労働時間に関する判例まとめ
2019/11/22   労務法務, 労働法全般

1.はじめに

 労働基準法32条では、1日の労働時間を8時間、1週間の労働時間を40時間と定めています。使用者が所定の労働時間を超えて労働者に労働させた場合には、時間外労働に対する割増賃金を支払う必要があります(労働基準法37条、労働基準法施行規則19条)。そこで、今回は本来的な業務にあたっているわけではない時間について、どのような場合に労働基準法32条にいう労働時間にあたるのか、いくつかの判例をみていきましょう。

※参照:法定労働時間と割増賃金

 

2.労働時間の定義

 労働基準法32条は、「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。」と規定しています。ここにいう「労働時間」とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうとされています。
労働者が使用者の指揮命令下に置かれているかどうかは、➀職務に従事していると評価できるか、➁使用者による関与があるかという2つの観点から検討することとなります。使用者の関与というのは明示の関与だけでなく、黙示の関与も含むと解されています。例えば、事実上持ち帰らなければ処理できないような仕事を労働者に与えて、労働者が家に持ち帰って仕事をしていた場合、使用者が家に持ち帰っていることを認識していた場合には、たとえ使用者がそれを知らないふりをしていたとしても、黙認していたものとして黙示の関与があったとみなされ、使用者の関与があったと評価されます。
労働基準法上の労働時間であれば、割増賃金の対象となります。

 

3.労働時間の判例

(1)三菱重工長崎造船所事件
(最高裁判所第一小法廷平成七年(オ)第二〇三〇号平成一二年三月九日判決)
【事案の概要】
 本事案では本来の業務外の活動である作業服の着脱などの業務のための準備時間が労働時間にあたるかどうかが問題となりました。

【判示事項】
 労働基準法32条の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めにいかんにより決定されるものではない。
労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法32条の労働時間に該当する。

【判例のポイント】
 本判例は、この事案において、労働時間にあたるかどうかは強行法規の適用を画する概念であるので、労働契約・就業規則・労働協約等の定めいかんにより決定されるのではなく、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより客観的に判断されるとの立場を示しました。
 そして、業務のための準備行為を事業所内で行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、労働者の行為は特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるから、その準備時間は社会通念上必要と認められる限り、労働時間に該当するとの判断が下されました。

 

(2)大星ビル管理事件
(最高裁判所第一小法廷平成9年(オ)第608号,同第609号平成14年2月28日判決)
【事案の概要】
 本事案では仮眠時間が労働時間にあたるかどうかが問題となりました。

【判示事項】
 労働者が実作業に従事していない仮眠時間であっても、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているものであって、労働基準法32条の労働時間に当たる。

【判例のポイント】
本判例は、不活動時間である仮眠時間であっても、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務づけられていると評価される場合には、労働者が労働からの解放が保障されていないといえるから、労働時間に該当するとの判断を示しました。

 

(3)大林ファシリティーズ事件
(最高裁判所第二小法廷平成17年(受)第384号平成19年10月19日判決)
【事案の概要】
 本事案ではマンションの住み込み管理人の活動時間や不活動時間が労働時間にあたるかどうかが問題となりました。

【判示事項】
 マンションの住み込み管理員が所定労働時間の開始前及び終了後の一定の時間に断続的な業務に従事していた場合において、管理員室の隣の居室に居て実作業に従事していない時間を含めて、その間、管理員が使用者の指揮命令下に置かれていたものであり、労働基準法32条の労働時間に当たる。
 マンションの住み込み管理員である夫婦が雇用契約上の休日である土曜日も使用者の指示により平日と同様の業務に従事していた場合において、使用者は、土曜日は1人体制で執務するよう明確に指示し、同人らもこれを承認していたこと、土曜日の業務量が1人では処理できないようなものであったともいえないことなど判示の事情の下では、土曜日については、同人らのうち1人のみが業務に従事したものとして労働時間を算定するのが相当である。

【判例のポイント】
 本判例は、マンションの住み込み管理員の活動・不活動時間も仮眠時間と同様、労働からの解放が保障されているかにより判断することを示しました。しかし、仮眠時間よりも私生活性が強く、断続的であるので、使用者の指示内容や住民からの要望等、考慮要素は仮眠時間とは異なる部分があります。

 

(4)奈良県立奈良病院事件
(大阪高等裁判所平成21年(行コ)第81号平成22年11月16日第13民事部判決)
【事案の概要】
 本事案では宿日直勤務及び宅直勤務の時間が労働基準法32条の労働時間にあたるかが問題となりました。

【判示事項】
 医師らの宿日直は労働基準法41条3号の断続的労働であるとは認められず、県には割増賃金を支払う義務があるとし、一方、宅直勤務に関しては、病院長からの業務命令によるものと認めるのは困難であるとして、労働基準法上の労働時間には当たらない。

【判例のポイント】
 労働基準法41条3号の断続的労働とは、常態として実作業が間欠的に行われて手待ち時間の多い労働をいい、断続的労働者として認められると、労働時間に関する労働基準法の規制の適用除外となり、割増賃金を支払う必要が無くなります。本判例では、宿日直勤務については労働時間にあたるので割増賃金を支払う必要がありますが、宅直勤務については労働時間にあたるので、割増賃金を支払う必要があるとの判断が下されました。

 

(5)横河電機事件
(東京地方裁判所平成6年9月27日判決)
【事案の概要】
 本事案では、韓国に出張するための移動時間が労働時間にあたるかが問題となりました。

【判示事項】
 移動時間は労働拘束性の程度が低く、これが実労働時間に当たると解釈するのは困難である。

【判例のポイント】
 ここでもやはり、労働からの解放が保障されているか、という点がポイントとされているようです。

 

(6)日本工業検査事件
(横浜地方裁判所昭和46年1月26日決定)
【事案の概要】
 本事案では、出張のための移動時間が労働時間にあたるかが問題となりました。

【判示事項】
 出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常の出勤に費す時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起こり得ないと解するのが相当である。

【判例のポイント】
 ここでは、通勤時間と出張時の移動時間を同じ性質ととらえており、通勤時間が労働時間にあたらない以上、出張時の移動時間も労働時間に当たらないとされているようです。

 

4.おわりに

 以上、みてきたように、判例は基本的には労働からの解放が保障されているか、という観点で労働時間にあたるかどうかを判断していると考えられます。その考慮要素としては当該時間の業務の内容、業務の必要性が生じる頻度、使用者の指示内容、場所的拘束性の程度などが挙げられます。そして、あくまでもその判断は客観的になされるという点がポイントです。

 

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