アスベスト・石綿による規制と土壌汚染の法的責任(2020年法改正対応)
2020/07/31 コンプライアンス, 住宅・不動産, 建設
今回は牛島総合法律事務所の猿倉健司弁護士にアスベスト・石綿による規制と土壌汚染の法的責任のポイントについての記事を執筆していただきました。
アスベスト(石綿)は重大な健康被害を生じさせる可能性があり、アスベストが露出する建物で勤務していた者が悪性胸膜中皮腫に罹患した事例でテナントビルのオーナーの責任を認めた最高裁判決(最判平成25年7月12日)やアスベスト製品の製造工場で勤務していた者らが石綿肺・肺がん・中皮腫等の石綿関連疾患に罹患した事例で労働基準法等に基づく規制権限を行使しなかったことを理由に国家賠償を認めた最高裁判決(最判平成26年10月9日)が出るなど大きな問題となっています1。
また、アスベスト(石綿)の飛散防止対策を強化するために、改正大気汚染防止法が2020年5月29日に成立するなど、有害な環境汚染としてさらに広く認知されるに至っています。
以下では、不動産再開発や不動産取引の際に問題になることが多いアスベスト・石綿(アスベストによる土壌汚染)に関する規制と法的責任について簡単に解説します。
詳細については、牛島総合法律事務所ニューズレター・猿倉健司『アスベスト・石綿による規制と土壌汚染の法的責任(2020年法改正対応)』をご参照ください。
1.アスベストに関する一般的な規制(総論)
アスベストの規制は複数の法律によって規律されており、建築物の建築、解体・改修の際におけるアスベストの厳格な管理が求められています。
平成18年9月からは、労働安全衛生法施行令の改正により、アスベストおよびアスベスト含有物(重量の0.1%を超えて含有するもの)の製造、輸入、譲渡、提供、使用が禁止されることになりました(労働安全衛生法55条、施行令労働安全衛生法施行令16条、1項4号、同項9号)。その半年前の同年3月には、石綿による健康被害の救済に関する法律が施行されました。同法は、アスベストによる被害者等の迅速な救済を図ることを目的として(法1条)、医療費等の支払等について規定しています(法3条以下)。同法の制定に伴い、大気汚染防止法、建築基準法および廃棄物処理法等が改正されています2。
また、2020年5月29日に改正大気汚染防止法が成立し、原則として全ての建物について解体・改修の前に業者が石綿の有無を調べ、都道府県などに報告することを2年以内に義務化することとなりました。また、石綿をセメントで固めたスレートなどの建材(これまでは規制の対象ではなかった石綿含有建材)も新たに規制の対象として全ての石綿含有建材に拡大し、アスベスト(石綿)の飛散防止対策を強化することとしています3。報道では、かかる法改正によって飛散防止策が必要な解体・改修工事は現在の20倍に増える見込みであることも指摘されています4。
2.廃棄物処理法における規制
(1)アスベスト含有廃棄物等
廃棄物処理法において、事業者は、その事業活動に伴って生じた廃棄物を自らの責任において適正に処理しなければならず、自ら産業廃棄物の運搬または処分を行う場合には、政令で定める産業廃棄物の収集、運搬および処分に関する基準に従わなければならないとされています(廃棄物処理法3条1項、12条1項)。
特に、アスベストを含有する廃棄物については、「廃石綿等」(廃棄物処理法施行令2条の4第5号ト、廃棄物処理法施行規則1条の2第9項)、「石綿含有一般廃棄物」(廃棄物処理法施行規則1条の3の3)、「石綿含有産業廃棄物」(廃棄物処理法施行規則7条の2の3)として特に規定され、厳格な処理を行うことが求められます。
一般廃棄物または産業廃棄物のうち、爆発性、毒性、感染性その他の人の健康または生活環境に係る被害を生ずるおそれがある性状を有するものとして政令で指定されたものが特別管理産業廃棄物であり(廃棄物処理法2条5項)、廃石綿等は特別管理産業廃棄物に該当します。
(2)アスベスト含有廃棄物等の処理の流れ
アスベスト含有廃棄物等の処理の詳細については、環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部「石綿含有廃棄物等処理マニュアル」に示されています(以下「石綿含有廃棄物等処理マニュアル5といいます)。
