安楽死?殺人?苦しむ患者の延命治療を中止して死亡させた医師。2年間の医業停止の行政処分。
2011/10/11 訴訟対応, 刑事法, その他
安楽死?殺人?苦しむ患者の延命治療を中止して死亡させた医師。2年間の医業停止の行政処分。
厚生労働省は9月29日、川崎市の病院でこん睡状態の患者に筋弛緩剤を投与して死亡させた56歳の医師(殺人罪で懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の刑が確定済)に対し、2年間の医業停止の行政処分を下した。
同処分の答申を行った医道審議会は、医師の行為は「法律上許される延命中止」にあたらないと判断したとコメントしている。
医師は、「患者さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだが、後悔はしていない」「免許があるうちは医者を続けたい」と、判決確定後も横浜の診療所で院長を務めていた。
事件の経過
1 1998年11月2日、患者が、気管支喘息重積発作により心肺が停止した状態で川崎協同病院に搬送される。
2 同病院医師の、救急蘇生処置により再び心拍が戻ったが、意識は回復しなかったため、人工呼吸器を装着させて入院の処置をとる。
3 入院中、患者に自発呼吸が見られため、同年11月6日に人工呼吸器が取り外される。一方で、気道の確保のため、気管チューブは挿入したままとした。
4 医師は家族に対し、患者は9割9分9厘脳死状態にあると現状説明。植物状態となる可能性が極めて高いと伝える。
5 11月16日、患者の家族が見守る中、医師は鼻から気管チューブを抜き取る。
6 気管チューブを抜き取られた患者は身体をのけぞらすなど苦悶の表情で荒い呼吸を始める。
7 医師は、苦しむ患者の呼吸を鎮めるべく、セルシンやドルカム(いずれも鎮静剤の一種)を静脈注射。しかし、その効果が見られず、依然として患者が苦しんでいたため、医師は同僚医師の助言のもと、筋弛緩剤のミオブロックを患者に静脈注射。
8 筋弛緩剤の注射後、患者の呼吸は数分で停止し、11分後には心拍も停止。患者は死亡するに至った。
尊厳死のガイドライン
日本には延命治療の中止の時期・方法を明確に定めた法律は現状存在しない。厚生労働省は、ガイドラインにて、「書面による家族の合意」と「複数の医師団での協議」を推奨しているにとどまっている。
最高裁判所における刑事裁判
1 「殺人罪」の成立
最高裁は、医師の行った(1)気管チューブを抜き取った行為と(2)筋弛緩剤のミオブロックを静脈注射した行為が合わさり、これが「殺人行為=人を殺す行為」を構成すると判断した。
2 「法律上許される治療中止」への該当性
最高裁はまた、医師の行為は弁護側の主張する、いわゆる「法律上許される治療中止」にはあたらないとの判断を示した。その際に重視された事実は、以下の二つである。
(1)気管チューブを抜き取ったのが、病院搬送後わずか2週間で、しかも、患者の脳波等の検査も行っていないこと。いまだ、患者の回復可能性や余命について正確な判断を下せる状況にはなかったとした。
(2)患者本人の意思が確認できない中、家族への正確な病状の説明が欠けている状況(上述のように、そもそも、正確な病状を把握できる状況になかった)で今回問題となった抜管行為及び静脈注射が行われていること。
逆に言えば、患者の回復可能性や余命について正確な判断を下せるだけの、十分な治療及び検査がなされており、これによって得られた情報を家族にしっかりと伝えたうえで、「意識があれば、恐らく、こちらを望むであろう」という家族の推定する患者の意思に基づき、延命治療の中止が行われた場合には、法律上許される治療中止(医師に患者の死をほう助する権利が生じる)として許容されるのではないだろうか。
雑感
気管チューブを抜いた瞬間、そこには生き地獄が目の前に存在したことであろう。身体をのけぞらせながら、苦悶の表情で必死に呼吸をしようとする患者。様々な処置を施しても、これを鎮めることが出来ない状況下で、壮絶に苦しむ患者を見て、「安楽死」という言葉が医師の頭に浮かんで来たのは、むしろ自然なことである。
結局、責められるべきは、筋弛緩剤のミオブロックを静脈注射した行為ではなく、最初に不用意に気管チューブを抜いた行為であったのではないか。では、この医師はなぜ、不用意に気管チューブを抜いてしまったのだろうか。
医師という仕事柄、それは仕方のないことなのかもしれないが、どこかで「死」に慣れ過ぎている部分がある気がする。医師は自らの知見と経験に基づき、患者の余命をある程度、予測することが出来るのであるが、それがどこかで、「これ以上は生きないのだから」という諦めにも似た心理的なブレーキになっているのではないだろうか。
死があまりにも身近な職業ゆえに、そのように、どこか鈍感にならないと精神的に保てないという部分もあるのかもしれない。
こういった「死」に対する医師の心理的な部分のケアがない限り、今回の事件と同様のケースは後を絶たないのではないだろうか。いま一度、医師の職業環境について、国民全体で考える時が来ている。
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