一審で訴え却下の選手村マンション訴訟、東京高裁が審理差し戻し
2023/08/25   契約法務, 不動産法務, 訴訟対応, 民法・商法, 民事訴訟法, 住宅・不動産

はじめに

東京オリンピックの選手村跡地に建設された分譲マンション「晴海フラッグ」をめぐる裁判。大会が延期されたことで、部屋の引き渡しが遅れているとして、マンション購入者らが不動産会社等に損害賠償を求めた裁判で、8月23日、東京高等裁判所は、原告の訴えを却下した1審判決を取り消し、東京地方裁判所での審理やり直しを命じました。

 

訴訟の概要


東京オリンピック・パラリンピックで選手村として使われた分譲マンション「晴海フラッグ」。2023年3月27日にマンション購入者に引き渡し予定でしたが、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を理由とする大会開催の遅延により、購入者への引き渡しが約1年遅れることとなりました。これを受けて、マンション購入者28名が売り主の不動産会社など10社に対し、履行遅滞を理由に、入居までの間に発生する家賃などの賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に提起していました。

裁判では、元々合意していた引き渡し予定日が「2023年3月27日」と、訴訟時点でいまだ到来していない日付であったことから、原告らにおいて“将来の給付を求める訴え”を提起する適格があるか否かが主に争われました。

これに対し、東京地方裁判所は、2022年12月の判決にて、「“将来の給付を求める訴え”は、あらかじめその請求をする必要があるときに限り提起可能である(民事訴訟法第135条)」と前置きしつつ、

既に権利発生の基礎をなす事実関係及び法律関係が存在し、ただこれに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証し得る別の一定の事実の発生にかかっているにすぎない期限付債権や条件付債権のほか、
将来発生すべき債権についても、その基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測されるとともに、上記債権の発生・消滅及びその内容につき債務者に有利な将来における事情の変動があらかじめ明確に予測し得る事由に限られ、しかもこれについて請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ強制執行を阻止し得るという負担を債務者に課しても、当事者間の衡平を害することがなく、格別不当とはいえない場合には、これにつき将来の給付を求める訴えを提起することができるものと解するのが相当である((最高裁昭和51年(オ)第395号同昭和56年12月16日大法廷判15 決・民集35巻10号1369頁、最高裁昭和59年(オ)第1293号同昭和63年3月31日第一小法廷判決・裁判集民事153号627頁参照))。


と述べました。そのうえで、今回の訴訟では、原告が主張する損害の基礎となる事実関係がいまだ存在・確定しておらず、将来の給付の訴えを提起することのできる請求として適格を有しないとし、訴えを却下しました。

工期の変更に伴う作業人員や資材の手配の具体的可能性を踏まえた今後の上記新築工事の進捗や、検査済証の取得、工事完了の公告等、施設建築物に係る登記手続等の事務処理に要する日数、負担等の将来発生する事情も少なからず影響し得るものと解されるから、将来発生すべき債権である原告らの各請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在しているものとは認められない。
 
〜中略〜
 
(原告らは)当初引渡予定日に本件各物件に入居できなかったことによって発生すべき精神的苦痛に係る慰謝料を請求するところ、財産的給付の履行遅滞に基づく慰謝料は、履行遅滞が生じれば直ちに遅滞期間に応じて比例的に認められるものではなく、その存否及び額は、現実の遅滞期間の長短に加え、その間の当該原告らの生活状況、当該原告らと被告らとの折衝状況等の将来発生する事情をも踏まえて、財産的損害を填補してもなお填補することができない精神的苦痛の有無及び程度を検討する必要があると解されるから、この点においても、将来発生すべき債権である原告らの各請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在しているものとは認められない。


東京地裁 令和4年12月15日判決より引用(網掛け部分)
 

しかし、東京高等裁判所は、現時点でマンションの引き渡し予定日であった2023年3月27日が到来し損害が発生し始めていることから、「一審判決はもはや相当ではない」とし、原告側が求めている当初の引き渡し予定日から現在の引き渡し予定日(2024年1月)までに生じる損害についても、裁判所で「おおむね予測可能」などとして、将来の給付を求める訴えとして成立するとの見解を示しました。

 

将来の給付の訴え


将来の給付の訴えとは、口頭弁論終結時後に履行期が到来する給付請求権をあらかじめ主張する訴えのことです。民事訴訟法135条にて、「将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる。」と定められています。

「将来給付の訴え」は可能になるのは、以下の条件が揃った時とされています。
(1)すでに法律関係があり、その継続が予測される。
(2)債務者に有利な影響を生じる事情変動があらかじめ明確に予測される。
(3)この事情変動について、債務者側が「請求異議の訴え」によってその発生を証明することでしか執行を阻止できないという負担を債務者に課しても特に不当と言えないこと

将来の給付が争点となった裁判として、自衛隊の厚木海軍飛行場をめぐり国と住人が争った裁判があります。

■最高裁 平成28年12月8日 判決
厚木飛行場周辺に居住する住人らが、基地に離着陸するアメリカ海軍、自衛隊の航空機の発する騒音等により精神的・身体的損害を被っているとして、人格権に基づく離着陸等の差し止め及び音量規制を請求するとともに、国家賠償法2条1項に基づく損害賠償(将来発生すべき損害を含む)を請求したものです。

二審の東京高等裁判所は、厚木飛行場周辺の航空機騒音の発生継続の可能性が高いこと、将来、住人らにとって有利な事情変動が生じた場合でも、事情変動の立証負担を国が負うことが特に不当といえないことなどを指摘し、将来の給付部分について認容する判決を下しました。

しかし、最高裁判所は、「たとえ同一態様の行為の継続が予測される場合でも、損害賠償請求権の成否及び損害額をあらかじめ一義的に明確に認定することはできない」とし、航空機騒音による将来分の損害賠償請求権は、将来それが具体的に成立した時点での事実関係に基づき成否及び損害額を判断すべきもので、その成立要件の具備については請求者(住人)が立証責任を負うべき性質を持つとして、将来の給付の訴えを提起する適格を有しないと判断しました。

 

コメント


一審とは打って変わって、“将来の給付の訴え”として成立すると判断された二審判決。原告側代理人も「画期的な判決」と述べている一方で、これまでにも高等裁判所で、将来給付の訴えが認められた後、最高裁判所でひっくり返されるケースが見られます。
オリンピック・パラリンピックの1年間の開催延期という史上類を見ない事態により生じた今回の紛争。その裁判の行方から今後も目が離せません。
 

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