Q&Aで学ぶ英文契約書の基礎 第33回 -  契約解除条項(1)(重大な違反による解除)
2021/10/28   契約法務, 海外法務

 

今回は契約解除のうち「重大な違反」(material breach)による契約解除について解説します。[1]

【目  次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


Q1: 英文契約の解除条項で出てくる”material breach”とは?


Q2: 「重大な違反」に当たるか否かの具体的判断例は?


Q3: 建築請負契約と商品売買契約で取扱いが違う?


Q4: 裁判官により「重大な違反」の解釈が左右されないようにするには?


Q5: 「重大な違反」の例示または"time is of the essence"は常に有益?



Q1: 英文契約の解除条項で出てくる”material breach”とは?


A1: 米国法上の概念で、その違反をした場合に相手方当事者に損害賠償請求権のみならず契約解除権も生じさせる契約違反をいい、通常「重大な違反」と訳されます。以下にこの概念を前提とした条項例を示します。

AWS Customer Agreement(Amazonのクラウドサービスの利用規約)


7.2 Termination. 契約の解除


(a) Termination for Convenience. 任意解除


(省略:前回Q&AのQ5参照)


(b) Termination for Cause. 契違反等を理由とする解除


(i) By Either Party. いずれかの当事者による解除.


Either party may terminate this Agreement for cause if the other party is in material breach of this Agreement and the material breach remains uncured for a period of 30 days from receipt of notice by the other party.


いずれの当事者も、相手方が本契約の重大な違反をしかつその重大な違反が、相手方が[その違反の]通知を受領した後30日以内に是正されない場合、本契約を解除することができる。(以下省略)


【解 説】


米国判例上、一方の当事者に何らかの契約違反があったとしても、相手方がその契約を解除し自己の債務の履行を拒絶できるか否かは、その違反が重大なものである(material)であるか軽微なものである(minor)かによるとされています。

そして、判例法をまとめた「契約法第2次リステイトメント」(Restatement Second of Contracts)(1981)第241条では、ある契約違反が「重大な違反」に該当するか否かを判断する上での重要な考慮要素が示されています。同条の原文[2]は脚注の通りですが、分かり易く言えば「重大な違反」か否かは以下の事項を総合して判断することになります。

(a) 違反の相手方がどれだけの不利益を蒙るか

(b) 違反の相手方の不利益を損害賠償だけで十分に補うことができるか

(c) 契約解除まで認めた場合に違反当事者がどのような不利益を蒙るか

(d) 違反当事者が違反を是正する可能性の程度

(e) 違反当事者の違反の態様(悪質性)

英国では、”material breach”は元々英国法上の用語ではないものの[3]、現在では米国と同様に考えられているようです。

日本の改正後民法でも以下の規定があり[4]、これも米国法の「重大な違反」と同様の発想と言えます。

(催告による解除)


第五百四十一条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない


Q2: 「重大な違反」に当たるか否かの具体的判断例は?


A2: 以下に米国の有名な判例の要旨を記します[5]

Jacob & Youngs v Kent (N.Y.1921)事件判決要旨】


【事実】 原告(Jacob & Youngs)は被告(Kent)との契約に基づき家を建築し被告に引渡した。しかし翌年に被告は配管の一部が建築契約で指定したメーカのものではないことを発見した。被告は原告に対し契約通りに工事し直すことを要求。しかしそのためには家の一部を壊す必要があり多額の費用が必要になると予想された。原告は再工事せず建築代金残額の支払いを要求したが被告はこれを拒否。そこで原告が建築代金残額の支払いを求め提訴。

【ニューヨーク州最高裁判決】 契約違反(配管違い)は過失によるもので詐欺的でも故意でもない(上記(e)の違反の悪質性なし)。実際に使用された配管は指定された配管に品質上劣らない(上記(a)の違反の相手方の不利益小)。違反は軽微かつ悪意のないもので(trivial and innocent)、被告(違反の相手方)の不利益は損害賠償で補うことができ(上記(b))、原告(違反当事者)の権利(支払請求権)を失わせる(forfeiture)程のものではない。実質的な履行(substantial performance)があった場合、軽微な欠陥(defects of trivial or inappreciable importance)に対しては損害賠償をもって救済とすべきである。従って、原告は建築代金残額の支払いを請求できる。

Q3: 建築請負契約と商品売買契約で取扱いが違う?


