会社法改正案第430条の2「補償契約」について

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1 はじめに

 法務省は2019年10月18日、第200回国会(臨時国会)に会社法の一部を改正する法律案(以下「法律案」)を提出しました。同案には、企業の役員が業務上の賠償責任を負った際に、弁護士費用や賠償金をその企業が補償すること(いわゆる会社補償)を認める補償契約について明記されています。
 今回は、役員の賠償責任に対するこれまでの企業の対応、問題点、改正案の内容を中心に見ていきたいと思います。

参照
法務省HP:「会社法の一部を改正する法律案」
 

2 現在の取扱い

 現在の会社法では、取締役等の役員は会社法423条の任務懈怠責任や429条の第三者に対する責任として損害賠償責任を負う場合があります。この賠償責任は役員個人が直接その責任を負っており、企業が役員の責任を補償する規定は明文化されていませんでした。
 現在の実務では、
➀役員に過失が認められなかった場合、民法650条3項を根拠に取締役が要した裁判等に係る費用を請求する
➁補償契約(会社法330条,民法650条)を締結する
➂定款や株主総会の決議によって役員報酬の上乗せする
といった形で企業による補償を行っています。
 こうした取り扱いは、どの範囲・手続きで補償を認めるかについての解釈が確定しておらず、企業によって異なることから濫用の恐れがあります。また、企業が役員のために金銭的保護を加えるという点で利益相反取引(会社法356条1項第2号)を構成する危険があります。
 もっとも、会社補償を一切認めないと、役員に対する損害賠償は事案によっては億単位になる場合もあり、役員個人に大きな負担となります。この負担を過度に恐れて、役員が積極的な経営活動に及び腰になる可能性があり、企業の発展の妨げになることが考えられます。また、第三者からの損害賠償があった場合などに、企業からの経済的支援がなく、役員が十分な防衛活動ができず、敗訴する可能性があります。この結果、企業の社会的信用を落とし損害が拡大する可能性も考えられます。
 このような会社補償の必要性と内容の性質から、会社補償を明文化することで枠組みや手続を明確にする必要があると言えます。

参考
セントラル法律事務所HP弁護士ブログ 「会社法改正要綱案・各論(4)補償契約」
(弁護士 池野千白氏 投稿)

栄光綜合法律事務所HP:「役員の賠償と会社の補償」

3 改正案の内容

(1)平成30年2月14日開催された会社法制(企業統治等関係)部会第10回会議でまとめられた中間試案では、会社補償の内容として以下の点がポイントとされました。

 ①補償契約の内容の決定は、取締役会決議によらなければならない。
 ②会社とその取締役・執行役との間の補償契約には、利益相反取引規制を適用しない。
 ③会社法上の公開会社は、事業報告において、次の事項を開示しなければならない。
  ・補償契約の相手方
  ・補償契約の内容の概要
(上記ポイントにつき
 引用: 大和総研:「会社法制(企業統治等関係)中間試案の概要」)

(2) ポイント①につき、法律案では、補償契約の内容の決定は

「株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない」(法律案430条の2第1項本文)

としています。
 中間試案では補償内容を取締役が決定する理由として、「会社補償に存在する構造上の利益相反性や補償契約の内容が役員等の職務の適正性に影響を与えるおそれがあることに鑑みると、補償契約の内容の決定に必要な機関決定は、利益相反取引に準じたものとすることが相当」としています(法務省「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する中間試案の補足説明」)。法律案は、中間試案での見解を反映し、現行法の利益相反取引における決議要件(現行会社法356条1項第2号,365条1項)に合わせたものと考えられます。
 ポイント②につき、法律案430条の2第6項では、

「第356条第1項及び第365条第2項(これらの規定を第419条第2項において準用する場合を含む。)、第423条第3項並びに第428条第1項の規定は、株式会社と取締役又は執行役との間の補償契約については、適用しない。」

とし、補償契約において利益相反取引規制の適用を排除しました。

(3) ポイント③につき、中間試案では第1の2⑤において、ポイント③で掲げた事項を事業報告の内容とすることを義務付けていましたが、法律案では該当部分が削除されています。 中間試案の補足説明によると、中間試案第1の2⑤は、補償契約は役員等の職務の適正性に影響を与えるおそれがある点、利益相反性が類型的に高いものもある点から、その内容は株主にとって重要な情報であると考えられるため、事業報告で補償契約の相手方やその概要を開示するよう求め、役員の職務の適正性を図ろうとしていました。
 これに対し、法律案では