廃石綿(アスベスト)等を適正に処理するために、廃石綿等を生ずる事業場を設置する事業者は、廃石綿等を生ずる事業場ごとに特別管理産業廃棄物管理責任者を設置し、廃石綿等の取扱いに関し管理体制を整備する必要があります(廃棄物処理法12条の2第8項)。特別管理産業廃棄物管理責任者は、廃石綿等の排出から最終処分までを適正に管理する要となるべき者であり、委託処理を行う場合の処理業者の選択、委託契約の締結、マニフェストの交付など、統括的な管理を行うことになります(石綿含有廃棄物等処理マニュアル11頁)。
3.アスベスト含有土壌に関する規制
(1)土壌汚染対策法
土壌汚染対策法は、土壌汚染の状況の把握およびその汚染による人の健康被害の防止に関する措置を定めること等を目的としたものであり、平成15年2月に施行されました。
同法による規制の対象となる有害物質である「特定有害物質」は、「それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるもの」ですが(土壌汚染対策法2条1項)、同法施行令1条が定める特定有害物質には、石綿(アスベスト)は含まれていません。
この点に関し、土壌汚染対策法が「特定有害物質」として石綿を規定していない以上、同法が石綿を含有する土壌あるいは建設発生土に適用されることはないと判示した裁判例があります(東京地判平成24年9月27日)。
(2)その他の法令
労働安全衛生関係の法令は、石綿などの粉じん(空中を飛散している石綿)を継続的に発生させる事業に従事する労働者の労働安全衛生について規制するものであり、石綿を含有する土壌あるいは建設発生土に適用されることはありません(上記東京地裁平成24年判決参照)。
4.アスベスト含有廃棄物・汚染土壌と土地売主の責任(実務上の留意点)
土壌中のアスベストが法令により直接規制されることがないとしても、不動産(土地)取引の相手方(土地の買主)に対して民事上の責任を負うことはあります。
たとえば、廃棄物処理法においてアスベスト含有廃棄物の規制基準が規定された後に土地売買契約がなされたところ、同土地内からアスベスト含有物(スレート片)が発見されたケースで、約59億円もの損害賠償請求が認められた裁判例があります(東京高判平成30年6月28日)。
他方で、土壌汚染対策法で規制されていない有害物質を理由とする損害賠償等の請求が否定された裁判例もあります。たとえば、上記東京地裁平成24年判決のほか、土壌中から発見されたトルエン・キシレンについて、法令上の規制対象ではなかったことを理由に「瑕疵」にあたらないと判断され、売主に対する対策費用の請求が認められなかった裁判例などがあります(東京地判平成22年3月26日)。これらの裁判例によれば、売買契約時点で法令等の規制対象とはなっていない有害物質については、原則として「瑕疵」「契約不適合」にはあたらないと判断される可能性が高いことになります。
法令上の規制対象となっていない環境汚染や廃棄物(基準が明確ではない場合も同様です)の取り扱いについて、売買契約書等においてどのように規定するのかによって取引当事者が負う責任が変わりうるため、慎重な対応が必要となると考えられます。
1その他、同様の責任が認められる例は数多い(大阪高判令和元年7月19日、福岡高判令和元年11月11日、大阪高判平成30年9月20日、東京高判平成29年10月27日等)
2井上治著『不動産再開発の法務〔第2版〕―都市再開発・マンション建替え・工場跡地開発の紛争予防』(株式会社商事法務、2019年8月)48頁等
3環境省プレスリリース『大気汚染防止法の一部を改正する法律案の閣議決定について』(令和2年3月10日)《https://www.env.go.jp/press/107831.html 》
42020年5月29日共同通信『アスベスト対策強化の改正法成立 工事前の調査・報告義務化』
5 環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部「石綿含有廃棄物等処理マニュアル(第2版)」(平成23年3月)
本校は、2020年6月時点までに入手した情報に基づいて執筆したものであり、また具体的な案件についての法的助言を行うものではないことに留意してください。また、意見にわたる部分は、執筆担当者ら個人の見解を示すにとどまり、当事務所の見解ではありません。
猿倉 健司弁護士
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