ブラック法案によろしく?
2015/08/08 労務法務, 労働法全般, その他

【内容】
「残業代ゼロ法案」としてマスコミによる大々的な報道がされているのは、「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)の創設」(労働基準法等の一部を改正する法律案要綱の六 参照)という項目であり、その内容は下記のようなものになります。
職務の範囲が明確で一定の年収(少なくとも1,000万円以上)を有する労働者が、高度の専門的知識を必要とする等の業務に従事する場合に、健康確保措置等を講じること、本人の同意や委員会の決議等を要件として、労働時間、休日、深夜の割増賃金等の規定を適用除外とする。
上記の内容からすると、割増賃金等(残業代)の規定が適用除外となるのは、高度な専門的知識を必要とする業務に従事する高額年収の労働者のみであり、対象者は一部の労働者に限定されています。それでは、なぜこの法案が問題視されているのでしょうか?この法案の問題点を検討してみたいと思います。
【法案の問題点】
①残業代が無くなれば、残業時間は無くなる?
残業自体は無くならない可能性が高いと思います。
残業代が無くなれば無駄な残業をすることが無くなる、という意見があります。たしかに、残業代が無くなれば仕事もないのに残業する人を減らすことができると思います。しかし、そもそも残業代が出ようが出まいが業務の量自体は減りません。また、企業によっては残業するのは当たり前であり早く帰るのは仕事をしていないとみなされるという風潮もあります。そのため、元々残業を長時間強いられている人にとって残業時間が減る要素はあまり無く、企業がどれだけ労働者を残業させても単にそれが適法となるだけとなります。
②法案の対象者は高額年収者のみ?
現段階では高額年収者のみを対象としていますが、今後対象は広がる可能性もあります。
「残業代ゼロ法案」の対象者は,今のところ年収1075万円以上の人を想定しているようです。しかし、対象者は後から拡大されていく可能性があります。たとえば、派遣法も最初は対象者を限定していたものの、徐々に対象を広げました。「残業代ゼロ法案」は派遣法と同様に企業側にとって有利な法案であるため、同様に対象者が拡大される可能性は十分考えられます。また、「残業代ゼロ法案」では適用対象者の拡大を主任大臣の定める省令によって行うことが想定されています。省令は法律ではないため国会を通す必要がなく、対象の拡大は法律の改正よりも容易に行えます。つまり、省令によって徐々に対象が拡大されていく可能性が考えられます。
なお、「残業代ゼロ法案」ではこの省令で定める額について「平均年収の3倍を相当程度上回る」ことが要求されています。しかし、倍数で決められている以上、たとえば、「平均年収の2倍を相当程度上回る」というように法改正されれば一気に対象者が広がります。穿った見方をすれば、この条文は改正によって対象者を広げやすい書き方であると考えることもできます。
③残業代が無くなれば、成果主義になって自分の成果が正当に評価されるようになる?
成果主義になるわけではありません。
「残業代ゼロ法案」が成立すれば、成果主義になるという報道が多くされています。もっとも、「残業代ゼロ法案」が成立しても成果主義自体が義務付けられるわけではありません(法案に明文はありません)。従来と同様に固定給が維持されれば単に残業代がカットされるだけになります。そして、企業の多くは人的コストを削減したいと考えるため、単に残業代がカットされるだけになる可能性は高いと考えられます。また、そもそも成果というものを客観的に算定することは難しく、全ての会社が平等な算定基準を設けているわけではないため、成果主義になったからといって必ずしも現状より自分の成果が正当に評価されるとは限らないと思います。
④残業代が無くなれば、早く帰れる?
残業代が無くなり、形式的には成果主義の形をとることになっても成果を出さないと帰ってはいけないという風潮になる可能性が出てきます。元々違法なサービス残業を強いてきた企業では労働者を拘束しても合法になるため、かえって残業時間が長くなり早く帰れなくなる可能性もあると思います。
【コメント】
「残業代ゼロ法案」は、残業代を支払わずに労働者を長時間残業させることを可能にする法案であるため、基本的に労働者を雇う企業側にとって大きなメリットのある改正案になります。もっとも、「残業代ゼロ法案」が成立したからといって直ちに全ての企業が対象者に対して残業代を出さなくなるということはないと考えられます。
なぜならば、現在は企業の就業実態などがネット上で掲載されることが多いため、企業イメージを保ちたい企業の場合は残業代を支給することで健全な企業であることをアピールすることが考えられるからです。
一方、元々労働環境においてブラックな企業であれば、法改正後は長時間の残業をさせても違法なサービス残業にはならなくなるため、企業イメージを多少損なうことになっても長時間の残業をさらに強いることも考えられます。
長時間の残業は過労死や過労自死などにもつながっており、抑制する必要があります。そして、残業代の支払は企業による長時間の残業を抑制するもっとも効果的なブレーキになるはずです。そうであれば、残業代というブレーキを無くす方向へと法改正するのではなく、そもそも残業そのものがなくなるような制度作りを行う必要があるのではないでしょうか。
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