災害に対する法律問題・対策まとめ
2019/10/07 労務法務, 危機管理, 民法・商法, 労働法全般

1.初めに
日本は災害大国と呼ばれるように、地震・台風・豪雪といった自然災害に見舞われやすい国です。ニュースでは、地震の後は「津波に警戒」、台風の場合は「外出を控える」といった我々の安全に関するものをよく目にすると思います。
一方で、災害は一般人の生活に影響するだけでなく、企業にも影響します。企業活動がストップすれば取引先との契約や従業員の扱いといった法律問題が浮上し、企業はこれらに適切に対応する必要があります。2011年の東日本大震災において、各企業は震災で生じた従業員や取引先への安全配慮義務への対応といった法律問題に対し、懸命に取り組みました。(日経メッセHP「企業の「震災法務」検証――安全配慮義務、顧客に社内泊対応(法務インサイド)」)
今回は、災害によって生じる企業の法律問題や対策についてまとめました。
2.休業手当に関する対応
災害によって事業活動がストップしている場合、企業は労働者に休業手当を払う必要はありません。労働基準法26条は「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合」には、平均賃金の6割を労働者に支払う義務を雇用主に負わせていますが、自然災害等の不可抗力による休業は雇用主のせいで生じたものではないので、同条の要件に該当しないことになります。厚生労働省によると、ここでいう不可抗力とは、(1)その原因が事業の外部より発生した事故であること、(2)事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たすものと解されています。
災害によって事業場の施設・設備に直接的な被害を受けていない場合は、原則として「使用者の責に帰すべき事由」による休業に該当すると考えられます。もっとも、休業が、(1)その原因が事業の外部より発生した事故であり、(2)事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故である場合には、例外的に「使用者の責に帰すべき事由」による休業には該当しないと考えられています。
一方、労働基準法33条は雇用主に対し、「災害その他避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合」は、労働基準監督署の許可を受けて労働者に時間外労働・休日労働を命じることを認めています。この場合、使用者は労働者に時間外労働の割増賃金を支払うことが必要です(同法27条1項)。
参考:
・労務全体に関し
たくみ法律事務所HP「給与はどうなる?地震、台風、豪雨など非常時の労務問題」
・時間外労働に関し
厚生労働省HP「労働基準法第33条(災害時の時間外労働等)について」
・休業手当に関し
➀豪雨と「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合」(労働基準法26条)との関係
厚生労働省「平成 30 年7月豪雨による被害に伴う労働基準法や労働契約法に関するQ&A」
➁地震と「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合」(労働基準法26条)との関係
厚生労働省HP「地震に伴う休業に関する取扱いについて」
3.契約に関する対策
(1) 当事者に帰責可能性がある場合
自社が災害によって債務履行ができなくなった場合、取引先の企業に対し債務不履行に基づく損害賠償責任(改正民法415条)が発生する可能性があります。ここでポイントとなるのも、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」(帰責事由,改正民法415条1項但書)の有無です。
阪神淡路大震災によって生じた火災で貨物が焼失したことにつき、倉庫会社の帰責事由の有無が争われた事案で、東京地方裁判所が以下の理由により、被告である倉庫会社の帰責事由を否定しています。
我が国が地震多発国であることからすると、地震の発生それ自体は予見可能というべきであろうが、本件大地震規模の地震の発生を予見することは困難であるように解される。すなわち、本年大震災規模の地震の発生を予見することは不可能ではないという程度の抽象的な予見可能性で足りるとすることは、規範的観点から過失の前提要件として予見可能性を求める趣旨が没却されるから、過失の前提としては、より具体的な予見可能性を要すると解するほかないからである。そうすると、本件大震災は、震度は七の未曾有の大地震であるところ、被告としては、このような規模の大地震が発生するのを具体的に予見することはできなかったものといわなければならない。
(中略)
