信義則上の義務に関する最高裁判決から見るコンプライアンス体制について
2018/04/05   コンプライアンス, 民法・商法

1 はじめに

 平成30年2月15日、最高裁第1小法廷において判決がありました。今回はこの最高裁判決を題材に、労働者との関係で親会社が信義則上の義務を負う可能性のある局面と、企業に求められるコンプライアンス体制について検討していきたいと思います。

 以下は最高裁ホームページより引用した判示事項になります。

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 親会社が,自社及び子会社等のグループ会社における法令遵守体制を整備し,法令等の遵守に関する相談窓口を設け,現に相談への対応を行っていた場合において,親会社が子会社の従業員による相談の申出の際に求められた対応をしなかったことをもって,信義則上の義務違反があったとはいえないとされた事例
――――――

2 事案の概要

《原告》
・被告会社の子会社(以下、「被告子会社」といいます)に勤務していた契約社員
・被告子会社在籍中は、被告会社事業所内にある工場で就労(平成21年~)
・就労中、同じ工場に就労する従業員Aと交際していたものの、破局後、従業員Aに自宅に押し掛けられた(交際期間:平成21年11月~平成22年7月/押し掛け:平成22年8月)
・上司である係長に相談も、朝礼の場での匿名の注意に留まり、それ以上の対応が無かったため、退職(相談:平成22年9月/退職:同年10月12日)
・退職後も、Aより自宅付近に自動車を停められる等の迷惑行為を受けた(同年10月12日~同月下旬及び平成23年1月頃)

《被告会社》
・被告子会社を含むグループ会社を構成する株式会社
・グループ会社から成る企業集団の業務の適正等を確保するため、国内外の法令・定款・社内規定及び企業倫理の遵守に関する社員行動基準を「法令遵守体制」として定めており、そのための相談窓口を設置していた
・相談窓口は、グループ会社の事業所内で就労する者であれば、全員が使える仕組みとなっていた
・従業員B(原告の当時の同僚)の申出を受け、グループ会社に依頼し、従業員Aその他の関係者に対する聞き取り調査を実施した

《従業員B》
・A退職後、「Aが原告の自宅の近くに来ているようなので、事実確認をしてほしい」と相談窓口に申出(平成23年10月)
・相談窓口より「申出にかかる事実は確認できなかった」との返答を受けた(平成23年11月)

《名古屋高裁》
・従業員Aは、不法行為に基づく損害賠償責任を負う
・被告子会社は原告に対する雇用契約上の付随義務を負い、上司らが適切な対応を怠ったことを理由として、債務不履行に基づく損害賠償責任を負う
・被告会社は法令遵守体制を定めており、人的・物的・資本的に一体といえるグループ会社の従業員に対して、相応の措置を講ずべき信義則上の義務を負う

3 判示内容とポイント

 最高裁は、被告会社は信義則上の義務を負わないと結論付けました。その理由としては、原告は被告子会社の指揮監督の下で労務を提供しており、被告会社から直接指揮監督を受ける立場に無かったことが挙げられています。
 もっとも、グループ会社の事業所内で就労する者から相談を受け付ける本件相談窓口を設置し、相談への対応を行っていたという趣旨に鑑み、具体的状況によっては、被告子会社の親会社である被告会社も、「相談の内容に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合がある」としています。それでもなお信義則上の義務を負わないとされた理由としては、①相談窓口に相談に行ったのは従業員Bであり、被害を受けた本人ではなかったこと②法令遵守体制の仕組みとして、申出をした者が求める対応をすべきであるとはされていなかったこと③相談が原告退職後であり、内容が事業場外で行われている事柄(原告の自宅周辺で行われている駐車行為について)に関するものであったことの3点が考えられます。
 これらのことからすると、グループ会社の事業所内で就労する者が利用できる相談窓口が設置されている場合、①相談窓口に相談に行ったのが本人であるか②法令遵守体制の仕組み③相談窓口に行った時期・相談内容等によっては、直接に雇用契約を締結していない親会社であっても、信義則上の義務が認められる結論も考えられます。

