練習中に倒れ、野球部員死亡 遺族が元監督などを提訴 ―岐阜地裁
2024/08/05   労務法務, 危機管理, 労働法全般

はじめに


2022年5月に岐阜協立大学の硬式野球部の男子部員(当時22歳)が部活の練習中に倒れ翌日死亡した事件で、「男子部員が死亡したのは、適切な応急処置を取らなかったから」だとして、7月18日、母親らが当時の監督・大学側・病院運営の医療法人などに対し、計約1億2216万円の損害賠償を求める訴訟を提起しました。

近年の猛暑により、日本全国で続出している熱中症。この熱中症は労災の対象となっており、従業員が熱中症で倒れた場合、事業者は、労働契約法第5条に定める安全配慮義務違反に問われるおそれがあります。そのため、熱中症対策は、学校のみならず、事業者にとっても他人事ではありません。

 

倒れた40分後に病院到着もコロナ陽性で転院


報道などによりますと、2022年5月14日、野球部に所属していた当時22歳の男子部員は、当日、野球の練習中だったといいます。元監督の指示で野球部員30人がグラウンドに集まり、午前10時20分ごろからランニングを開始しました。1時間ほど走り続けた後、男子部員は倒れたということです。水分補給をしようとしたものの、男子部員は嘔吐を繰り返し、その後意識を失いました。
トレーナーらからは「救急車の搬送を要請すべき」という進言があったものの、元監督らは男子部員を自家用車で医療法人徳洲会大垣徳洲会病院へ搬送しました。ちなみに、病院に到着した時点で、倒れてからすでに約40分が経過していたといいます。

病院は、すぐに男子部員に入院のためのPCR検査を実施。しかし新型コロナウイルス陽性の反応が確認されたため、コロナ患者の対応が可能な別の病院に転院して治療を受けることに。しかし、転院後も体温が40度前後の状態が続き、翌日15日に死亡したということです。

大学側は2022年5月26日に記者会見を開きました。学長は、救急車で搬送しなかった理由について、「(現場で)『救急車』という声が上がったが、部車で病院に運ぼうとなった。その認識は間違っていた」とコメントしました。

既に事故当時の野球部監督らは解任され、新たな監督を外部から選任したということです。
また、大学側は事故後の対応として、弁護士とスポーツ指導を専門とする外部有識者で構成された調査委員会を設置し検証を行っているといいます。

 

遺族が元監督らを提訴


これに対し、遺族側は「男子部員が亡くなったのは元監督や大学などが適切な対応をしなかったからだ」として提訴に踏み切りました。

医師の鑑定に基づいて、男子部員の死因は熱中症であるとした上で、「元監督は終了時間を決めずに長時間のランニングを指示していたが、そのような練習を課した場合に熱中症を発症する可能性を十分に予見できたはず」と主張しています。

また、大学側との事前の交渉では、大学側は、元監督の指示と男子部員の死亡との因果関係に否定的な見解を示していたとされていますが、

・男子部員が倒れた時点で重度の熱中症だったにも関わらず、元監督は救急車の出動についての進言を聞き入れなかった点
・さらに倒れてからも、体を冷やすなどの応急処置を怠った点

などから、因果関係の成立を主張しています。

さらに、遺族側は、元監督や大学に加えて、搬送先の2つの病院に対しても、「適切な診断や治療を怠った」として、あわせて約1億2216万円の損害賠償を求める訴訟を岐阜地方裁判所に提起しています。

 

熱中症と安全配慮義務違反


今回のケースは、学生が部活中に熱中症となった事案ですが、仕事中に労働者が熱中症となった場合、労働契約法第5条の安全配慮義務違反に問われるおそれがあります。

安全配慮義務違反と判断される基準として以下の3つのポイントが挙げられます。

(1)事業者側において、熱中症の発生に対する予見可能性・結果回避可能性があったこと
(2)事業者側の対応と熱中症との間に因果関係があること
(3)熱中症の発生に対して、労働者本人に過失がないこと

特に、(1)の予見可能性などを検討する際、厚生労働省が活用を通達しているWBGT値(暑さ指数)などが参考にするとよいでしょう。

また、同じく厚生労働省が通達している熱中症予防対策を丁寧に施しておくことで、熱中症という結果の発生自体のリスクを下げることができます。

【参考】職場における熱中症予防対策マニュアル(厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課)

 

コメント

2024年も猛暑が続き、厳しい夏になっています。特に、屋外で仕事をする営業担当者、建設工事の現場担当者などは強い日差しにさらされ、熱中症の危険が高まっています。労働基準法施行規則第35条別表1の2に定められた「労災が対象とする疾病」の中には熱中症も規定されています。

厚生労働省によりますと、2023年には1000人以上が職場で熱中症となり死亡するなどしているということです。この数は2019年以降では最も多くなっています。特に建設業、製造業で頻繁に発生していることがわかっています。

仮に業務中に従業員が死亡した場合、その原因が熱中症と認定されると企業は安全配慮義務違反を問われる可能性があります。実際に、企業の安全配慮義務違反が認められた裁判例もあります(大阪高裁 平成28年1月21日判決)。

手遅れになると命に関わるという強い危機感を持って、備え・対応することが重要と言えます。

 

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