【 書籍より一部掲載 】 ここからはじめる企業法務 ~未来をかたちにするマインドセット②~
2011/12/11   契約法務, 入門研修

企業法務の本質とは何か? 30年以上のキャリアから導き出された答えを平易にまとめた一冊が『ここからはじめる企業法務』(英治出版、2021年10月8日発売)です。本記事では、本書から第2章2節を公開します。(第1節はコチラ

 

第2節 取引目的を明らかにする



松井

上原さん! 今度、第二営業部が甲府産業さんから工作用ロボットのソフトウェアの開発案件をとってきて、先方からもらった開発契約書のドラフトをレビューしてほしいそうです。


上原

甲府産業さんって、もうかれこれ、三〇年以上のお付き合いのある取引先だよね。で、また何でウチのような部品メーカーにソフトの開発を頼んできたの?


松井

いやぁ、どうやら第二営業部、今期の売上げが目標未達になりそうで、澤部部長が甲府産業の購買部長に頭を下げて、仕事をもらってきたらしいですよ。


上原

しかし、ウチにはそんなソフトウェアの開発なんて無理だろう。


松井

それが、澤部部長いわく「知り合いのIT企業に下請けに出すから大丈夫。マージンは二割はとれるからいいだろう」だそうです。


上原

で、どうするつもりなの?


松井

まぁ、頼まれましたから、一応レビューしようかと……


上原

本当にそれでいいのかな?
会社には受けていい仕事と、そうでない仕事があると思うよ。


松井

……?


 

松井君は残念ながら上原課長の発言の趣旨が理解できていないようです。一緒に考えてみましょう。

上原課長の「会社には受けていい仕事と、そうでない仕事がある」という言葉。これはいったいどういう意味なのでしょうか。

会社は設立の際に、定款(会社の憲法にあたるもの)を作成し、そこに「目的」を記載しなければなりません(株式会社の場合、会社法第二六条・第二七条第一号)。また、その目的は商業登記簿に登記しなければならない事項のひとつでもあります(株式会社の場合、会社法第九一一条第三項第一号)。
この目的とは、事業の内容を意味しますが、ご参考に、私が代表取締役を務める株式会社新企業法務倶楽部の該当箇所をご紹介します。


 
目的:
(1)企業法務に関する教育の企画
(2)企業法務に関する出版業
(3)企業法務に関する調査、研究及び啓発
(4)企業経営に関するコンサルティング
(5)職業安定法に基づく有料職業紹介事業
(6)労働者派遣事業
(7)前各号に附帯又は関連する一切の事業


なぜこのようなことが必要なのでしょうか。それは、会社の設立にあたって、あるいは事業内容を追加したり変更したりするときに、事業内容を登記し広く一般に知らせることによって、取引を円滑に進めるためです。
したがって、会社は定款に定められ、かつ、商業登記簿に登記された事業内容の範囲でビジネスを行うことが基本となります。

さらに、定款と登記簿に「目的」を記載することは、取引の円滑化に役立つだけではなく、企業法務パーソンにとって留意すべき二つの大切な意味を持っています。
大切な意味の一つ目は、会社の目的には、その会社が展開する事業に対する「決意」や「使命感」が込められているということです。事業にかかわる人々の思いをまとめ上げる任務を担う企業法務パーソンは、この「決意」や「使命感」に沿って仕事をしなければなりません。
そして、もう一つ大切なこととして、目的の登記は、社会に対する「宣誓」だということです。「ウチの会社はこういう事業を行って社会に貢献していきます、力を貸してください、贔屓にしてやってください」と、将来の出資者やお客様などに宣言することなのです。そう理解すれば、宣誓したことを簡単に裏切るようなことはできません。
上原課長の「会社には受けていい仕事と、そうでない仕事がある」という言葉は、こうした文脈で捉える必要があります。

また、この言葉にはリスクヘッジの意味も含まれています。

竹上部品は各種部品や資材の製造販売を行っている会社です。工作用ロボットのソフトウェア開発は、竹上部品の事業範囲には含まれていないと考えられます。その証拠に、第二営業部の澤部部長は「知り合いのIT企業に下請けに出す」と言っています。
ここで企業法務パーソンとしては、次のようなことを思い浮かべることが求められます。


 
① 澤部部長の知り合いのIT企業ってどんな会社なのだろう?
② その会社はこれまでに竹上部品と取引はあるのだろうか、信用できるのだろうか?
③ 甲府産業さんの望むソフトウェアをその会社は本当に開発できるのだろうか?
④ われわれは元請会社として、そのソフトウェア開発の進捗管理をできるのだろうか?
⑤ われわれにはそのソフトウェアの検収を行うスキルがあるのだろうか?
⑥ もしそうしたスキルがないなら、検収は甲府産業さんに依頼するほかないが、検収が通らなかった場合、われわれはどう責任を取るのだろう?
⑦ 開発のやり直しや損害賠償となった場合、その責任をIT会社に付け替えることはできるのだろうか?


さまざまな疑問や不安が脳裏をよぎります。こうした問題のすべてに、万全の解決策を用意できるのであれば、この仕事を受けてもよいのかもしれません。
しかし、自社の本来の事業範囲に属さない仕事を請け負うことは、通常大きなリスクを伴います。まして甲府産業は、開発されたソフトウェアを自社の工作用ロボットに搭載することを企図しているわけです。もし開発できなかった、あるいは、納期に間に合わなかったとなれば、彼らの損害は、竹上部品の受注金額の何百倍・何千倍にもなるかもしれません。

つまり、甲府産業の契約の相手方である竹上部品としては、そうした巨額な損害賠償請求を受けるリスクがあることを理解しなければなりません。そして、万一そのリスクが現実のものとなってしまった場合に、請け負った仕事が定款の「目的外」の仕事で、巨額の損失を発生させたとなれば、経営陣の責任も問われかねないでしょう。

企業法務パーソンは、こうしたイシューを発見・把握したうえで、いま目の前にある契約書をレビューすべきかどうかを判断しなければなりません。進めるべきでないビジネスであれば、そもそもレビューする必要などないのですから。

イシュー発見のためには、このようにまず「取引目的を明らかにする」ことが大変重要なのです

長年のお付き合いのある甲府産業からの頭を下げての開発依頼であるならば、多少考える必要もあるかもしれません。しかし、今回は目の前の売上げほしさからお願いした、当社自身では請け負えないソフトウェアの開発案件です。そのための契約書のレビュー依頼を、二つ返事で引き受けるような法務部では、機能不全も甚だしい、ということになってしまいます。
上原課長が松井君に「で、どうするつもりなの?」と聞いたときに期待したのは、「多くの疑問や不安があるので、この取引の目的や全体像について澤部部長に直接尋ねてきます!」という返事だったのです。

 

 

<文字方向(縦→横)など、本記事では、実際の書籍とレイアウトが異なるところがございます。何卒、ご了承ください。>

 

書籍紹介



登島 和弘『ここからはじめる企業法務‐未来をかたちにするマインドセット』 (英治出版、256頁、1,800円+税)

企業法務はこんなに面白い!
〇 ビジネスを前に進める上では欠かせないにもかかわらず、その実態が見えづらい企業法務という仕事。法務パーソンとしてキャリア30年以上の著者が、その仕事の本質と全体像を分かりやすく解説し、その面白さを伝える一冊。



 目次
  第1章 企業法務の実像 
  第2章 イシューを発見する 
  第3章 リスクを察知する 
  第4章 着地点を探す  
  第5章 「視える化」する  
  第6章 視野を広げる
  第7章 企業法務の未来を描く

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