Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(10) - 一般条項(準拠法)
2021/10/18   契約法務, 海外法務

 

この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第10回からは、どのような英文契約にもほぼ共通して規定される条項(いわゆる「一般条項」)について解説します[1]

 

最初に、準拠法条項(governing law clause/choice of law clause)について解説します。

 

Q1: 「準拠法」とは何ですか?


A1:国際契約(異なる国の事業者等の間の契約)の解釈等の基準となる法律をいいます。

【解 説】

より具体的には、国際契約の内容の解釈だけでなく、契約の成立、有効性、効力、履行、執行(enforcement)等の基準となる法律です。

 

Q2: 準拠法条項とは何ですか?


A2:準拠法をどの国の法律にするかについて当事者間で合意するための条項です。

 

Q3: 契約当事者間で任意の国の法律を準拠法として指定できるのですか?


A3: 一般に自由主義国等では準拠法を指定する合意の有効性が認められています。

【解 説】

・自由主義国その他広く「契約の自由の原則」(Freedom of Contract)をとっている国では準拠法を指定する合意の有効性が認められています。

なお、ここで、「契約の自由」とは、一般に、個人・企業は、弱者保護等の観点から強行法規により国家が介入する必要のない限り、契約締結、相手方選択、契約方式および契約内容に関し自由に決定できるとする近代法の原則(契約に関する私的自治)をいいます。

・ 例えば、日本では「法の適用に関する通則法」[2](以下「通則法」という)で、米国では抵触法第2次リステイトメント[3]で、EU(欧州連合)の加盟国(現在28か国)については「ローマI規則」[4]で、それぞれ、準拠法を指定する合意の有効性が認められています。

・ その契約に関し裁判や仲裁が行われる国とは別の国の法を準拠法として指定することもできます。

例えば、将来、日本の裁判所で裁判がなされるとしても、ニューヨーク州法を準拠法として指定しておくことができます。この場合、日本の裁判所はニューヨーク州法に基づきその契約の解釈等を行うことになります。但し、当事者は同法上どのような解釈がなされるかを主張・立証しなければなりません。

 

Q4: 契約当事者間で任意の国の法律を準拠法とすることができない場合がありますか?


A4: はい。例えば、次のような場合は、契約当事者間で任意の国の法律を準拠法とすることができません。言い換えると、準拠法の合意をしてもその準拠法が適用されません。

(a) 関係国の法律でその国の法律を準拠法とすることが強制されている場合

例えば、中国では、中外合弁契約について中国法を準拠法として指定することが強制されています[5]

(b) 物権、知的財産権、不動産等に関係する場合

物権、特許権等、排他的効力があるものは、各国の法律でその排他的効力の内容が規定されています。また、不動産、特許権等、登記や登録を要するものも、その権利関係が各国で法定されています。

(c) 強行法規がある場合

関係国の消費者保護、労働者保護、個人データの保護(例:EUのGDPR)等に関する法律や、競争法(独占禁止法)等。

 

Q5 どの国の法を準拠法として指定すべきですか?


A5: 絶対的にこうしなければならないという基準は原則としてありません。実際には、多くの場合、契約当事者の契約交渉上の力関係等で決まります。

 

Q6: 契約で準拠法を指定しないとどうなりますか? 準拠法の指定は必要ですか?


A6: 準拠法は、将来当事者間で紛争が生じその紛争に関し管轄権があり実体審理することになる裁判所がある国または仲裁廷(仲裁判断を行う1人の仲裁人または複数の仲裁人の合議体)が置かれる国(以下「管轄裁判所等」、「管轄国」という)の抵触法(A7解説(c)参照)または仲裁法により判断されます。

この場合、予め契約で、ある国の法が準拠法として指定されていれば、原則としてその国の法に従い契約の解釈等がなされます。

しかし、準拠法の指定がなければ、実際に裁判等になり裁判所等の判断が下されるまでどの国の法が準拠法になるのか、また、その準拠法に基づき契約条項がどのように解釈されるのか等が正確には分からないということになります。しかもその準拠法決定基準に、例えば、「最も密接な関係がある地」というような個別具体的判断が必要な要素が含まれる場合があるのでなお更です。このことは、特に、契約の解釈等が準拠法如何によって異なる場合は、当事者にとり重大な問題となります。また、契約の役割の一つは取引に関する当事者の行動基準になることですが、この行動基準としての内容も不明確となります(以上のことを以下「予測困難性」と総称する)。

従って、原則としては当事者間でどの国の法律を準拠法とするか合意しておきそれを契約書上明記しておくべきです。

 

Q7: 準拠法条項はどのように規定したらいいですか?


