山口県阿武町が4630万円給付ミス、誤振込の法的問題について
2022/05/17 民法・商法, 刑事法

はじめに
山口県阿武町が新型コロナウイルス対策関連の給付金を誤って1世帯に4630万円を振り込んだ問題で、町が返還を拒んでいる世帯主を相手取り返還を求め提訴していたことがわかりました。男性は所在不明となっているとのことです。今回は誤振込された預金の法的問題について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、山口県阿武町は住民税非課税の世帯を対象として、新型コロナウイルスで生活に困窮する世帯に対し国の給付金を交付する支援事業を行っていたとされます。その際、町の職員が誤って1世帯だけが記載された振込依頼書を銀行に渡したことにより463世帯分の給付金4630万円が4月にこの1世帯に振り込まれてしまったとのことです。町は受け取った世帯主の男性に繰り返し返還を求めていましたが、男性側は「別口座に動かし、もう元に戻せない。」などとして拒否しているとされます。町は弁護士費用など含め計5116万円の支払いを求め、山口地裁萩支部に提訴しました。
誤振込と民事責任
本来の振込先ではなく、別の口座に誤って振り込まれてしまった場合、をの誤振込金はどうなるのでしょうか。その口座名義人は誤振込金を引き出せるのか、そもそも振込自体が無効であり預金債権自体発生しないのでしょうか。この点について最高裁は、振込の原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金相当の預金契約が成立し、受取人は銀行に対して預金債権を取得するとしております。ただし、誤振込の振込依頼人は受取人に対して不当利得返還請求権を有するとしております(最判平成8年4月26日)。つまり民事法的には誤振込された金銭を引き出したり、振替えたりすることも可能ではあるものの、不当利得返還請求がなされるということです。不当利得とは、法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失をおよぼした者が返還すべき利益を言います(民法703条)。
誤振込と刑事責任
それでは誤振込された預金を引き出す行為は刑事法上どのような問題が生じるのでしょうか。上記のように民事判例上は誤振込された預金であっても、受取人は預金債権を取得するとしております。そのため誤振込金を引き出してもなんら犯罪には当たらないようにも思われます。しかし刑事判例では、誤振込を受けた受取人は、自己の口座に誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があるとしており、誤った振込があることを知った受取人が、その事実を秘して預金の払い戻しを請求することは詐欺罪の欺罔行為に当たり、そのまま払戻しを受けた場合は1項詐欺罪が成立するとしております(最決平成15年3月12日)。刑法246条1項では、「人を欺いて財物を交付させた者は10年以下の懲役に処する」としております。
その他の刑事責任
誤振込金を銀行窓口で引き出した場合は、窓口の人に対する欺罔行為として詐欺罪が成立しますが、ATMを使用して引き出した場合は窃盗罪が成立すると言われております。ATM機は人ではないことから、欺罔行為を行う対象が存在しないためです。刑法235条では「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」とされております。窃取とは占有者の意思に反する占有移転を言うとされます。つまりATM管理者である銀行の意思に反する引き出しということです。なお誤振込であると気づかずに引き出した場合は窃盗罪の故意が無いとされますが、一般的に普段よりも多額の預金を引き出せば知らなかったとは言いにくいとされます。またATMを使って振替をした場合は電子計算機使用詐欺罪が成立する可能性があると言われております(246条の2)。
コメント
本件では町の職員の過失によって463世帯分の給付金が1世帯に全額振り込まれてしまったとされます。詳細は不明ですが町の説得にもかかわらず受取人の世帯主は全額別口座に振替ないし引出してしまったとされます。町は不当利得返還を求め提訴しております。また誤振込であると知った上で行った振替は電子計算機使用詐欺罪に、引出した行為は詐欺罪や窃盗罪に該当する可能性があり、今後町によって刑事告訴されることもあり得ると考えられます。以上のようにまちがった口座に振り込まれてしまった場合は不当利得返還請求ができ、また別途刑事責任も発生することがあります。誤って別人の口座に振り込んでしまった場合には速やかに銀行や受取人に事情を説明した上、返還を求める対応を講じていくことが重要と言えるでしょう。
関連コンテンツ
新着情報
- 弁護士
- 水守 真由弁護士
- 弁護士法人かなめ
- 〒530-0047
大阪府大阪市北区西天満4丁目1−15 西天満内藤ビル 602号

- ニュース
- 1000円着服で懲戒免職に退職金1,200万円不支給、最高裁は「適法」と判断2025.4.22
- 運賃1,000円を着服したなどとして懲戒免職となった京都市営バスの元運転手の男性。男性は退職金...

- セミナー
登島和弘 氏(新企業法務倶楽部 代表取締役…企業法務歴33年)
- 登島さんとぶっちゃけトーク!法務懇談会 ~第15回~
- 終了
- 2025/04/23
- 19:00~21:00
- 弁護士
- 髙瀬 政徳弁護士
- オリンピア法律事務所
- 〒460-0002
愛知県名古屋市中区丸の内一丁目17番19号 キリックス丸の内ビル5階

- 解説動画
奥村友宏 氏(LegalOn Technologies 執行役員、法務開発責任者、弁護士)
登島和弘 氏(新企業法務倶楽部 代表取締役…企業法務歴33年)
潮崎明憲 氏(株式会社パソナ 法務専門キャリアアドバイザー)
- [アーカイブ]”法務キャリア”の明暗を分ける!5年後に向けて必要なスキル・マインド・経験
- 終了
- 視聴時間1時間27分

- 業務効率化
- Mercator® by Citco公式資料ダウンロード

- 業務効率化
- Hubble公式資料ダウンロード

- まとめ
- 株主提案の手続きと対応 まとめ2024.4.10
- 今年もまもなく定時株主総会の季節がやってきます。多くの企業にとってこの定時株主総会を問題無く無...

- 解説動画
江嵜 宗利弁護士
- 【無料】新たなステージに入ったNFTビジネス ~Web3.0の最新動向と法的論点の解説~
- 終了
- 視聴時間1時間15分