石垣市の住民訴訟、原告に特別天然記念物・カンムリワシ
2023/09/26   環境法務, 民事訴訟法, 環境法

はじめに


原告は、カンムリワシ。リゾートゴルフ場開発をめぐり石垣市が受け取った訴状の原告は、開発地域に暮らす地元の住人らと、そこに生息する国の特別天然記念物の鳥でした。この訴訟が提起された背景を見ていきます。

 

原告はカンムリワシ


沖縄県の石垣島で株式会社ユニマットプレシャス(東京都港区)が計画中のリゾートゴルフ場開発。約127ヘクタールの広大な土地に、ゴルフ場や10階建てのホテル、レジデンス、プールなどを有する大型複合リゾートを建設する計画となっています。計画地には、特別天然記念物・カンムリワシが生息する森林公園「石垣市民の森」など市有地約23ヘクタールが含まれており、石垣市はこれらの市有地をユニマットプレシャスに無償で貸与し、開発を行わせるとしていました。

環境保全団体WWFジャパンによると、建設予定地内には複数のカンムリワシの生息が確認され、さらに昨年4月の調査では営巣も確認されたといいます。カンムリワシは、現在、「ごく近い将来の絶滅の危険性が極めて高い種」に分類されており、国内では、石垣島と西表島で合わせて200羽ほどしかいないと考えられています。

住民らは、ユニマットプレシャスへの市有地の無償貸与が「市の財産を適正な対価なく自治体の財産を処分すること」を禁じた地方自治法(第237条)や市民の森条例などに違反するとして、6月29日に石垣市長に対し監査請求を申し立てましたが、8月に棄却されています。

これを受けて、住民らは、9月15日、ユニマットプレシャスへの市有地の無償貸与の差し止めなどを求める住民訴訟を那覇地方裁判所に提起しました。

今回、カンムリワシが原告として表示されていますが、これは、「人間以外の生物や自然物にも生存する権利がある」とする“自然の権利”に基づいた訴訟の一環で、自然や生物などの権利侵害がある場合に、人間の原告が生物に代わって訴訟を提起し、自然保護を訴えるものです。
“自然の権利”は、1970年代にアメリカで野生動物や川・樹木などの自然物を原告とした訴訟が行われて以来、国際的な自然環境保護運動において、法廷闘争のためのアプローチとして採用されていますが、一部では、その理論上の弱点を指摘する声もあります。

日本国内でも、鹿児島県奄美大島のゴルフ場開発をめぐりアマミノクロウサギなどが原告となった訴訟をはじめ、生物が原告となった例があります。

 

アマミノクロウサギ訴訟とは


では、過去に国内で行われた自然の権利訴訟(動物が原告となった訴訟)は、どのような結末を迎えたのでしょうか。

先にご紹介したアマミノクロウサギ訴訟。1995年2月に始まった同訴訟では、特別天然記念物「アマミノクロウサギ」、野鳥の「オオトラツグミ」「アマミヤマシギ」「ルリカケス」と住民らが原告となりました。

ゴルフ場予定地であった場所は、古くからアマミノクロウサギが多く生息する地域のひとつとして知られており、開発により、アマミノクロウサギなどの動物たちの存続が危ぶまれるとして、森林法第10条の2に基づく林地開発行為の許可処分の取消し及び無効確認を求めていました。

裁判の中で大きな争点となったのが、「原告適格」。動物たちが原告になりうるのかという問題でした。

判決で鹿児島地方裁判所は、「わが国の法制度は、権利や義務の主体を個人(自然人)と法人に限っており、原告らの主張する動植物ないし森林等の自然そのものは、それが如何に我々人類にとって希少価値を有する貴重な存在であっても、それ自体、権利の客体となることはあっても権利の主体となることはない」として、動物たちの原告適格を否定しました。

その一方で、「自然保護団体や個人が、自然の名において防衛権を代位行使し得るという観念は、人(自然人)および法人の個人的利益の救済を念頭に置いた従来の現行法の枠組みのままで今後もよいのかどうかという問題提起に繋がった」と一定の意義を認めています。

アマミノクロウサギ訴訟判決文

 

コメント


カンムリワシが原告に加わったことで、注目度が一気に上がった形の今回の訴訟。石垣市で起こっている問題を世間に周知し、自然保護を訴える意味で、自然の権利訴訟は、有効な手法だったといえます。

実際、経済開発による森林伐採や環境汚染などで自然生物の住処が減少するケースは少なくありません。その反面、開発により経済が循環し雇用が生まれることで、貧困から救われる人が一定数いるのも確かです。そのため、“自然の権利”をめぐっては、「種の多様性の保存」と「開発による社会的不公正の是正」のバランスをどこで取るのかという問題が指摘されることがあります。

日本では自然生物保護のため、文化財保護法、鳥獣保護法、種の保存法、外来生物法のほか、各地方公共団体の条例などが制定されていますが、“自然の権利”そのものを規定した法律は現状ないとされています。他方、南米のエクアドルとボリビアなど、“自然の権利”が既に国内法で規定されている国もあります。

環境省が外国人2,200人を対象に行ったアンケートで、日本旅行で体験したいことの第2位に「自然や風景の見物」が挙げられるなど(第1位は「日本食を食べること」)、日本の自然や風景に対し、海外からも関心が高いことがわかります。

インバウンド市場の拡大を目指す日本において、“自然の権利”をどのように捉え扱っていくのか。十分な議論を行うべき時期が来ているのではないでしょうか。

 

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