Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(12) -  紛争解決条項(1)
2021/10/20   契約法務, 海外法務

 

この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第12回からは、紛争解決条項(Settlement of Disputes)について解説します[1]

 

Q1: 紛争解決条項とは何ですか?


A1: 紛争解決条項とは、契約当事者間で将来紛争が生じた場合の解決方法を規定する条項です。紛争解決方法には、主に、(i) 裁判による解決と、(ii) 仲裁による解決があります。

 

Q2:裁判または仲裁による紛争解決条項はどのようなものですか?


A2: 以下にそれぞれのサンプルを示します。

 

 

[裁判による紛争解決条項のサンプル]


The Parties agree that the exclusive jurisdiction and venue for any action brought between the Parties arising under this Agreement shall be the USA's state and federal courts sitting in _________, and each of the Parties hereby agrees and submits itself to the exclusive jurisdiction and venue of such courts for such purpose.


両当事者は、本契約上生じた両当事者間の訴訟の専属的な裁判管轄および裁判地を_________にあるアメリカ合衆国の州および連邦の裁判所とすることに合意し、また、いずれの当事者も、これら裁判所の専属的な裁判管轄および裁判地に本契約によって合意しこれに服する。


 
 

[仲裁による紛争解決条項のサンプル]


- AAA-ICDRのStandard Arbitration Clause [2]を元にしたもの


Any controversy or claim arising out of or relating to this Agreement, or the breach thereof, shall be determined by arbitration administered by the International Centre for Dispute Resolution of the American Arbitration Association in accordance with its International Arbitration Rules. The arbitration shall be conducted in New York City, New York, the USA by three arbitrators in English.


本契約もしくはその違反から生じたまたはそれらに関連する全ての紛争もしくは請求は、アメリカ仲裁協会の紛争解決国際センターが管理する仲裁により、その国際仲裁規則に従って解決されるものとする。この仲裁は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨークにおいて3名の仲裁人により、英語で行われるものとする。


 

Q3: 仲裁とは何ですか?


A3:「仲裁」(Arbitration)とは、当事者の合意(仲裁合意)に基づき、中立的第三者(仲裁人)の判断(仲裁判断)により紛争を解決する手続です。

 

【解説】

「仲裁」は、裁判以外の紛争解決手続(Alternative Dispute Resolution)(代替的紛争解決)(ADR)の一つです。一般企業同士の国際的商取引で利用される「仲裁」は「国際商事仲裁」(International Commercial Arbitration)と呼ばれます。仲裁人が下した結論(仲裁判断)は、ニューヨーク条約(A7参照)加盟国において、原則としてそのままの内容で法的拘束力が承認されかつ執行判決を得て執行することができます(同条約第3条)。

 

Q4:「調停」という言葉も聞いたことがあります。「調停」とは何ですか? 国際契約でも利用されますか?


A4:「調停」(Mediation)とは、中立的第三者(仲裁人)が、当事者の間に入り、和解の成立に向けて支援・協力する制度です。最近は、国際取引でも、主に「仲裁」の欠点(手続の長期化など)を補完するものとして仲裁とともに利用されることが増えています。

 

【解説】

「調停」もADRの一つです。しかし、仲裁人に紛争に関する決定権限はなく、「調停」の成功は当事者の紛争解決の意欲次第です。一方、両当事者にその意欲があり早期に仲裁の結果和解が成立した場合、そのままでは執行力はないものの、和解の合意を内容とする仲裁判断をすることにより、仲裁判断としての執行力を得ることができます。

 

Q5: 国際取引の紛争解決手段として、裁判と仲裁のどちらが良いのですか?


A5: それぞれにメリットとデメリットがあり、また、国やケースにより異なり得るので、一概には言えません。しかし、一般的には、仲裁が適しているケースが多く、また、裁判よりも仲裁の紛争解決条項および実際の利用例が多いと言えます。

 

Q6: 裁判または仲裁による紛争解決の違いは何ですか? どのような基準で選択すればよいですか?


A6: 両者には次のA7以下(次回にも続く)で述べるようなメリット・デメリットがあります。交渉の余地があれば、これらを考慮して選択することになります。

 

Q7: 裁判または仲裁による紛争解決の違いは何ですか?