A3: はい。原則として、建築請負契約では「実質的履行」の法理が、商品売買契約では「完全履行」の法理が、それぞれ妥当するとされているので、建築請負契約に比べ物品売買契約では「重大な違反」による契約解除が認められ易いと思われます

【解 説】[6]


「実質的履行」(substantial performance)の法理とは、米国法上、サービス供給契約、特に建築請負契約に関し認められてきたとされる法理で、Q2の判例のように、「実質的な履行」(substantial performance)があった場合、軽微な違反に対しては契約が仮に完全に履行された場合との価値の差額の賠償をもって救済とすべき法理を意味するとされます。

これに対し、「完全履行」(perfect tender/performance)の法理とは、商品およびその引渡は契約の内容通りでなくてはならず、少しでも異なっていれば適切な履行とみなされない法理を意味します。米国の各州のモデル法であるUniform Commercial Code(米国統一商事法典)(UCC)では売買物品が何らかの点で契約に適合しない場合に、買主はその全部を拒絶することもできるとし(2-601(a))、一方、売主には一定条件のもと契約違反の治癒(是正)の「権利」(2-508)を与えています。

このような差がある理由としては以下のようなことが挙げられています。

【建築請負契約】完全な履行(例:1ミリも違わず設計図通り建築すること)は困難。契約不適合でも取り換えは困難。また、注文主が不適合の建築物を拒絶した場合他人に売却することは困難。

【商品売買契約】特に種類物や工業生産品の商品では完全な履行が比較的容易なこと。また、契約不適合なら取り換えればよい。買主が不適合の商品を拒否した場合、他人に売却することは比較的容易。

従って、建築請負契約では完全履行でなくても実質的履行を行なえばよいので、重大な違反は認定されにくく、結果として契約解除が有効に成立する場合が限定されると思われます。一方、物品売買契約では物品またはその引渡は契約の内容通りでなくてはならないので、売主が契約不適合の治癒ができなければ重大な違反として、買主は有効に契約を解除できると思われます。

Q4: 裁判官により「重大な違反」の解釈が左右されないようにするには?


A4: 以下のようなことが考えられます。[7]

(a) 契約中に特定の行為または特定の規定の違反が「重大な違反」に該当する旨規定すること。(但し、そのような行為または条項を列挙するような場合はそれが網羅的なものでなく「重大な違反」の例示に過ぎないことを明らかにしなければならない)

 

(条項例)


A failure to make the payments (A failure to achieve the sales goals) shall be considered a material breach of this Agreement.


当該支払いの不履行(当該販売目標の不達成)は、本契約の重大な違反(の一つ)とみなされる。


(b) 契約中に特定の義務(例:代金支払い義務)の履行期限について"time is of the essence"と宣言すること。(その義務の履行遅延が生じた場合にはこれを「重大な違反」とし違反の相手方に契約解除権を発生させる)
 

(条項例1)


The time specified in the order for shipment of the Products is of the essence of this Agreement.


注文書記載の「製品」の出荷時期は本契約の重要事項である。


(条項例2)


The Parties hereby agree that time is of the essence with respect to the performance of .....


(本契約の)当事者は、....の履行に関しては[その履行]時期が重要であることに合意する。


但し、上記のような規定が常に有効に機能するか否かは場合によると思われます。例えば、契約中に、ある規定の違反が「重大な違反」であると明記されたとしても、実際の状況においては客観的にみて軽微な違反に過ぎず単に相手方が自己の債務(例:代金支払い債務)を免れるためにこの規定を利用しているような場合、公平・信義則等の観点から契約解除が認められない場合もあり得るように思われます。

Q5: 「重大な違反」の例示または"time is of the essence"は常に有益?


