demonstrate:


「秘密情報」には「受領者」が以下のいずれかに該当することを証明できる情報は含まれない


(a) was in Recipient's possession without confidentiality restriction prior to disclosure by Discloser hereunder;


本契約に基づく開示者による開示前に受領者が秘密保持義務を負うことなく保有していた情報


(b) was generally known at the time of disclosure to Recipient hereunder, or becomes generally known after such disclosure through no act of Recipient;


本契約に基づく受領者に対する開示時点で既に公知の情報、または、開示後受領者の行為によらず公知となった情報


(c) has come into the possession of Recipient without confidentiality restriction from a third party; or


第三者から秘密保持義務なしで受領者が入手した情報


(d) is developed by Recipient independently of and without reference to Discloser’s Confidential Information.


受領者により独立してかつ「秘密情報」を参照せずに作成された情報


【解 説】


(除外情報を規定する理由)先ず、【①「秘密情報」の定義】の(iv)で「その他開示者から受領者に開示される情報」を「秘密情報」であると言ってしまったので公知の情報等を除く必要があります。また、例えば、相手方から開示された情報が、偶然自社が既に保有していた情報や独自に開発した情報と類似する場合、相手方からそれは自社が開示した秘密情報だと主張されるおそれはあり反論する根拠を明示しておく意味があります。特に大企業では、開示された情報が、開示後に、既に自社の他部門で入手しまたは独自開発していた情報と同じか類似するものだと判明することは起こり得ます。

(”trade secret”のような用語を使わない理由) ”trade secret”のような法律上定義されている用語を使ったらいいのではないかと思うかもしれません。しかし、”trade secret”という用語は米国の各州および連邦のトレードシークレット法、EUの「営業秘密保護指令」等で定義されていますが、それぞれ完全に一致しているわけではありません。この内、例えば、米国の連邦法の”Defend Trade Secrets Act of 2016(DTSA)では”trade secret”の長い定義がありますが、要約すれば以下の3要件を満たす情報を意味します(18 U.S. Code §1839 (3))。

①当該情報の開示または利用から経済的価値を得ることができる他の者に広く知られておらず、かつ、かかる他の者が正当な手段によっては容易に獲得できないこと。[秘密性要件]

②この①の事実によって現実のまたは潜在的な独立した経済的価値をもたらすものであること。[経済的価値要件]

③その秘密性保持のために合理的な措置が講じられていること。[合理的措置要件]

上記の要件を秘密保持条項に持ち込むことはできません。何故なら、受領者としては開示者から開示された情報が上記要件(特に「容易」、「経済的価値」、「合理的」等)を満たしているか否か判断することは、開示者が開示時点で明確に立証でもしてくれない限り困難でその情報を”trade secret”として秘密保持すべきか否かが分からないからです。

(「秘密情報」=「全ての開示情報」-「除外情報」である理由) 従って、英文契約では(そして今では日本国内の契約でも)、原則として開示者から受領者に開示した全ての情報を秘密情報とし、例外的に、解釈が分かれる可能性がより小さい上記除外情報は除く、と規定しているわけです。

(除外情報に該当することの立証責任) 上記条項例では、”any information that Recipient can demonstrate” (『「受領者」が以下のいずれかに該当することを証明できる』)として、ある情報が除外情報であることの立証責任は受領者が負うことを明記しています。これは、開示者が除外情報に該当しないことを立証することよりは一般的には受領者が除外情報に該当することを立証することの方が容易だからとの考えに基づくものです。

それではこのように立証責任を明示しない場合(の方が実例としては多いと思われる)はどう解釈されるのか?各国により解釈が異なるかもしれませんが、日本法上は、上記の立証容易性の他、上記の除外が、秘密保持義務違反に対する差止請求権等の権利発生の障害となる(または権利行使を阻止する)抗弁的事由であること、それが原則に対する但書き的位置づけであること等から受領者が負うものと思われます。

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④秘密保持義務の内容】

 

13.3 Recipient shall use Confidential Information solely to fulfil its obligations or exercise its rights under this Agreement (hereinafter referred to as “Permitted Purpose”).