4 今後の実務に向けて

(1) 裁判回避の方策
 日本人は裁判をできるだけ回避する傾向にあります。裁判は利害関係や紛争を解決するための手続であり、後ろめたいことではありませんが、「裁判沙汰」という言葉のイメージからも分かる通り、企業の信用度が下がる要因となりえます。そこで、法務部員としては、今回の判決を受け、裁判を未然に防ぐため、どのようなコンプライアンス体制を整備し、どのように運用していくことが望ましいかを考えていくことになります。
 被害者は問題を解決するために行動を起こします。問題解決に向かって動き足すためには心理的な抵抗をいくつも克服しなければならず、行動にかかるエネルギーは相当なものとなります。そのため、「これだけのエネルギーを費やしたのであるから、問題が解決されるはずだ」と、期待値を高く設定しがちです。実際には、問題解決にあたっては様々な障壁があります。自分の想定していた期待値が満たされないことが原因となり、その不満感から、訴訟が開始されると考えられます。この章では、被害者の期待値と現実の差を少しでも埋め、裁判を回避していくための方策を検討していきたいと思います。

(2) 相談窓口制度の周知
 被告会社には相談窓口制度がありましたが、原告は自分で相談窓口に行かず、上司への相談にとどめていました。上司は朝礼の場で口頭注意を行いましたが、それ以上の対応を取らなかったため、訴訟となったと考えられます。
 原告が法令遵守体制の概要及び相談窓口の存在を知っていれば、退職前に自分で窓口に行った可能性があります。親会社に設置されている窓口を利用することについて心理的抵抗があるとは思われますが、裁判を未然に防止するという観点からは、相談窓口制度の周知は重要であると考えます。全従業員に周知することが理想ですが、まずは相談される立場にある管理職への周知から始めるというのが手段として考えられます。

(3) 被害者の期待値と現実の調整
 被害者は「会社が何とかしてくれる」という相当の期待感を持って、相談窓口を訪れます。法令遵守体制を整備し窓口を設置した企業においては、申出を受け次第、それを処理するべく問題調査等の行動を始めることになりますが、調査には限界があります。今回のケースで言えば、事業所内でAが起こした行動については事業所内の従業員に話を聞くことによって情報を収集できますが、原告の自宅付近での駐車など、事業所外の出来事については目撃者もいないと思われるため、調査の難航が予想されます。
 相談窓口への訪問や上司への相談があった最初の段階で、企業の調査能力・調査可能な範囲などについて説明することで、被害者の期待値と現実を調整することが有効であると考えられます。そのためにはまず、自社の調査能力・範囲がどの程度であるのかを正確に知ることが重要です。

(4) ストーカー事例の対応策
 今回のケースは、被害者の自宅に押し掛ける、被害者自宅の近くに車を停車させるといった事業場外での出来事に関するものであるため、調査の難航が予想されるものでした。刑事事件に発展するような具体的な被害はない状況であり、調査も不能、仮に警察に被害届を提出しても動いてもらえないとなると、被害者は不満感・不安感を募らせていくことになります。
 被害者において写真などの証拠を集めるよう促し、実際に証拠を押さえて提出してもらうことで、相談窓口としても調査を開始しやすくなり、結果として訴訟が回避される可能性が高まると考えられます。ある出来事が調査可能な範囲外の出来事であっても放置することなく、こういった判例や過去に自社で問題となった事例から、対応策を検討することが必要です。
 あらゆる方策を検討してもなお解決策が見つからない、放置しておくことで刑事事件に発展する可能性があるだろうと思われる場合などは、警察に被害届を提出することを提案することも検討できます。しかしながら、警察への被害届の提出は、相談窓口への相談よりも心理的なハードルがさらに高く、加害者とされている従業員側と企業の間で労務問題が生じる可能性もあるため、最後の手段という位置づけに留めておくのが良いのではないでしょうか。

【企業法務ナビ内関連記事】
法務NAVIまとめ―コンプライアンス体制の構築
        └企業での今後のコンプライアンス対策

【参考サイト】
みんなのおかねドットコム:コンプライアンスとはどういう意味?違反事例や遵守のために企業が作るべき体制や意識

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