最高裁が初判断、再転相続と熟慮期間について
2019/08/27 債権回収・与信管理, 民法・商法
はじめに
再転相続で知らない間に債務を承継していた女性が債権回収会社に対して強制執行しないよう求めていた訴訟で最高裁は9日、女性の相続放棄を認める判断を示しました。再転相続と熟慮期間に関する初の最高裁判断とのことです。今回は債務者に再転相続が生じた場合の熟慮期間について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、女性の叔父は生前多額の債務を抱えていましたが2012年6月に亡くなり、その子供全員が相続放棄したため叔父の弟であり女性の父が相続人となったとされます。しかしその父も相続放棄をしないまま同年10月に亡くなり2015年11月に裁判所から強制執行の通知を受け取ってはじめて女性が叔父の債務を承継していることを知ったとのことです。女性は2016年2月に相続放棄し強制執行しないよう求めました。女性側は熟慮期間の起算点を通知が届いた日と主張、債権回収会社側は父親の死亡時と主張しておりました。
相続と熟慮期間
相続が生じるとその相続人は死亡した者の財産だけでなく負債などのマイナスの財産も引き継ぐこととなります。そこで死亡した者に多額の借金があった場合などでは相続人は相続放棄をすることができます。相続放棄するとその者は最初から相続人ではなかったことになり、一切の財産も債務も引き継ぎません(民法939条)。また死亡した者のプラスの財産とマイナスの財産のどちらが多いか不明な場合などのときは限定承認をすることもできます。限定承認すると相続によって得た財産の範囲内で債務を弁済すればよく、自己固有の財産で負担することを避けることができます(922条)。相続人は相続放棄するか、限定承認するか、それとも単純承認するかを「相続の開始があったことを知った時」から3ヶ月以内に決める必要があります(915条1項)。これを熟慮期間と呼びます。
再転相続と熟慮期間
たとえば祖父が死亡し、その相続人である父が放棄するか承認するかを決めずに熟慮期間中に死亡して2回目の相続が発生することを再転相続と言います。この場合の2回目の相続人である父の子の熟慮期間はどうなるのでしょうか。民法916条によりますと、「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する」としています。つまり父の子が父の死を知ったときから3ヶ月間に祖父と父の分の両方について承認・放棄を決めることができるということです。なおこの場合①両方の承認、②両方の放棄、③祖父の分を放棄して父の分を承認することはできますが、父の分を放棄して祖父の分を承認することはできません。
再転相続を知らなかった場合
上記のとおり父の死亡を知った時から父の分と合わせて祖父の分の熟慮期間も3ヶ月となるとされてきました。では疎遠な親戚が知らない間に死亡していたなど再転相続を知らないまま熟慮期間が過ぎていた場合はどうなるのでしょうか。ここまでの考え方を形式的に当てはめた場合、やはり父が死亡したことを知ったときから疎遠な親戚の分についての熟慮期間も起算され、父の死亡から3ヶ月が経過すればもはや相続放棄できないように思われます。それが有力な見解とされてきておりこの点に関する判例は存在していませんでした。
コメント
本件で最高裁は再転相続で相続人となったことを知らないまま熟慮期間が始まるのは、相続を認めるか放棄するかを選ぶ機会を保障する民法の規定の趣旨に反するとし、親族の債務も承継していることを知った時から起算すべきとしました。そして原告女性に強制執行の通知が届いた時を起算点とし相続放棄は有効であるとして債権回収会社側の上告を退けました。これにより疎遠な親戚の債務を知らない間に再転相続していた場合の放棄の可否に大きな影響を及ぼすものと考えられます。なお相続人が誰なのかを確認するには戸籍謄本を使用しますが、相続放棄などがなされているかは家庭裁判所で照会することとなります。債務者が死亡した場合には今回の判例も踏まえて誰に債務が承継されているのかを正確に把握し、回収の見込みを判断していくことが重要と言えるでしょう。
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