「受領者」は、「秘密情報」を、本契約に基づきその義務を履行しまたはその権利を行使するため(以下「許可された目的」という)にのみ利用しなければならない。

Recipient shall maintain in confidence Confidential Information and disclose it only to its officer, employee, consultant, or independent contractor who has a need to know it for the Permitted Purpose and is legally obliged to comply with this Agreement including this Article 13.

「受領者」は「秘密情報」を秘密に保持するものとし、「許可された目的」のためにそれを知る必要がありかつ本第13条を含め本契約を遵守することが法的に義務付けられている役員、従業員、コンサルタントまたは独立契約業者にのみ開示するものとする。

Recipient shall not disclose Confidential Information to anyone other than those described above or for any purpose other than the Permitted Purpose, without the prior written consent of Discloser.

「受領者」は、「開示者」の事前の書面による同意なく、「秘密情報」を上記以外の者に対しまたは「許可された目的」以外の目的で開示してはならない。

【解 説】


(秘密保持義務の内容)①秘密情報の利用目的を明確にしてその利用を同目的に制限すること、および、②開示が許される開示先を明確にしてそれ以外への開示を禁止することが必要です。従って、受領者が負う義務は、正確には利用制限義務および秘密保持義務です。特に日本語の秘密保持契約で、秘密情報の開示だけが禁止されていてその利用目的が限定されていない例を見ることがあります。しかし、これでは、受領者の社内であれば、秘密情報を外部に開示しない限り、どのような目的のためにでも利用できることになり不適切です。

(利用目的の限定方法)上記の条項例では、「本契約」がライセンス契約・売買基本契約等の継続的契約であるという想定で、利用目的(「許可された目的」)を受領者が「本契約に基づきその義務を履行しまたはその権利を行使するため」としています。次のように利用目的の限定方法としては別紙に記載する方法もあります

”... solely for the purpose specified in Exhibit A”(「別紙A」記載の目的)

別紙Aには、例えば以下のように記載することができます。

”To evaluate the use of ... in Recipient's ~”(開示者の何らかの技術等を受領者の何らかの製品等に利用することに関する評価目的)

“To evaluate the possibility of research cooperation between the Parties concerning...”(何らかの事項に関する両当事者間の研究協力の可能性を検討する目的)

この別紙記載方式は、特に個別の秘密保持契約でよく使われ、また、情報の種類ごとに利用目的を変えて記載し易いという利点があります。

コンサルタント等)コンサルタントまたは独立契約業者(independent contractor)」とは、例えば、外部の弁護士・公認会計士・税理士またはそれらの事務所、危機管理コンサルタント等の専門家・サービス業者等を想定しています。

(関連会社等) 100%子会社であっても法人格は異なるので、受領者が自社の子会社その他関連会社に対する開示を開示者の事前同意なく行いたい場合は、別途関連会社等の定義をした上開示制限の例外を規定しなければなりません。

(「知る必要」等) “need to know”は”trade secret”に関しよく使われる言葉で「知る必要」のない者に開示する場合当該情報は”trade secret”でなくなる可能性があると解されています。ここでは、更にこれらの者が法的に秘密保持義務を負っている者でなければならないことを明記しています(実務上は“need to know”までしか書いていない条項例が多いですが)。この義務は、受領者とこれらの者との間の秘密保持契約の他、就業規則または弁護士等の法律上の守秘義務に基づく場合が含まれます。

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今回はここまです。次回は「⑤秘密保持期間」、「⑥許される第三者開示」、その他関連事項を解説する予定です。

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズ一覧


 

[2]                 

【注】

[1] 【本Q&Aの主な参考資料】 (1) 浅井敏雄 『資料編「国際技術ライセンス契約モデル」』(「グローバルビジネスロー基礎研修2 知的財産編』 - レクシスネクシス・ジャパン 2016年10月, (2) 浅井敏雄「英文秘密保持契約」『パテント』2013年5月p.100~112,(3) 浅井敏雄「2016年米国連邦民事トレードシークレット保護法の概要」『パテント』 2016年12月,(4)浅井敏雄「米国でついに成立!営業秘密の連邦民事保護法」『BIZLAW』2016年9月 レクシスネクシス・ジャパン

[2]

==========


【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては、自己責任の下、必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) このシリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)


 
 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄 (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系・日本・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員、CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

 

 

   

 

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