A7: 以下に一つの条項例を示します。

This Agreement shall be governed by and construed in accordance with the laws of the State of New York, the United States of America, in all respects, without reference to principles of conflicts of laws. The application of the United Nations Convention of Contracts for the International Sale of Goods is expressly excluded.


本契約は、全ての点に関し、抵触法の原則にかかわりなく、米国ニューヨーク州法を準拠法とし、かつ、同法に従い解釈されるものとする。「国際物品売買契約」に関する国連条約の適用は明示的に排除される。


 

【解説】

(a) "the laws of the State of New York, the United States of America"

米国では、州ごとに制定法・判例法が異なりますので、このように州まで特定しなければなりません。カナダ(州:province)、オーストラリア(州:state)や英国(注[6]参照)等でも同様なので、その州等を正式名称で特定しなければなりません。

(b) "in all respects" (全ての点に関し)

契約の内容の解釈、成立、有効性、効力、履行、執行その他全ての点に関してという意味です。

(c) "without reference to principles of conflicts of laws" (抵触法の原則にかかわりなく)

準拠法の問題は、一つの問題に関して複数の国等の法が適用される可能性がある状況でどの法に従い契約の解釈等を行うかという問題です。この状況または問題を"conflict of laws"(法の抵触)と呼びます。"principles of conflicts of laws"は、この法の抵触に関する原則(ルール)で、日本語では一般に「抵触法」といいます。前述(A3の解説)の、日本の通則法、米国の抵触法第2次リステイトメントを採用した各州制定法、EUのローマI規則等がこの抵触法に当たり、いずれも準拠法は原則として当事者の指定した法とし、その指定がない場合の準拠法決定の原則(ルール)を定めています。

従って、"without reference to principles of conflicts of laws"とは「関係国の抵触法(の原則)にかかわりなく」という意味です。なお、"reference"の部分は"regard"または"giving effect"に置き換え可能です。これは、準拠法として指定した国の法には文言上その国の抵触法まで含まれ、抵触法の定める基準如何によっては、その指定国以外の国の法が準拠法とされてしまうかもしれず、そのような結果を避けるためのものです。

(d) "The application~"  (CISGの適用排除)

"United Nations Convention of Contracts for the International Sale of Goods"(「国際物品売買契約に関する国連条約」)(「ウィーン売買条約」と呼ばれることもある)(以下「CISG」という)は、国境を越えて行われる物品の売買に関して契約や損害賠償の基本的な原則を定めた国際条約です[7]

2017年10月現在、日本を含め、米国、カナダ、中国、韓国、ドイツ、イタリア、フランス、オーストラリア、ロシア等88カ国が締約国となっています。

CISG上、物品の売買の当事者の営業所が異なる国にある場合、その売買契約は国際的取引とみなされ、原則として自動的にCISGが適用されます (1(1))。

しかし、CISGの適用は、売買契約において明示的にCISGを排除する文言を規定することにより、排除または変更することができます(6(1))。

現時点では、国際的企業間の契約では、特に契約内容が複雑なときは、多くの場合上記条項例のようにCISG適用排除文言が入れられています。その理由は次のようなことと思われます。

(i)   CISGのルールと異なる規定を置きたいこと

(ii)  自国法に比べれば、当事者がCISGになじみがないこと

(iii) 長い歴史がある自国法に比べれば、未だCISGに関する判例等の集積が多いとは言えないこと

(iv) その契約で十分に詳細に規定しているのでCISGに頼る必要がないこと

(v)  CISGを明確に排除しておかないとCISGが適用され当事者の意図しない結果になってしまうかもしれないこと

(e) 準拠法条項に追加されることがある規定(例)

 

In the event of any dispute, this English version of this Agreement shall prevail over any other language versions.


(本契約に関し)紛争が生じた場合、本契約の英語版を他の言語の版に優先して適用する。


 

The English language version of this Agreement shall be the official and controlling text hereof.


本契約の英語版を本契約の公式かつ正式なテキストとする。


 

・ 上記の二つの規定例は、契約が複数の言語で作成された場合、特定の言語版(ここでは英語版)を優先させまたは正式版とするものです。

・ 準拠法条項に消費者向けの規定が追加されている例:Amazon UK Conditions of Use and Sale agreement -14. APPLICABLE LAW

- オンラインサービス等、相手方に消費者が含まれる場合に、消費者は、その居住国の強行規定(消費者保護法等)による保護を受けられるとの確認的規定。

 

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第10回はここまでです。次回は今回に引続き、準拠法条項について解説します。

                 .                  

