退職した従業員の競業まとめ
2019/12/03   労務法務, 不正競争防止法

1.はじめに

日本全体で年間、大勢の従業員が退職しております。
このように退職した従業員が自社と競業をする行為をした場合、自社の取引先や顧客を奪う等の損害が生じるおそれがあります。
そこで、 退職した従業員の競業について 知っていただきたく、今回は退職した従業員の競業についての判例をまとめました。 

2.大阪地方裁判所(第一審)平成17年(ワ)第2682号 平成19年5月24日

<事案>
水門開閉装置用の減速機の製造販売を主たる業務とする原告会社の元従業員(1名は営業、もう1名は技術部設計課及び製造部所属)であった被告が、原告会社を退職して被告会社を設立し、原告との競業行為を行いました。そこで、原告は被告らに対し、被告らが、原告らの営業秘密を用いて営業活動を行ったなどとして、損害賠償を請求した事案。 

<退職後の競業行為に関する特約>
なし  

<争点> 
本件技術上・営業上の情報が不正競争防止法2条6項の「営業秘密」にあたるかどうか。
 
<結論>
まず、「営業上の秘密」に当たるかは、秘密管理性、有用性、非公知性の3点から判断される。

水門開閉機の歯車や軸の部品図について
・部品図を秘密とすることを社内で徹底していたため、秘密管理性は認められる。
・部品図に基づいて特定の歯車等を製造することができるので、有用性も認められる。
・部品図は公知のものではない。
→水門開閉機の歯車や軸の部品図は「営業上の秘密」に当たる。

機械効率のデータの技術上の情報について
・顧客から求められても提出しない扱いとしており、秘密管理性を有するといえる。  
・このデータは設計案やカタログにも掲載されていないデータも含んでおり、非公知といえる。  
・少なくとも同一の水門や切換装置の設計に必要なデータの基礎となるという有用性を有する。
→機械効率のデータの技術上の情報も「営業上の秘密」に当たる。
もっとも、被告らの製造した部品の組み立て図は、原告らのものとは異なる点が多い。
また、被告らの製造した切換装置も原告のものとは寸法も構造も大きくことなり、
機械効率のデータを利用したとはいえない。
そのため、被告らが営業上の秘密を利用したとはいえない。

<コメント>
たとえ営業上の秘密に当たるものを持ち出されたとしても、それを利用したといえなければ、損害賠償請求は認められない、ということです。 

3.東京地方裁判所平成19年(ワ)第30625号平成20年7月24日

<事案>
被告(退職時は営業企画部長)は、不動産に関する広告・印刷業等を主たる業務とする原告(会社)に在職していました。 被告は、退職後に原告と競業する会社を設立し、原告在職中に営業企画部課長として関与した取引先会社から受注予定の広告事業について、当該受注を受けるとともに当該取引先会社を奪い原告に損害を与えたとして、原告が、被告に対し、損害賠償を請求した事案です。

<退職後の競業行為に関する特約>
就業規則、誓約書(機密事項等を自ら利用したり第三者に漏洩防止を内容としています)  

<争点> 
退職前に関与していた未了のプロジェクトを受注することが、在職中の労働契約に付随する誠実義務に違反するかどうか。

<結論>
当初、被告は本件プロジェクトに参加することの辞退を申し出たが、顧客側から本件プロジェクトをコンペにするから被告にも参加してほしい旨の提案があったものであり、その結果、被告が、プロジェクトを受注したとしても何ら誠実義務に違反するものではない。また、原告の上記売上の減少が,被告会社による本件顧客の奪取に起因することを認めるに足りる証拠はない。

<コメント>
退職した職員が断っても、 相手方から競業に当たる可能性のある案件を提案され、それを受けた場合は、会社側が元職員に対して損害賠償することができない可能性が高いということです。 

