佐世保食品卸会社での過労自殺で和解成立、精神疾患の労災認定要件について
2025/05/21 労務法務, コンプライアンス, 訴訟対応, 労働法全般

はじめに
長崎県佐世保市の食品卸会社に勤務していた男性が自殺したのは長時間労働が原因であるとして、遺族が会社に損害賠償を求めていた訴訟で5月19日までに和解が成立していたことがわかりました。
解決金の金額は非公開とのことです。今回は精神疾患の労災認定要件について見直していきます。
事案の概要
報道などによりますと、男性は2014年に長崎県佐世保市の食品卸会社に入社し、営業や配送、集金業務に従事していたものの、2017年3月に自殺し、その後、佐世保労働基準監督署が労災認定したといいます。
男性の母親は会社に対し損害賠償を求めて提訴。一審の長崎地方裁判所は「2014年12月頃に精神障害を発症し、前後2ヶ月の時間外労働は平均160時間を超え、自殺時も精神障害は継続していた」と認定した一方、自殺までに期間が開いていることから、自殺との因果関係は否定したとされています。
これに対し、二審の福岡高等裁判所は、精神障害と自殺との因果関係を認める見解を示していたということです。
労災と労災認定要件
労災とは一般に、労働者が労働中または通勤中に被った怪我や病気、死亡といった災害をいいます。作業中の転倒や機械の操作ミス、また機械等の不具合によって負傷する場合が典型例といえます。通勤途中の交通事故も同様です。
このような場合には労災保険法により各種補償給付を受けることができます。
労災認定される要件としては、以下の2つの要件を満たす必要があるとされます。
(1)業務遂行性
業務遂行性とは災害が業務中に発生したかということで、事業者の監督下にある場合も含まれます。たとえば、始業前や休憩中、就業後、また出張や社員旅行中なども該当することがあります。
(2)業務起因性
業務起因性とは、業務と災害との間に因果関係があることをいいます。業務遂行性が認められる場合は基本的に業務起因性も認められますが、休憩時間中に私用で負傷したといった場合は例外的に認められないことになります。
過労自殺の場合
それでは労働者が過労自殺した場合はどうでしょうか。
この場合、厳密には労働者が過労によって精神疾患を患い、それによって自殺をしてしまったことを意味し、過労死とはまた別の概念といえます。
そして、精神障害の場合の労災認定については、上述の要件とはまた別の基準によって判定されることとなります。
厚労省のHPによると、以下の3つが判断基準とされています。(1)から順に検討され、(3)まで全て認められると労災認定されることになります。
(1)認定基準の対象となる精神障害を発病していること
認定基準の対象となる精神障害は、国際疾病分類第5章「精神および行動の障害」に分類されるものとされていますが、具体的には統合失調症やうつ病、適応障害など精神疾病が典型例といえます。心身症は対象外とされています。
(2)認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6ヶ月の間に業務による強い心理的負荷が認められること
発病前6ヶ月における強い心理的負荷とは、標準的な一般労働者を基準に強い精神的負荷がかかるような出来事があったかが問われます。
心理的負荷は弱・中・強に分類され、生死に関わるような極度の負傷や他人を死亡させるような事故、また強姦や意思を抑圧して行われたわいせつ行為など「特別な出来事」がある場合は「強」となります。
ちなみに、特別な出来事が無い場合は総合的な評価が行われます。長時間労働がある場合は、発病直前1ヶ月でおおむね160時間以上の場合は特別な出来事と同視され、2ヶ月で120時間以上の場合は「強」と評価されます。
(3)業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
発病が業務以外の心理的負荷による場合や、本人の個性によって発病した場合は労災にはならないとされています。たとえば、離婚や親族の死亡・病気、借金など業務とは関係のない要因の場合が該当します。
コメント
本件で一審長崎地裁は、2014年12月頃には精神障害を発症しており、前後2ヶ月の時間外労働は平均160時間を超えていたと認定しました。厚労省の基準に照らす限り、発病直前の2ヶ月で連続しておおむね120時間以上の時間外労働は心理的負荷「強」と評価されます。
二審の福岡高裁では、精神障害と自殺との因果関係も認められ、和解が成立したとされています。会社側は「審理の長期化を避け、一定の補償により終結させることが妥当と判断した」としています。
以上のように、労災の中でも精神障害による場合は、その認定基準が特殊なものとなっています。特に長時間労働の場合は、発症前の数カ月間における時間外労働の長さが焦点となります。
時間外労働は現在、労基法によって厳しく制限されており、労災が認定される場合は労基法にも抵触している可能性が高いといえます。今一度、従業員の勤怠管理を見直しておくことが重要といえるでしょう。
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