ゼロから始める企業法務(第 3 回)/契約法務に要求される「多面的な視点」
2021/11/03   契約法務

皆様、こんにちは!堀切です。
これから企業法務を目指す皆様、念願かなって企業法務として新たな一歩を踏み出す皆様が、法務パーソンとして上々のスタートダッシュを切るための「ノウハウ」と「ツール」をお伝えできればと思っています。今回は契約業務を少し深掘りし、契約書を起案、審査する際に重要な、「多面的な視点」についてお話いたします。

 

契約書からの「気づき」をフィードバックすることの重要性


契約書の起案、審査業務においては、ビジネスの実態を反映し、法的にも妥当な契約書を仕上げれば、法務としての役割は一応果たしたことになります。が、それだけだと私たちは単なる契約書担当者であり、それ以上の価値を会社に提供することができません。
前回記事にしたとおり、契約書はビジネスに関する約束事の集合体であり、ビジネスを行ううえで重要な情報の多くが契約書の中に記載されています。私たち法務パーソンは、日々の契約書起案、審査業務を行う中で、契約書に記載された情報から重要な「気づき」を得ることがあります。
その気づきを迅速、的確に、適切な部署にフィードバックすることで、私たちは、単なる契約書担当者から、会社における重要な事実を知り、理解し、伝えることができるキーパーソンとして、より多くの価値を会社に提供すると共に、自らの存在価値も高めることができるのです。その為には「多面的な視点」を持って契約書に対峙する姿勢が重要です。
具体的には、以下の視点を持って日々の契約書起案、審査業務を行うと良いと思います。

 

●「会計・税務・ファイナンス」の視点


契約書で「ビジネス」「法律」と並ぶ重要な条件は、経済条件等のお金に関する条項です。
ここが適切でない場合は、契約締結後に、会計/税務的な問題でビジネスが立ち行かなくなることもありますので、少しでも「あれ?」と思うような取引条件がある場合は、問題ないか経理に確認した方が良いです。例えば、仕入と売りが同額の条件が記載されていた場合は、売上が立たないので妥当な利益を乗せる様、提案する必要があったり、製品/役務に対する対価が不自然に高い、または低い場合は、税務上の問題が生じないか気にしたり、等です。
また、売上のネット計上(手数料ビジネス)とグロス計上(仕入販売)の、立付の違いも理解して置いた方が良いです。ビジネスサイドではグロスで売上を計上したかったのに、契約書の立付と実態が手数料ビジネスになっていると、ネット計上になってしまうかもしれません。法務担当者が、事前にビジネスサイドにグロス計上に必要な要件を伝えていれば、このようなトラブルを未然に防ぐことができるのです。
余談ですが、法務は契約書を「権利義務」の観点で捉えますが、経理は「取引(製品/役務と対価)」の観点で捉えます。余裕があれば3級でいいので、簿記の勉強をすると、経理の方々とのコミュニケーションの助けにもなり、良いと思います。また、大げさに「ファイナンス」と書きましたが、要は会社のキャッシュフローについても、気にすると良いです。例えば、委託先からの入金サイトが、再委託先への支払いサイトより長い場合は、一時的に会社の持ち出しが発生してしまいます。
支払サイトについては下請法を遵守しつつ、「払いは遅く、貰いは早く」がビジネスの基本です。この場合は、入金サイトを支払いサイトに合わせて早めるよう、ビジネスサイドに提案すると良いと思います。

 

●「ガバナンス」の視点


ビジネスを、会社の適切な機関決定を得たうえで進めるための、「ガバナンス」の視点も重要です。例えば金額規模の大きな開発案件に関する契約を起案・審査する場合は、多額の資金を投下するのだから、要件を満たす成果物が納品されるよう、条文上の手当てを充実させることはもちろん、「この金額だと決裁機関はどこになるか」を気にする必要があります。
決裁機関が取締役会であった場合は、契約締結前に取締役会決議が必要である旨と、月次の定時取締役会の日程を、ビジネスサイドに早めに伝えてあげると良いです。こうすることで、担当者は定時取締役会の日程を加味した契約締結/開発着手日を設定できると共に、余裕を持って取締役会資料を作成することができ、契約締結直前に慌てて取締役会資料を作成したり、最悪の場合は、臨時取締役会の開催を経営サイドにお願いする事態となることを避けることができます。
法務担当者としては、会社の「職務権限表」や「決裁金額基準表」を常に確認できる所に置いておくと良いと思います。

 

●(上場企業の場合)「IR」の視点


上場企業であれば、「IR」の視点を持つことも必要です。例えば、金額規模の大きな業務提携契約書や、新製品や新技術の開発に関する契約書を起案、審査する場合は、その取り組みが、適時開示が必要な「重要事実」に該当しないか、確認した方が良いです。重要事実を適時に開示することは、上場企業としての信用を維持する為に必要なことなので、法務担当者としては、「重要事実一覧表」を常に確認できる所に置いておくと共に、IR 担当者と日頃からコミュニケーションを取っておくと良いと思います。

 

(おまけ)ひと手間加えることの重要性


契約書を納品する際に、ひと手間を加えることも、地味ですが重要です。具体的には、記名押印欄に、当社や相手方の所在地、商号、代表者の記載が無い場合は記載をしたり、「及び」「および」「又は」「または」等、細かな言葉の整合性をチェックしたり、契約書の fix が見えてきた際は、契約締結日をいつにするか、契約書内にコメントを入れる作業等です。契約書の内容には影響がない、これらの作業ですが、ビジネスサイドの手間を減らしたり、細かく契約書を見ていることを相手方に印象付ける効果があります。このような手間を惜しまず日々の業務に取り組んでいくことが、ひいては法務パーソンとしての信用の積み上げに繋がるのだと思います。

いかがでしたでしょうか。皆様がこれから取り組む業務に少しでもお役に立てるヒントがあれば幸いです。次回は、契約業務と並んで法務の主要業務である株主総会、取締役会事務について、記事にできればと思います。

 

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

 

【筆者プロフィール】
堀切一成


私立市川中学校・高等学校、専修大学法学部法律学科卒業。
通信機器・材料の専門商社で営業に 7 年間従事した後、渉外司法書士事務所勤務を経て法務パーソンに転身。
JASDAQ 上場 IT ベンチャーでの法務マネジャー、東証一部上場インターネット広告会社での法務マネジャー・経営企画、スマホゲーム開発会社での法務マネジャーに従事した後、現在は MaaS サービス提供ベンチャー初の法務専任者として日々起こる法務マターに取り組んでいます。


 

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