A5: そうとは限りません。特に自社の義務について規定された場合は重大な結果を生じさせる場合があります。[8]

例えば、自社が建築契約の請負人側で、その完成引渡し時期または期限について"time is of the essence"と規定された場合、一般に建築は天候や下請業者の履行状況等に左右され定められた期限を厳格に遵守できない場合があります。また、ソフトウェア開発契約の開発請負者側で、その完成引渡し時期または期限について"time is of the essence"と規定された場合、一般にソフトウェア開発には、注文者側の協力(要求仕様の確定等)が必要な場面が多いこと、下請業者を使う場合はその履行状況等に左右されること等から、同じく、定められた期限を厳格に遵守できない場合があります。このような場合、注文側から直ちに契約を解除されてもその完成物を他に転用することは困難です。従って、自社の義務の違反が「重大な違反」であるとの規定またはその履行について"time is of the essence"とする規定案を相手方から提示された場合、慎重に対応しなければなりません(已む無く受け入れる場合でも期限遵守の前提条件を明記する)

 

今回はここまです。次回も引き続き契約解除条項に関し解説します。

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズ一覧


[9]                 

【注】

[1] 【本稿の主な参考資料】

・ 樋口範雄『アメリカ契約法第2版 [アメリカ法ベーシックス] 』 弘文堂 (2008/5/9)(「樋口」).

・ 髙田寛「アメリカ契約法入門」文眞堂 (2018/3/12)(「高田」).

・ 宮田正樹「英文契約書ハンドブック」日本能率協会マネジメントセンター (2016/9/30)(「宮田」)p36-38.

・ 山本 孝夫「英文ビジネス契約書大辞典 〈増補改訂版〉」2014年 日本経済新聞出版社(「山本」) p118-133,206,1137.

・ Herbert Smith Freehills LLP - Peter Godwin, Dominic Roughton, David Gilmore and Gavin Margetson “Terminating contracts for "material breach" United Kingdom, September 30 2009, Lexology(「Peter 他」).

・ Herrington Carmichael LLP - Mark Chapman “Material Breach of Contract” United Kingdom, August 8 2018, Lexology(「Mark」).

・ Richard Stim “How do you know whether your contract is "irreparably broken" in the eyes of the law?” NOLO(「Richard」).

・ Dentons - Phillip J. Scheibel "Time is of the essence" Canada January 31 2009(「Phillip」).

・ Law 365 “Chapter 1: Time is of the Essence” United Kingdom, February 12 2020, Lexology(「Law 365」)

・ USLegal “Substantial Performance Law and Legal Definition” (「USLegal」)

[2] 【「契約法第2次リステイトメント」(Restatement Second of Contracts)(1981)第241条】 (原文)

Circumstances Significant in Determining Whether a Failure Is Material

In determining whether a failure to render or to offer performance is material, the following circumstances are significant:

(a) the extent to which the injured party will be deprived of the benefit which he reasonably expected;

(b) the extent to which the injured party can be adequately compensated for the part of that benefit of which he will be deprived;

(c) the extent to which the party failing to perform or to offer to perform will suffer forfeiture;

(d) the likelihood that the party failing to perform or to offer to perform will cure his failure, taking account of all the circumstances including any reasonable assurances;

(e) the extent to which the behavior of the party failing to perform or to offer to perform comports with standards of good faith and fair dealing. (解説)「樋口」p.262,263, 「髙田」 p.143-146

[3] 【英国法上の契約解除】 英国では、元々、契約解除まで認められる契約違反は”repudiatory breach"と呼んでおり、契約中に(英国法上の用語ではない)”material breach”を理由とする契約解除権が規定されている場合、どのように解釈するかが問題となった(「Peter他」)。現在では、裁判上、ある行為またはある規定の違反が”material breach”に該当し相手方に契約解除権が生じるか否かは個別事情に応じ判断することが定着しているようである(「Peter他」, 「Mark」)。その判断基準は米国法(契約法第2次リステイトメント)とほぼ同様に見える。

[4] 【民法第541条但書】 この但書は「付随的義務違反等の軽微な義務違反が解除原因とはならないとする判例法理(最判昭和36年11月21日民集15巻10号2507頁等)に基づき」追加されたものである(「民法(債権関係)の改正に関する 中間試案(概要付き)」 p.47

[5] 【Jacob & Youngs v Kent (N.Y.1921)判決】 (参考)「樋口」p242-246,260,261, 「高田」 p.129,130

[6] 【実質的履行の法理】 (参考)「高田」p136. 「樋口」p245, 「USLegal」

[7] 【「重大な違反」に関する契約による明確化】 (参考)「Peter他」, 「Richard」

[8] (参考)「Phillip」, 「Law 365」

[9]

==========


【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては、自己責任の下、必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) このシリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄 (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系・日本・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員、CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

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