転勤に配慮を求める社員増加、転勤の法的問題について
2022/06/29 労務法務, 労働法全般
はじめに
主要100社を対象とした朝日新聞のアンケートで、転勤に配慮を求める社員が増加傾向にあることがわかりました。テレワークの広がりを機に転勤制度を見直す動きも広がっているとのことです。今回は転勤の法的問題について見直していきます。
事案の概要
朝日新聞の報道によりますと、同社が主要100社を対象に行ったアンケートで、転勤に配慮を求めている社員が「増えている」と答えた企業は21社、「やや増えている」とした企業は37社であったとされます。社員が転勤に配慮を求める理由については、共働きであること、親の介護、子育てが大半で、働く場所を自由に選択したいとする社員も少しずつ増加しているとのことです。味の素は従業員の転勤への対応に苦慮していることが顕在化しており、必要最小限の転勤を残して現地採用などを進めるべきとし、NTTはリモートワークを推進して転居の伴わない異動を基本とする方針としているとされます。また転勤ではなく出張で業務をこなしてもらうことも試行されているとのことです。
転勤の法的問題
会社から転勤命令が出された場合、社員はそれを拒否することはできるのでしょうか。生活の本拠を移転することは社員にとって大きな負担となります。それが遠方となるとなおさらです。しかし使用者である会社側には広範な人事権が認められており、原則として会社は社員に対して異動・転勤を命じることができるとされます。例外的に、就業規則や雇用契約で転勤が無い旨、あるいは勤務地を限定する旨の記載がある場合には転勤命令を出すことはできないとされます。また転勤命令を出すことができる場合であっても本来の目的を逸脱した権利濫用にあたる場合には違法となることもあると言われております。そしてそのような場合には転勤命令に違反したことを理由とする解雇も違法・無効となります。
転勤命令に関する代表的な判例
転勤命令に関する著名な判例として「東亜ペイント事件」(最判昭和61年7月14日)が挙げられます。この事例は、8年間大阪で勤務しており、当時母(71)と妻(28)、長女(2)の4人で生活していた男性社員が名古屋への転勤を命じられたというものです。男性社員は入社時に勤務地の限定はなかったものの、生まれてから大阪を離れたことがなかったこと、妻は保育所で働き始めたばかりであったこと、就業規則に異動命令は「正当な理由なしに拒否できない」とあったことなどから拒否し、懲戒解雇となりました。最高裁は、入社時に勤務地を限定する旨の合意がなく、就業規則に転勤を命じることができる旨の定めがあり、実際に社内で頻繁に転勤が行われている状況下では、会社側に転勤命令権が認められるとしつつも濫用は許されないとしました。そして権利濫用に当たるか否かの判断基準として、業務上の必要性、不当な動機・目的がないこと、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといった特段の事情がないこととしました。その上で男性社員への転勤命令は権利濫用には当たらないとしました。
東亜ペイント事件以降の流れ
上記東亜ペイント事件以降、転勤命令拒否に対する懲戒解雇に関する裁判所の判断は基本的にこの判断枠組みを踏襲して行われております。原則として会社側の転勤命令権を肯定しつつ、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が認められる場合は権利濫用ということです。転勤命令が適法と判断された例として、東京から名古屋に転勤が命じられ、共働きの妻子と別居を余儀なくされた事例(最判平成11年9月17日)、目黒区から八王子事業所に転勤が命じられ、通勤時間が1時間長くなり子供の保育所送迎に支障がでた事例(最判平成12年1月28日)が挙げられます。一方で育児介護休業法改正に伴い、配転の際には子や家族の介護状況に配慮する義務(26条)が課されたことを受け、要介護2の認定を受けた母の介護をする従業員を姫路から茨城県に転勤を命じた事例で違法と判断されました(大阪高裁平成18年4月14日)。著しい不利益に当たるかの判断に配慮義務も考慮されるようになったと言えます。
コメント
近年新型コロナウイルスの感染拡大を受けて全国的にリモートワークの導入が広がっており、必ずしも転居を伴わずに配転を行うことが可能となりました。それに伴い若い世代を中心に転勤を忌避する傾向が強くなってきていると言われております。実際にNTTでもリモートワークを中心として転居を伴わない異動を基本とする方針を打ち出しております。上記のように法的には原則として会社側には広範な人事権があり転勤命令を出すことができます。就業規則に記載が無い場合や労働契約で異動が無い旨定めているといった事情が無い限り通常は違法とはならないと言えます。しかし社員にとって生活の本拠を遠方に移すことは相当な負担を伴います。特に幼少の子供や高齢の親族の介護などを行っている社員に対しては配慮が義務付けられております。リモートワークなどを含めた柔軟な異動で社員への負担の軽減を検討していくことが重要と言えるでしょう。
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