ノーマスクで解雇は無効、解雇要件と退職合意について
2023/01/05   労務法務, 労働法全般

はじめに


 マスク着用指示に従わなかったことを理由に解雇されたのは不当としてマンション管理人の男性が未払い賃金などを求めていた訴訟で大阪地裁は先月5日、解雇を無効としていたことがわかりました。マスク着用に関する司法判断は珍しいとのことです。今回は解雇の有効性と退職合意について見直していきます。

 

事案の概要


 報道などによりますと、大阪府摂津市のマンションで管理人を努めていた70代の男性は2021年5月に新型コロナウイルスに感染し、復帰した後の翌月、男性がマスクを着用せずに勤務していると住民から会社に苦情があったとされます。会社側は男性に賃金が安い他のマンションの清掃員への配置転換を打診したところ、男性はこれを拒否し会社側はマスク着用指示に従わなかったことを理由に解雇通知をしたとのことです。男性は解雇は不当であるとして地位確認と未払い賃金分の支払いを求め大阪地裁に提訴しておりました。なお男性は係争中に定年を迎えたことから地位確認分は取り下げたとされます。

 

解雇権濫用法理


 解雇の有効性が問題となる場合、解雇権の濫用となっていないかが争点となります。この考え方は過去の多くの判例や裁判例が集積されて確立したもので一般に解雇権濫用法理と呼ばれます。現在では同法理は労働基準法18条の2や労働契約法16条に明文化されております。解雇権濫用法理とは具体的には、解雇は客観的に合理的な理由と社会通念上相当性が認められなければ無効とするというものです。客観的に合理的な理由とは具体的には(1)労働者の労務提供不能や労働能力・適格性の欠如、(2)企業秩序違反、(3)経営上の必要性、(4)労働組合による解雇要求に大別されると言われております。このうち企業秩序違反は懲戒処分として問題となることが多いですが、普通解雇がなされた場合はこちらで検討されます。経営上の必要性は別途整理解雇の要件が問題となります。そして労働組合による解雇要求とはユニオンショップにより組合員でなくなった場合の解雇を指します。

 

懲戒解雇の場合


 解雇が懲戒解雇である場合は、その有効性は就業規則の懲戒解雇事由に該当するか、解雇予告義務を履行しているか(労基法20条)、解雇が制限されている場合に該当しないかなどが問題となりますが、やはり上記のようにこちらでも濫用に当たらないかが問題となります。これは解雇に限らず懲戒権の行使全般に当てはまるもので労働契約法15条では、労働者の行為の性質、態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由と社会通念上相当性が認められない場合は懲戒権濫用として無効となるというものです。解雇権濫用法理とほぼ同じものと言えます。また懲戒権については、懲戒事由が発生してから不当に長期間経過してから処分がなされた場合も、合理的理由がなければ懲戒権濫用として無効とされた例も存在します(最判平成18年10月6日)。

 

退職合意の成否


 解雇の有効性が争われる場合、そもそも解雇ではなく労働者と会社との間に退職の合意が成立していたと主張されることがあります。会社側が退職を勧め、労働者側がそれに応じたというわけです。このような退職合意の成否が問題となった事例として、会社側が解雇通知書を労働者に手渡し、労働者側が「もういいですよ」と言って受け取り退室したという例が挙げられます。この事例で裁判所は、この発言について会社側から退職通知書を受け取るのか交渉を白紙撤回するかを迫られ、これ以上の交渉を断念したものであるとして任意に退職を了承した趣旨ではないとしました。しかし一方で解雇から間をおかずに他社に就職し、給与水準も同等以上で半年が経過した時点で解雇された会社への就労意思は喪失し黙示の合意が成立したと認定しております(東京地裁平成31年4月25日)。労働者が任意に退職に合意をしたと言えるかを客観的な事情から判断していると言えます。

 

コメント


 本件で裁判所は、マンション管理人の男性には会社が感染防止対策としてマスク着用の徹底を求めており、感染対策をしながら職務遂行の義務があったとしてマスク着用義務を認めております。しかしマスク不着用による苦情が1件だけであったこと、会社に契約解除などの実害が出ていなかったこと、マスク未着用に対して会社が過去に指導してきた実績がないことなどから、この違反だけで解雇までは認められないとしました。また退職合意についても合意の意思表示を示す客観的証拠がなく、その後も合意とは相容れない行動をしているとして認めませんでした。以上のように新型コロナによるマスク不着用についても他の解雇事由と同様に解雇の合理性を客観的に判断されます。また退職合意についても単に口頭で合意したというだけでは認定されることは難しいと言えます。これらを踏まえて解雇の要件や合意が認められる場合を今一度再確認しておくことが重要と言えるでしょう。

 

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