「補償契約に基づき第1項第1号に掲げる費用を補償した株式会社が、当該役員等が自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該株式会社に損害を加える目的で同号の職務を執行したことを知ったときは、当該役員等に対し、補償した金額に相当する金銭を返還することを請求することができる」(430条の2第3項)
「取締役会設置会社においては、補償契約に基づく補償をした取締役及び当該補償を受けた取締役は、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない」(同4項)

と規定しています。3項は中間試案において職務の適正性を図る措置として検討されていたものを明記したものです。4項は現行法の利益相反取引と同様の取り扱い(現行会社法365条2項,356条1項2号)をすることで、役員の適正性を図ったものと思われます。

(4) 次に、補償の対象について見ていきます。
 法律案430条の2第1項は、

「当該役員等が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る 請求を受けたことに対処するために支出する費用 」(1号)

役員の職務執行において第三者に対する賠償責任を負った場合に

「当該損害を当該役員等が賠償することにより生ずる損失」(2号イ)
「当該損害の賠償に関する紛争について当事者間に和解が成立したときは、当該役員等が当該和解に 基づく金銭を支払うことにより生ずる損失」(2号ロ)

を補償の対象としました。
 これに対し、2項では以下の事項を補償の対象外としています。

「前項第1号に掲げる費用のうち通常要する費用の額を超える部分」(1号)
「当該株式会社が前項第2号の損害を賠償するとすれば当該役員等が当該株式会社に対して第423条第1項の責任を負う場合には、同号に掲げる損失のうち当該責任に係る部分」(2号)
「役員等がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったことにより前項第2号の責任を負う場合には、同号に掲げる損失の全部」(3号)

 中間試案の補足説明によると、2号は、該当事由がある場合は株式会社に対する責任を免除することと実質的に同じことであるから、株式会社に対する責任の免除の手続によらずに、このような損失を株式会社が補償することを認めるべきでないことを趣旨としています。
 3号は、悪意重過失を含めて補償の対象としてしまうと、職務の適正性を害するおそれが高い反面、補償の対象とせずとも役員の職務の執行が萎縮することはないことを趣旨としています。
 法務省のかかる趣旨に鑑みれば、「重大な過失」の内容については、現行会社法第425条から第427条までにおける「重大な過失」の内容と同様に解すことができると考えられます。

参考:
法務省HP:「会社法の一部を改正する法律案」(令和元年10月18日提出)
法務省HP:「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する中間試案」(平成30年2月14日)
法務省HP:「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する中間試案の補足説明」

4 コメント

 現状では役員の損害賠償の負担軽減として上述の実務運用のほか、役員賠償責任保険等がなされています。法規制によって会社補償が明文化すれば、より役員が積極的な経営に挑めるのではないかと期待できます。
 法律案では補償契約を利益相反取引と同様の取り扱いをすることで、利益相反取引規制を回避したものと考えられます。そのため、取締役会設置会社では補償契約の内容を取締役会が判断し、補償の重要事項の事後報告は取締役会設置会社のみ求められています( 法律案430条の2第1項本文括弧書,430条の2第4項)。
 役員の土地を企業が購入するといった通常の利益相反取引と異なり、会社補償は役員誰しもが関係しうる事柄であり、馴れ合いの危険が考えられるため、筆者の個人的意見としては、中間試案で補償契約に関する事業報告を求めた趣旨を重視し、会社の形態を問わず、補償の内容の決議・事後報告ともに株主総会で行うことが必要ではないかと思いました。
 臨時国会を通じ、補償契約を含め会社法がどのように変わっていくか注目されます。

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[著者情報] atsumi

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2008年より中央大学ビジネススクール客員講師(13年より同客員教授)
2016年より2018年まで東京大学大学院法学政治学研究科教授
2019年ベンチャーラボ法律事務所開設

主にベンチャー・スタートアップ支援、M&A、国際取引、一般企業法務を取り扱う。

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2010年 金融庁総務企画局市場課勤務 (インサイダー取引・金商業規制・課徴金事案等を担当)
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