日本ペイントデータ流出事件と営業秘密開示

はじめに

 塗料製造大手「日本ペイントホールディングス」の塗料の製法を転職先に流出させたとして、愛知県警は2月16日元取締役で「菊水化学工業」常務取締役橘佳樹容疑者(62)を不正競争防止法違反の疑いで逮捕しました。橘容疑者は自分が開発に関わった製品のデータを記念に保管していたと供述しています。今回は不正競争防止法が禁止する営業秘密開示について見ていきたいと思います。

事件の概要

 日本ペイントの取締役であった橘容疑者は2013年1月頃、営業秘密が保管されていたサーバーにアクセスし、日本ペイントが開発した塗料「水性ケンエース」のデータを印刷し、さらにUSBメモリーに複製して取得しました。その後日本ペイントを退社した橘容疑者は、菊水化学に転職し同データを菊水化学に伝え、そのデータを基に塗料を開発し、水性ケンエースよりも廉価で販売したとされています。

営業秘密

 不正競争防止法では、2条6項で「営業秘密」を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知らてていないもの」と定義しています。すなわち以下の3つの要件を満たすものを営業秘密として保護していると言えます。

(1)秘密として管理されていること(秘密管理性)
 秘密として管理されていると言えるためには、まず客観的に当該情報にアクセスできる者が制限されていることが必要です。たとえば、物理的に施錠されていたり、アクセスに必要なパスワードが設定され、パスワード保持者が限定されているといった客観的な事情が認められなければなりません。そして第三者から見ても管理されていることが明らかである必要があります。

(2)有用な営業上、技術上の情報であること(有用性)
 裁判例によりますと、「財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つなど事業活動にとって有用なもの」と言われています。すなわち有用性が認められるには、客観的に客観的に事業活動にとって利益があるものである必要があります。経済的に利益をもたらすものでなくとも、経費、費用の削減に役立つものでも該当するということです。

(3)公然と知らてていないこと(非公知性)
 非公知性とは、保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態であることと言われています。本や新聞、インターネット等により入手できる情報は該当しないことになります。

禁止行為

 上記営業秘密に関して、不正競争防止法では2条1項4号から9号まで禁止行為が列挙されています。窃取、詐取等不正の行為によって取得すること。不正取得されたものと知った上で、営業秘密を取得し使用又は開示すること。取得後に不正取得されたものと知り、使用又は開示すること。不正開示された情報であると知った上で、使用又は開示すること。保有者から開示された情報を不正の利益を得る目的で使用又は開示すること。これらの行為が禁止されており、違反した場合には10年以下の懲役もしくは2000万円以下の罰金又は併科となっております(21条)。

コメント

 本件では、塗料「水性ケンエース」の開発に関するデータが持ちだされましたが、このデータは営業秘密保管用サーバーに保管されており、特定の管理者しかアクセスできないものでした。またアクセス時には営業秘密である旨が表示されており、秘密管理性が認められます。また製品の開発データであることから有用性も非公知性も認められ、「営業秘密」に該当することは明らかと言えるでしょう。そして本件データを保有しているのは日本ペイントであり、取締役であった橘容疑者は保有者から情報を開示された者(2条7号)に該当します。2条7号の禁止規定に該当するためには「不正の利益を得る目的」が必要ですが、橘容疑者はあくまで自らが関わった製品のデータを記念として持っていただけであるとしてこの点を否定しています。今後この点が争点となりそうですが、こういった主観的要件は客観的事実から推認されるのが原則ですので本件でも否定することは難しいでしょう。営業秘密に該当するということだけでなく、いかなる理由があっても持ち出せば違法となり得ることを周知徹底することがコンプライアンス政策上重要であると言えるでしょう。

企業法務ナビよりお知らせ
本記事は、約3年22日前に投稿された記事です。法律を内容とする記事の特性上、その改正や他の特別法の施行、経過措置期間の経過、関連判例の出現などによって内容が古くなり、現在は誤りとなる可能性がありますので、ご注意下さい。
関連業務タグ:
関連法律タグ:
 