被告としては、(中略) 通常想定される事態に対応できる程度の必要な措置を講じていたと認められる上、本件大震災という大地震に起因する本件火災については、その原因の1つである本件大震災の発生についての予見可能性がないから、注意義務(結果回避義務)違反の過失があるとはいえないのである。
(東京地判平11・6・22判タ1008号288頁)
上記裁判例から、災害が生じた際の帰責性の有無は「通常想定される事態に対応できる程度の必要な措置を講じていた」か否かが基準と言えそうです。
必要な措置は契約内容やどのような不履行の態様であるか等、個々の事案によって異なるため、個別に自社に責任がないか調査する必要があると考えられます。
(2) 当事者に帰責可能性がない場合
一方、災害によって取引先が債務を履行できない場合、履行不能部分についての代金支払義務の履行を拒絶できるかが問題となります(危険負担の問題,現行民法534条,526条1項)。ここでは、履行不能が災害によって当事者双方に帰責性がないことを前提に解説します。
現行民法の原則では契約当事者双方に帰責性がない場合、契約の負担は債務者が負っています(債務者主義,現行民法536条1項)。この場合、買主は代金支払義務の履行を売主に拒絶できます。この例外として、特定物売買の場合は債権者が契約の負担を負うとされていました(債権者主義,同法534条)。この場合、買主は代金支払義務の履行を売主に拒絶することができません。
これに対し、改正民法では目的物の引渡しを受けた場合を除き(改正民法537条1項)、特定物でも債務者主義が採用されました(同法536条1項)。従って、改正民法が適用される2020年4月1日以降は、基本的に履行不能となった契約部分につき、買主は代金支払いを拒むことができると言えます。
もっとも、危険負担規定は任意規定ですので、契約当事者でどちらが危険を負担するか特約を結ぶことが可能です。そのため、個々の契約につき、契約当事者双方に責めがない場合の負担に関する特約がないか確認する事が重要です。
(参考)
・契約関係全体につき.
Profession Journal HP「被災したクライアント企業への実務支援のポイント〔法務面のアドバイス〕 【第3回】「被災による取引関係の法律問題」」
・民法415条の改正に関し
中部法律事務所HP 「簡単・分かりやすい民法改正解説~シリーズ4 債務不履行の損害賠償請求~」
・危険負担の改正に関し
中部法律事務所HP 「簡単・分かりやすい民法改正解説~シリーズ6 危険負担~」
4. BCP の取り組み
企業を守るのは事後的な手段だけではありません。事前に企業の財産等を守る手段としてBCP(事業継続計画)をご紹介します。
中小企業庁によると、BCP(事業継続計画)とは以下のように定義されています。
企業が自然災害、大火災、テロ攻撃等の緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限に止めつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画
BCPの特徴は以下の5つです。
➀優先して継続・復旧すべき中核事業を特定する
➁緊急時における中核事業の目標復旧時間を定めておく
➂緊急時に提供できるサービスのレベルについて顧客と予め協議しておく
➃事業拠点や生産設備、仕入品調達等の代替策を用意しておく
➄全ての従業員と事業継続についてコミュニケーションを図っておく
災害等の緊急時への対応が十分でない場合、企業としては事業の縮小・従業員の解雇を余儀なくされる恐れがあります。特に経済的地盤の弱い中小企業はBCPをあらかじめ用意しておくことが重要と言えます。
その他BCPの具体的内容・運用法に関しては下記中小企業庁HPで詳細に掲載されているので、ご参考にしてください。
引用・参考元:
中小企業庁HP「BCP(事業継続計画)とは」
5.まとめ
yahoo!ニュースによれば首都圏での大地震は今後30年間で80%と言われており、いつ大災害が生じてもおかしくない状況にあります。(yahoo!ニュース「近づく2020東京五輪、その高揚感の中で「首都直下地震」を忘れていませんか? ー山形沖地震の教訓」)
災害への事前・事後対応がしっかりとれていることは、企業の損害を最小限に抑えるだけでなく、取引先の企業や株主の信頼を得ることにもつながります。災害の多い日本だからこそ、法務担当者は災害への対策を意識しておくことが重要と考えます。
文中以外での参考HP:
・災害に関する法律問題全般に関する対応として
千瑞穂法律事務所HP「災害時の法律問題」
・震災に伴う特例措置等がまとめられたものとして
BLJ Online HP「法務のための震災対応資料集」
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