保険外交員が配る物品代の合意なき給与天引きは違法、住友生命保険への支払い命令が確定
2025/02/26 労務法務, コンプライアンス, 労働法全般, 金融・証券・保険

はじめに
住友生命保険の外交員が、営業先で配る物品代を自己負担させるのは違法だとして同社を訴えていた訴訟で19日、最高裁が上告を棄却していたことがわかりました。これで20万円の支払い命令が確定したこととなります。今回は給与からの天引きと労基法による規制を見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、住友生命保険は全従業員が入る労働組合と「特定の営業費用を賃金から天引きできる」との協定を結び、顧客に渡すカレンダーや一輪花、同社ロゴ入りチョコレートなどの費用を社員の負担としていたとされます。これに対し同社京都支社の50代の女性外交員が、営業で配る物品を給与から天引きすることは労働基準法に違反するとして2012~20年に負担した約240万円の支払いを求め提訴していたとのことです。一審京都地裁と二審大阪地裁は自己負担について異議を唱えた後は違法となるとし、請求の一部である約20万円の支払いを同社に命じておりました。
労働基準法による賃金支払い規制
労働基準法24条1項によりますと、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」としております。また2項で「賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。」とされております。これらを合わせていわゆる賃金支払い5原則と呼ばれております。まず賃金は通貨で支払うのが原則ですが、例外的に労働者の同意があれば口座振込も可能です(労基法施行規則7条の2第1号、2号)。そして賃金は労働者本人に「直接」支払う必用があります。これは未成年者の親権者といった法定代理人に支払う場合でも違反となります。「全額」とは法令で認められた各種税や保険料を除き、給与から控除することが認められないということです。このような給与を毎月1回以上、一定期日を定めて労働者に支払うことが求められております。
賃金からの天引きの可否
上でも触れたように、賃金は「全額」払いが原則です。所得税や住民税、健康保険など法令で特に認められたものだけ天引きが認められております。それではそれ以外の天引きは認められないのでしょうか。労基法24条1項ただし書きでは、労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者と書面により協定を締結することによって一部控除が可能とされております。この協定は労基法24条に基づくものであることから、36協定と同様に「24協定」と呼ばれることもあります。これにより社員旅行の積立金や社宅料、親睦会の費用などを天引きしておくことが可能とされております。なおこの協定による場合は労使協定だけでなく、就業規則や雇用契約書にも天引きについて明示しておく必用があるとされております(京都地裁令和5年1月26日)。
その他の天引きについて
それら以外の天引きについて、まず従業員への貸付金が考えられます。お金に困った従業員から頼まれて、会社が金銭を貸し付けるといった例があります。この場合、貸付金を賃金から分割で天引きといったことが可能でしょうか。この点につき判例は、賃金からの相殺について従業員が同意した場合、その同意が従業員の自由な意思に基づいてなされたものと認められる合理的な理由が客観的に存在する場合には適法とされております(最判平成2年11月26日)。つまり従業員の自由な意思による合意があれば天引きも可能というわけですが、裁判所は、借り入れの際の十分な説明や、領収書等の作成状況、利息や担保の有無などの様々な事情を総合的に考慮して客観的に判断していると言えます。逆に自由意思による合意がなければ、不法行為による損害賠償債権や営業活動に伴う物品代などを天引きすることはできないということです。
コメント
本件で二審大阪高裁は、経費負担について賃金から天引きすることにつき、労使協定と労働者の自由な意思に基づく合意があれば可能であるとしつつ、その自由な意思に基づく合意の有無は厳格かつ慎重に判断しなければならないとしました。そして原告は平成30年11月までは賃金から控除されていることを認識しつつ継続的に物品の注文をしていたことから合意を認めつつ、控除には同意できない旨の通知をした同年11月27日以降は同意はないとして約20万円の支払いを住友生命保険に命じました。以上のように賃金からの天引きは労使協定と労働者との自由な意思に基づく合意が必用です。また本件のように当初合意していても、明確な拒絶の意思を示した場合、その時点から合意が認められなくなる可能性があると言えます。今一度自社の協定内容や従業員への説明、同意状況を見直しておくことが重要と言えるでしょう。
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