[著者情報] mhayashi

詳細情報はありません。

※記事コンテンツを掲載したい方は、コチラ

このニュースに関連するセミナー

企業 法務ニュース コンプライアンス 不正競争防止法
《名古屋会場》第109回MSサロン
2019年04月03日(水)
19:00 ~ 21:00
2,000円
名古屋市中区丸の内
講師情報
和田 圭介
略歴:
愛知県春日井市出身
愛知県立旭丘高校卒業
2004年 京都大学法学部卒業
2005年 弁護士登録(58期 第二東京弁護士会)
クリフォードチャンス法律事務所外国法共同事業入所
2008年 フランス系ラグジュアリーブランド日本支社(出向)
2010年 アメリカ、Duke University School of Law(法学部)LLM卒業
2010年 クリフォードチャンス香港オフィス(出向)
2011年 日系の大手財閥系総合商社のイギリス子会社の法務部(出向)
2013年 ニューヨーク州弁護士登録
2015年 IBS法律事務所開設(愛知県弁護士会に登録換え)
2017年 オリンピア法律事務所 パートナー
セミナー(60分)の後、交流会(60分)を行います。
今回のセミナー内容は、「基礎からわかる人工知能(AI)に関する法律問題」です。
申込・詳細はコチラ
企業 法務ニュース コンプライアンス 不正競争防止法
《札幌初開催》第111回MSサロン
2019年04月18日(木)
18:30 ~ 20:30
2,000円
札幌市中央区
講師情報
岡崎 拓也
平成13年3月 早稲田大学法学部卒業
平成13年10月 司法試験合格
平成15年10月 弁護士登録(56期/札幌弁護士会)
       田中敏滋法律事務所(現在「札幌英和法律事務所」)
平成23年7月 岡崎拓也法律事務所設立
平成23年9月 社会福祉法人北海道光生会・評議員(現在、評議員のみ現任)
平成25年11月 株式会社ホクリヨウ監査役(現任)
平成27年4月 札幌弁護士会常議員会副議長
平成27年6月 フルテック株式会社監査役
平成28年4月 札幌弁護士会副会長
平成28年6月 フルテック株式会社監査等委員取締役(現任)
セミナー(60分)の後、交流会(60分)を行います。
今回のセミナー内容は、「スタートライン企業法務」です。
申込・詳細はコチラ
企業 法務ニュース コンプライアンス 不正競争防止法
《東京開催》AIによる英文契約翻訳システム T4OO事例セミナー
2019年04月03日(水)
15:45 ~ 17:15
無料
東京都新宿区
講師情報
登島 和弘
サイネオス・ヘルス合同会社
アジア太平洋地域法務責任者

1961年神戸市生まれ
中央大学法学部法律学科卒
立命館大学法務研究科修了
スタンレー電気㈱総務部庶務課法務担当を皮切りに、日本AT&T㈱(米系)契約課長、松下冷機株式会社法務室主事、
セジデム株式会社(仏系)コーポレートサービス部統括部長・法務部長兼任等、を歴任し、現職。
*企業名は当時のまま。
※日本企業・外資系企業双方で通算30年以上の企業法務・国際法務の経験を有する現役の企業法務責任者です。
AIによる英文契約翻訳システム T4OOを導入している企業の法務担当者が講師を務め、実際の活用事例をご紹介いたします。
申込・詳細はコチラ
企業 法務ニュース コンプライアンス 不正競争防止法
《東京開催》少人数法務の為の企業法務研究会
2019年03月27日(水)
19:30 ~ 20:30
無料
東京都渋谷区
講師情報
舩山 達
株式会社フルスピード(東証二部上場)
法務・総務部 部長
慶応義塾大学法学部法律学科卒
大阪市立大学大学院法学研究科法曹養成専攻修了
従業員5人のベンチャー企業に就職。2回の転職を経て現職。
少人数やノウハウの蓄積のないために業務の進め方に不安を持っている法務担当者のための意見交換会です。
今回のテーマは「契約書レビューの手法」です。
詳細はコチラ (申込は、終了しています。)
※セミナー広告を掲載したい方は、コチラ

あわせて抑えておきたい関連記事

ペニオク詐欺の被告に判決、ステマは今後どうなるか... 事案の概要 「ペニーオークション」と呼ばれる、インターネット競売への入札者から、手数料をだまし取ったとして詐欺などの罪に問われた元会社役員鈴木隆介被告(30)に対する判決が24日、京都地裁であった。 起訴状によると、オークションサイトの運営トップだった被告は、部下の男3人と共謀し、ペニーオ...
不正車検で収賄容疑、みなし公務員への贈収賄について... はじめに 大阪府警は2日、不正に車検を通す見返りに現金を受け取ったとして収賄の疑いで、自動車整備会社「空港自動車工業」(大阪府池田市)の経営者、志賀直樹容疑者(46)と検査員2人を逮捕していたことがわかりました。一定の民間業者への贈収賄。今回は「みなし公務員」について見ていきます。 事件の概...
「営業秘密」の定義、明確化へ 事案の概要 経済産業省は9月30日有識者会合を開き、「営業秘密」の法的な定義を明確化し企業が「営業秘密」漏洩を訴えやすくする方針を固めた。 経産省は、従業員が秘密であると認識できる程度に客観的に管理がされていれば、営業秘密とみなす考えを提示しており、「営業秘密」の要件が緩和される可能性がある。...