発達障害を理由に退職強要、元職員が日本年金機構を提訴
2024/01/17   労務法務, 訴訟対応, 労働法全般

はじめに


発達障害を理由に退職強要を受けたなどとして、1月12日、元職員の男性が日本年金機構に対し損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に提起しました。

事案の概要


報道などによりますと、元職員の男性は30代で、2018年に日本年金機構に正規職員として採用され、都内で電話対応などを担当していたといいます。入社翌年、男性は別部署に異動となりますが、新しい部署でのデータ入力等の業務に不慣れだったことなどから、上司から机を叩きながら大声で叱責されるようになったということです。

こうした上司からのパワーハラスメントにより、男性は適応障害を発症し、2020年1月に休職を余儀なくされます(2022年5月に三鷹労働基準監督署が労災に認定)。その後、病院などの診断で発達障害の注意欠陥多動性障害(ADHD)であることが判明します。

診断結果を受け、同年10月、男性は年金機構本部の担当者との面談の中で、自身が発達障害である旨を伝えますが、これに対し担当者は、「そういうことであれば、働ける場所はない」「適応障害が治癒しても、退職するほかない」などと発言。面談後には、退職手続きの書類が送付されてきたということです。

さらに、担当者からは退職理由について、「ADHDで通院治療中だが、現状では復帰が困難なため」などと書くよう指示されたといいます。男性は最終的に、指示された内容を記載した書類を提出。同年12月末に退職しています。

このような経緯から、今年1月12日、男性は「発達障害の注意欠陥多動性障害(ADHD)だと判明後、退職を強要された」として、日本年金機構に対し約1200万円の損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に提起しました。

男性側は、退職書類にサインした理由について、「就労可能な仕事がないと誤解し、退職した」としていて、当時の退職勧奨は、障害者に対する差別禁止を定めた障害者雇用促進法に違反しているほか、労働契約法上の“安全配慮義務”にも違反していると主張しています。


障害者雇用促進法が定める障害者差別の禁止


2016年に施行された改正障害者雇用促進法第34条・第35条では、雇用において障害者を差別することを禁止しています。厚生労働省が発表した「障害者差別禁止指針」では、差別の具体的な内容として以下を挙げています。

(1)募集や採用
障害者であるという理由で、募集や採用の対象から障害者を排除すること

(2)賃金
障害者に対してのみ、賃金の支払いで不利な条件を適用すること

(3)配置
障害者に対してのみ、一定の職務への配置に不利な条件を付すこと

(4)昇進
障害者であるという理由で、一定の役職への昇進対象から排除すること

(5)雇用形態の変更
障害者に対してのみ、雇用形態の変更に不利な条件を付すこと

(6)退職の推奨
障害者であるという理由で、障害者に退職を推奨すること

(7)福利厚生
障害者に対してのみ、福利厚生の措置の実施に不利な条件を付すこと

このように、改正障害者雇用促進法および障害者差別禁止指針により、障害者であることを理由とした退職の推奨は禁じられています。


障害者雇用促進法が求める「合理的配慮」


障害者雇用促進法第36条の2ないし4では、全ての事業主に対し、障害者が働くにあたり、過重な負担にならない範囲で合理的配慮を提供するよう義務づけています。
「合理的配慮」とは、具体的には、従業員が障害者であると事業主が認識している場合に、当該従業員の業務遂行が困難になっている原因を確認し、業務遂行がしやすくなる環境を整備することをいいます。

そのため、従業員が障害者であることを知った場合には、
(1)当該従業員に対し、希望する合理的配慮のヒアリング
(2)実現可否の検討
(3)合理的配慮の実施(実施が難しい場合には、難しい理由を説明すると共に、代替案を検討)

という流れをとる必要があります。


過去には女性社員がセールスフォースを提訴した事例も


こうした「合理的配慮」が受けられなかったとして、発達障害と診断された社員が、会社を提訴したケースがあります。
代表的な例は、大手IT企業 セールスフォースの女性社員が2021年7月に地位確認や慰謝料などの支払いを求めて提訴した事例です。

原告の女性は、38歳の時に発達障害の一種であるASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠陥多動症候群)の混合と診断されていました。その後、2018年11月に、障害者枠でIT企業大手の株式会社セールスフォース・ジャパンに契約社員として入社します。

入社後は、ウェブマーケティング業務を中心に仕事をこなしていましたが、女性が障害特性に対する合理的配慮を求めた際、上司からは「障害者に見えない」などと言われ、配慮をしてもらえなかったといいます。

女性はこの他にも、業務改善を求めて会社に相談していましたが、会社は女性に我慢を強いるのみで対応を行わなかったとのことです。
その結果、女性は社内で過呼吸を起こして倒れ、二次障害であるうつ病が増悪し休職に至ったといいます。

女性は体調回復を待って復職を希望しましたが、会社は女性に対し「雇止め通知書」を送付。退職願の提出を求めてきたということです。
これを受けて、女性は地位確認や慰謝料440万円などを求めて東京地方裁判所に提訴。2023年9月22日に和解しています。


コメント


2016年に厚生労働省が行った調査では、医師から発達障害と診断を受けた人が国内に約48.1万人いると推計される結果が出たといいます。また、2000年代後半に「大人の発達障害」という言葉が広まったことに伴い、成人後に発達障害と診断される人も増えているといわれます。

こうしたことから、今後、企業が発達障害と診断された人を雇用する場面は増えると予想されます。
一方で、職場で発達障害への理解を十分に得られないことで、うつ病などの二次障害を発症する例も少なくないといいます。

・発達障害と診断された従業員と向き合ううえで、どのような点に配慮すべきか。
・従業員から発達障害と伝えられたときに、どのような手順で合理的配慮を決定するのか。

今のうちから、整理しておく必要がありそうです。

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