A7:第1に執行面で以下の【解説」で述べるような違いがあります。この違いに基づいた結論を先に言ってしまえば、次のようになります。

(i) 日本側の当事者(「日本企業」)が相手方(「外国企業」)の国(「相手国」)で執行(相手側の財産に対する差押、強制執行など)を行う可能性がある場合、相手国が日本の裁判所の判決(外国判決)の執行を認めていないか、または、不明な場合は、日本の裁判所での紛争解決を主張・合意してはなりません。

(ii) 仲裁の場合は、相手国もニューヨーク条約に加盟していれば(実際にはほとんどの国が加盟)、相互に、執行の不安がないか、少なくとも、外国判決よりも執行が容易と言えます。

 

【解説】

 (1) 裁判の場合

例えば、一方の当事者(原告)が相手方(被告)の財産のある国(相手国)の裁判所で勝訴すれば、相手国で執行することに関しては基本的に問題がありません(強制執行制度の未整備などは別です)。一方、原告が自国の裁判所で勝訴してもその判決(外国判決)が相手国の裁判所で法的拘束力を承認され執行できるとは限りません。むしろ、執行できないことの方が多いと言えます。

例えば、日本で外国判決の執行が認められるためには、その判決内容が日本における公の秩序または善良の風俗に反しないこと、両国間に相互の保証があること(その外国で、その外国判決と同種の日本の裁判所の判決の効力が認められること)などの要件を満たす必要があります(民訴法118)。日本と、米国の州、ドイツ、英国、韓国、シンガポール、香港、オーストラリアの州などの間では相互保証(相互承認)があるとされた日本の判決があります。[3] 従って、逆に、日本で得た勝訴判決はこれらの国でも執行可能性が高いと思われます。

 

一方、日本は、例えば、アジアの国々である、中国、インド、タイ、インドネシア、マレーシア、ベトナムおよびミャンマーとの間では、(i) この相互保証(相互承認)がないこと、(ii) 国により、そもそも外国判決の執行が認められていないこと、(iii) 国により、裁判制度、強制執行制度が未整備であることなどから、日本企業が外国企業を日本の裁判所に提訴し勝訴判決を得たとしても、これらの外国で執行することは不可能であるかまたは困難です[4] 。反対に、これら外国企業が日本企業を日本の裁判所に提訴し勝訴判決を得た場合は、日本において日本企業に対し確実に執行することができるので、日本企業にとり二重の意味で不利です。従って、相手方がこれらの外国の企業である場合、日本での裁判所での紛争解決を主張・合意してはなりません。

 

(2) 仲裁の場合

仲裁に関しては、「ニューヨーク条約」があり[5]、同条約の加盟国間では、原則として、相互に、他国での仲裁判断(Arbitral Award)の法的拘束力を承認し、自国での執行を認めています(同条約第3条)。2019年9月現在の加盟国は161か国でほとんどの国が加盟しています(国連加盟193か国の内158か国)。[6]

従って、両当事者がいずれも加盟国の企業で、加盟国のいずれかで仲裁を行い、かつ、その執行をいずれかの加盟国の裁判所に求める限り、基本的に執行については不安がないか、少なくとも、外国裁判の執行よりは容易と言えます。なお、台湾は国際的には国として承認されておらず同条約にも加盟していませんが、同国仲裁法および日本の仲裁法(45条)により、通常、相互に執行可能であろうとされています。

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第12回はここまでです。次回も、裁判または仲裁による紛争解決の違いの続きなど、引き続き紛争解決条項について解説します。

                 .                  

【注

[1] 【主な参考資料】 主に以下を参照した。

(a) 浜辺 陽一郎 「ロースクール実務家教授による英文国際取引契約書の書き方―世界に通用する契約書の分析と検討 第1巻(第3版」アイエルエス出版、2012年 第11章 p264~339

(b) Jurist August2019 / number 1535 「特集 国際商事仲裁・調停の基礎」 p14~46

(c) 山本 孝夫「英文ビジネス契約書大辞典 〈増補改訂版〉」2014年 日本経済新聞出版社 p155~177

(d) 長島・大野・常松法律事務所「アジアビジネス法ガイド」アジア各国編(本原稿執筆時点の最新版)

(e) 小池未来「いわゆるボイラープレート(“BP”)条項の研究⑤~準拠法条項・裁判管轄条項」国際商事法務(2019年8号)Vol.47, No.8, p991~999

[2] 【AAA-ICDR】 アメリカ仲裁協会-紛争解決国際センター(The American Arbitration Association-International Centre for Dispute Resolution)。 世界的に著名なアメリカ仲裁協会の国際商事仲裁部門である。Standard Arbitration Clause

[3] 【外国判決の日本における執行】 弁護士法人黒田法律事務所 「第3回 外国裁判所の確定判決の日本における執行」 2017/04/28

[4] 【アジア各国における外国判決の執行】 長島・大野・常松法律事務所「アジアビジネス法ガイド」アジア各国編(本原稿執筆時点の最新版)

[5]【「ニューヨーク条約」】 Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards (New York, 1958)。日本語名称は「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(昭和36年条約第10号)。

[6] Wikipedia

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

 

【筆者プロフィール】
浅井 敏雄 (あさい としお)
企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで複数の日本企業および外資系企業で法務・知的財産部門の責任者またはスタッフとして企業法務に従事。1998年弁理士試験合格。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員。


【発表論文・書籍一覧】
https://www.theunilaw2.com/


 

 

 

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