個人事業主のアマゾン配達員に労災認定/労働者性の判断について
2023/10/06   労務法務, コンプライアンス, 下請法, 労働法全般, 物流

はじめに


ネット通販「アマゾン」の配達を行なっていた個人事業主の男性運転手が仕事中に負った怪我が横須賀労働基準監督署より“労働災害”と認定されました。個人事業主の配達員が怪我で労災認定されたのは初めてとみられています。

今後、個人事業主を活用する他の企業への影響も予想される、今回の横須賀労基署の認定。個人事業主の労働者性の判断について見ていきます。

 

個人事業主の配達員、労災認定


報道などによりますと、ECサイト「アマゾン」の荷物を配達する仕事をしていた60代男性は、昨年9月、仕事中に腰の骨を折る重傷を負い、約2ヶ月間の休業を余儀なくされました。怪我をした当時は、夜間で霧雨が降っており、男性は荷物を個人宅に配達する途中で、外階段の2階部分から足を滑らせて転落したといいます。

男性は個人事業主で、アマゾンの荷物を運搬する運送会社との間で業務委託契約を締結し、配達業務を受託していました。

個人事業主は、業務を行うにあたり時間的拘束を受けない点が、雇用されている従業員などの“労働者”との大きな違いとされています。それもあり、原則、個人事業主は、労働関係法令で保護される“労働者”としては扱われません。そのため、いわゆる労災について定める労働者災害補償保険法の適用対象外となっており、自主的に労災保険に加入していない限り休業補償等を受けられないことになります。

上述のように、男性はアマゾンと直接の契約関係はありませんでしたが、アマゾンの荷物を配達する配達員は、業務の受託前にアマゾンから指定された専用アプリの利用契約を締結せねばならず、アプリの利用権限を付与されて初めてアマゾンの仕事ができるようになるといいます。
このアプリでは、配達する荷物の個数・配達場所などの指示が行われ、さらに、配達員側はアプリを通じて配達完了報告や勤務データの入力を行うといいます。

男性も、このアプリで商品の配達先などを確認し、アマゾン側が定めた週60時間の労働時間を超過しないよう配慮しながら勤務していました。

こうした実状を踏まえ、男性は、「アマゾンから業務遂行上の指揮監督を受け、時間的な拘束も受けていた」として、従業員と同等の労災が認められるべきと主張。昨年冬に横須賀労基署に労災申請していました。

横須賀労基署は、9月26日、男性の労働者性を認め労災認定。国による50日分の休業補償が決まったといいます。

横須賀労基署による詳細な認定理由は現時点で明らかにされていませんが、男性側の弁護団は「アマゾン提供のアプリから配達指示が出ていたことが重視された」とみているとのことです。

 

広がる個人事業主・フリーランスの活用


配達員に限らず、エンジニア、美容師、医療分野など幅広い職種において、企業が個人事業主やフリーランスを活用するケースが増加しています。一方で、個人事業主・フリーランスの中には、働き方の実態として、事実上、雇用されている従業員と変わらない働き方を強いられている例も少なくないといいます。

しかし、個人事業主やフリーランスであっても、労働基準法における「労働者」と認められれば、労働基準法の労働時間や賃金などに関するルールが適用されるほか、労働安全衛生法、労働契約法なども適用されることになります。

労働者性の認定は、各種要素を総合的に考慮して判断されますが、以下の状況があると、労働者として認められやすくなるといいます。

・評価、研修制度がある
・マニュアル等により作業手順や心構えや接客態度等が指示されている
・報酬を業務時間に基づいて算出している
・制服の着用/身分証の携行が求められる

フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(内閣官房 公正取引委員会 中小企業庁 厚生労働省)

過去には、業務委託契約を締結して就労していた英会話学校講師が労働基準法上の「労働者」に当たると判断されたケースがあります(NOVA 事件・名古屋⾼判令和 2・10・23 労判 1237 号 18 ⾴)。その際に重視された要素は以下のとおりでした。

①レッスンに対する委託講師の裁量性が⼩さく、空き時間に社内業務をさせていたなどの業務遂⾏上の指揮監督が認められる
②レッスン実施の諾否の⾃由がない
③勤務場所・ 時間の拘束があった
④報酬に労務対償性がある
⑤雇用された講師と同様の服装指示・指導があった

一方で、個人事業主として、運送業務を担っていたトラック運転手の労働者性が否定された最高裁判例もあります(最高裁第一小法廷平成8年11月28日判決)。
この事例では、個人事業主として製品の運送業務を担っていたトラック運転⼿が、倉庫内での運送品積み込み作業中に負傷し労災申請を行いましたが、以下の点が考慮され、運転手の労働者性が否定されています。

①トラックを自身で所有し、自己の危険と計算の下に運送業務に従事していた
②発注元の会社は運送先や納⼊時刻の指⽰以外には業務の指揮監督を⾏っていたとはいえない。
③時間的、場所的な拘束も⼀般の従業員に比べて緩やかだった

労働者概念 ——労働者性の問題例,その判断ポイント——(厚生労働省)

このように、個人事業主の「労働者性」については、様々な要素が加味されて判断されることになるため、自社で活用している個人事業主が、どの程度、労働者性を肯定する要素を満たしているか、個別に精査する必要があります。

 

コメント


テクノロジーの発展により、企業は、時間・場所の制約を受けない「対面によらない労働者管理」が可能となりました。それらは、リモートワークの浸透などポジティブな側面も見せる一方、対面によらずに個人事業主へのコントロールを強めることを可能にし、個人事業主を事実上の労働者として使用する流れを生んでいる面もあります。

アマゾン配達員については、その過酷な労働環境が問題となっており、「いつか体を壊したり、事故を起こすのではないか」「配達すべき荷物が非常に多く、早く配り終えるためにトイレにすら行けない」といった声も上がっています。

一方、物流・運送業界においては働き方改革法案により、雇用されているドライバーの労働時間に上限が課されることになっており、長距離輸送の困難、物流・運送業界の売上減少、トラックドライバーの収入の減少などの問題(いわゆる「2024年問題」)が生じるのではとささやかれています。そのため、これらの業界において、個人事業主の活用が一層増加すると予想されています。

そんな中で行われた横須賀労基署による労災認定。その影響がどこまで及ぶのか、法務としても注視していく必要があります。

 

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