ハンコの法的な役割とは?電子サインの是非
2020/04/16 契約法務, 民法・商法
なぜ?進まぬ完全在宅勤務
パーソル総合研究所が3月23日、新型コロナウイルスによる正社員のテレワーク導入率が13.2%であるとの調査結果を発表した(パーソル総合研究所)。出社理由は、テレワーク環境が整っていない等さまざまだそうだ。しかし、たとえテレワークをしていたとしても、書類やハンコのために出社しなければならないことを嘆く声が出始めている。
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そのような中、今注目を浴びているのが自宅で簡単に法的な効力を有する契約書を作成できる電子サインサービスだ。今回は、電子サインが法的に有効なのか、そもそもの根底にある署名やハンコ(印影)の法的な役割から、電子サインサービスの導入の是非を検討していきたい。
そもそも書類に押印する意味は?
書類といえばハンコとも言えるほどに日本では書類にハンコはつきものだ。しかし、そもそもなぜ書類にハンコを押す必要があるのか。
それは、「証拠となりうる文書にするため」である。
例えば、雇用契約は本来「契約書」がなくても締結できる(民法624条は書面を要求していない)。ただし、その契約内容の認識に後から食い違いが生じた場合、契約書がなければ収拾がつかなくなる。そこで、書面に残しておくのだが、ここで問題が生じる。
本当にその契約書は当事者の意思によって作成されたのかということだ。一方当事者が勝手に都合のいいように作った物なら、当然、契約に関する争いが起きても、その「文書」は契約内容を証明する証拠にはならない(民事訴訟法228条1項)。
では、証拠となりうる文書(当事者によって作成された文書)とするにはどうすればいいか。民訴法228条4項は以下の通り定める。
「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは真正に成立したものと推定する」
すなわち、
①署名(直筆で書かれた当人の名前)又は②押印(当人が所持しているものに限る)のどちらかがなされていれば、特に別人が作成した等の証明がない限り、その文書は証拠となりうるといえる(郵便物の印欄に署名しただけで足りるのは、このためである)。
確実性を優先すれば、契約書の当事者とされている者の署名のみに法的な効果を与えるべきであるが、いちいち署名していては不便だから他人に押される可能性があっても押印に法的な効果を付与したといえる。つまり、より効率的にその書類を「証拠となりうる文書」とするために日々、日本中でハンコが押されている。ハンコは単なる本人確認を効率化するための手段なのである。
だが、最近のコロナによるテレワーク推奨でハンコの限界が見えてきたといえよう。なにせ、効率化を目指したハンコを押すためにわざわざ出勤しなくてはいけなくなったのである。
現代のハンコ「電子サイン」
そこで、注目を浴びるのが、書面による本人確認手段(署名・押印)の代替手段として、電子形式の文書を法的に証拠となりうる形で記録する電子サインと呼ばれるものだ。ハンコが担ってきた効率化を電子技術でさらに飛躍させるものである。これを使えば、ハンコいらずで、いつでもどこでも、契約書が交わせたり社内文書の承認ができる。
多くのサービスは、ハンコの代わりに「電子署名」という方法で本人確認を行っている。電子署名の正確な技術的説明は下記のページを参考にされたい。誤解を恐れず言えば、以下のように仕組みの一部を説明できる。例えばA鍵で施錠したならB鍵でのみ開けることができ、B鍵で開けられるのはA鍵で施錠したものだけであるという一対の鍵AとBがあるとする。この場合において、ある施錠をB鍵で開けられたならその施錠をしたのはA鍵でしかありえない。よって、この施錠をしたのはA鍵を有する者である、というふうに電子署名は本人確認を担保する。
☆電子認証の基礎知識(電子認証局会議)
「この印を押せるのはAハンコだけで、それはAさんだけがもっている。だからこの印を押したのはAさんである」という推定を「この施錠ができるのはA鍵だけで、それはAさんだけがもっている。だからこの施錠(電子署名)をしたのはAさんである」という推定に変えただけといえよう。
そのA鍵(データ)が盗まれたら終わりではないかと思うかもしれないが、机に置かれているハンコとセキュリティレベルに違いがあるかどうかは検討の余地がありそうだ。
現に、みずほ銀行や三井住友銀行は一部取引において既に電子契約を導入している。また、電子署名及び認証業務に関する法律第三条は電子署名がなされている場合、当該電磁的記録(文書データ)が証拠となりうる旨を定めている。
電子契約にすれば、確かに電子帳簿保存法に従い、適切に保存するという未知の業務を法務担当者は任されてしまう。しかし、郵送代や印紙代、保管スペースの節約、何より契約締結スピードの高速化等はるかに多くのメリットがある。実際に経験するとその簡単さと締結スピードに驚かされるばかりであろう。
☆帳簿書類等の保存期間及び保存方法(国税庁HP)
☆電子帳簿保存法の概要(国税庁HP)
常識を覆すには
さて、署名と押印の法的な役割から電子サインサービス導入の是非について検討してきた。
読者の方々にあっては、コロナウイルスによる混乱で、毎朝通勤することや決まった時間帯に働くことの意味を考えたりと、今まで気がつかなかった前提を認識させられる機会が多くなったのではなかろうか。
常識とされていた前提を疑い、それでもやはり譲れない前提であると判断するなら、先人が築いた慣行は守るべきだ。ただし、見慣れないというだけで新情報を排除して、とりあえず慣行に従うというのは機会喪失のリスクに繋がりかねない。
コストカットが求められる今、ハンコはなぜ必要かをハンコの目的に遡って現行法令をもとに検討したように、なぜ今までの慣行が正しいとされたのかをその目的に遡って今一度検討する必要があるだろう。そして、電子サイン導入を含めた効率的な企業運営を、法務の立場から提案してほしい。
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