【注

[1] 【第10回および第11回全体を通じての参考資料】 主に以下を参照した。

(a) 浜辺 陽一郎 「ロースクール実務家教授による英文国際取引契約書の書き方―世界に通用する契約書の分析と検討 第1巻(第3版」アイエルエス出版、2012年 第8章 p158~197

(b) 小池未来「いわゆるボイラープレート(“BP”)条項の研究⑤~準拠法条項・裁判管轄条項」国際商事法務(2019年8号)Vol.47, No.8, p991~999

(c) 山本 孝夫「英文ビジネス契約書大辞典 〈増補改訂版〉」2014年 日本経済新聞出版社 p142~154

 

[2]法の適用に関する通則法」】 第7条(当事者による準拠法の選択)

「法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。」

 

[3] 抵触法第2次リステイトメント Restatement (Second) of Conflict of Laws - 187(1)

"The law of the state chosen by the parties to govern their contractual rights and duties will be applied if the particular issue is one which the parties could have resolved by an explicit provision in their agreement directed to that issue."

(著者訳)「当事者が各自の契約上の義務・責任に適用することを選択した州(state)の法律は、[その適用対象の]問題が当事者間で解決することができるものである限り、その問題について合意された明示的な条項により、これを適用することができる。」

なお、ここで「州」となっているのは、米国では州ごとに制定法・判例法が異なるからだが、これは国際契約にも当てはまると解釈されている。

なお、「リステイトメント」(Restatement)は、アメリカ法律協会 (American Law Institute)(ALI) が、米国の各州の州法と判例法の現状を分析し、おおよその共通事項を法分野ごとに法典の形にして注釈をつけたものである。"restatement"とは、(各州の判例法を収集・分析して)「書き直したもの」という意味である。ALIは、連邦最高裁裁判官を含め、裁判官、弁護士、法学者から選任されるメンバーで構成されている。リステイトメント自体に法的拘束力はないが、各州法でその全部または一部が採用され、または、裁判における判断基準とされることが多い。

 

[4] 【「ローマI規則」】 "Regulation (EC) No 593/2008 of the European Parliament and of the Council of 17 June 2008 on the law applicable to contractual obligations (Rome I)"(「契約上の義務に適用される法律に関する規則」) -  Article 3 (Freedom of choice) (1)

"A contract shall be governed by the law chosen by the parties. The choice shall be made expressly or clearly demonstrated by the terms of the contract or the circumstances of the case. By their choice the parties can select the law applicable to the whole or to part only of the contract."

(著者訳)「契約の準拠法は、当事者が選択した法律とする。この選択は、契約条項または個別事情から明示的または明確に証明されるものでなければならない。当事者は、その選択により、契約の全体またはその一部のみに適用される法を選択できるものとする。」

(参考:ローマI規則の概説) 杉浦保友『欧州における契約準拠法の決定原則の改正―ローマ条約から「ローマI規則」へ

 

[5] 【中国企業との合弁契約の準拠法】 中川 裕茂「中国企業との契約における準拠法と紛争解決条項のポイント」2017年07月05日 Business Lawyers

 

[6] 【英国における法】 英国は、正式には"United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland"(グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国)といい、次の三つの地域ごとの法がある。

(i)  Scotland(スコットランド)

(ii) England and Wales(イングランドおよびウェールズ)

(iii)Northern Ireland(北アイルランド)

従って、当事者が、ロンドンを含むイングランドおよびウェール法を準拠法として指定したいのであれば、同法を意味する“English law” またはthe “laws of England and Wales”と指定しなければならない:Fladgate LLP - Tom Bolam "Common mistakes in choice of law and jurisdiction clauses" September 22, 2015, Lexology

 

[7] 【CISG】 以下のJETROのWebページで概要の説明、CISG加盟国一覧およびCISG日本語訳(外務省)が閲覧・入手できる:JETRO 「ウィーン売買条約の概要:日本

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

 

【筆者プロフィール】
浅井 敏雄 (あさい としお)
企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで複数の日本企業および外資系企業で法務・知的財産部門の責任者またはスタッフとして企業法務に従事。1998年弁理士試験合格。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員。


【発表論文・書籍一覧】
https://www.theunilaw2.com/


 

 

 

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