4.東京高等裁判所(控訴審)平成21年(ネ)第356号 平成21年5月27日

<事案>
自動車の外装のへこみの修復等(「デントリペア事業」)を主たる業務とする会社(被控訴人)が、元従業員(控訴人)に対し、就業規則並びに在職中及び退職時に締結した機密保持契約に基づく競業避止義務に違反して、元従業員が本件事業を行ったこと及び会社の顧客を奪ったことを理由に、損害賠償を請求した事案です。 
※デントリペアとは、自動車の外装のへこみを修復する技術のことです。
※インテリアリペアとは、家具や自動車の内装の修復や色替えを行うことです。 

<退職後の競業行為に関する特約>
就業規則、機密保持誓約書の提出(共に会社の不利益となる機密事項の漏洩防止を内容とする)

<争点> 
元従業員が競業避止義務を負うかどうか。

<結論>
デントリペアの技術は、当事者と何ら関係のない会社がデントリペアの技術の講習を行う事業をしており、同講習の受講者がデントリペアの技術を利用して事業を行う場合に加盟金やロイヤルティを徴収してはいない。 
さらに、インテリアリペアの技術も,日本国内において、インテリアリペアの技術の講習事業を行う事業者が存在する。 そうだとすると、デントリペアの技術もインテリアリペアの技術も、被控訴人会社のみが保持し、又は利用することができるような特殊な技術ではなく、営業上の機密や機密事項に当たらない。
→元従業員は競業避止義務を負わない。

<コメント>
自社が営業秘密と考えている事項でも、実際にはそれに当たらない場合もあり、退職した職員に対して損害賠償請求できないケースもあるということです。

5.東京高等裁判所(控訴審)平成21年(ネ)第6433号平成22年4月27日判決

<事案>
空調設備の保守等を主たる業務とする会社(控訴人)が元従業員(被控訴人・当時テクニカルマネージャーという所長を補助する職務)に対し、退職直後に競業他社に就職したことが退職金不支給(返還)事由に該当することを理由に、会社が元従業員に支給していた退職金について、不当利得返還請求をした事案です。

<退職後の競業行為に関する特約>
退職止条項(退職後に競合他社に就職することを禁じ、それに反した場合、退職金受給権を失う旨の規定) 

<争点>  
元従業員が競業禁止規定に違反して競合他社に就職した行為が、競業避止義務違反にあたるか否か。

<結論>
本件競業禁止規定は、当該従業員の退職後の職業選択の自由に重大な制約を加えようとするもの。
→本件競業禁止規定により禁止されるのは、従業員が退職後に行う競業する事業の実施あるいは競業他社への就職のうち、それにより控訴人の営業機密を開示、漏洩し、あるいはこれを第三者のために使用するに至るような態様のものに限定されるものと解すべきである。そして、元従業員は機械メーカーの操作説明書に従って行う保守点検等の作業を行っており、そのノウハウが、その性質上会社の営業機密に当たるといえない。
→元従業員は営業機密を知らない立場であり、それを考慮すると営業機密流出は考えにくいため、本件競業金規定の禁止する行為にあたらない。
→被控訴人は競業避止義務を負わない。
※営業機密流出の危険がある場合に限り、本件規定は有効。

<コメント> 
退職した職員が、営業機密を知り得る立場であったか否かも判断要素となります。

6.最高裁判所第一小法廷(上告審) 平成21年(受)第1168号 平成22年3月25日判決

<事案>
金属工作機械の製造等を主たる業務とする被上告人Xの従業員であった上告人Y1(営業担当・)Y2(制作等の現場作業担当)が、Xを退職後、有限会社である上告人Y3を事業主体として競業行為を行ったため、Xが、損害を被ったとして、Yらに対し、不法行為又は雇用契約に付随する信義則上の競業避止義務違反に基づく損害賠償を請求した事案です。

<退職後の競業行為に関する特約>
なし

<争点>
Y1・Y2の行った行為が競業行為に当たるか

<結論>
競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということができるかどうか、が基準となる。元従業員は、あいさつ回りなどの際に、取引先に受注の希望を伝えている程度のことをしただけであり、会社の信用を落とすような行為はしていない。また、元従業員の行為により、会社の業績が落ちたともいえないし、元勤務先を開示する義務もない。そのため、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものとはいえない。よって、元従業員の行為について、信義則上の競業避止義務違反は認められない。 

<コメント>
退職した職員の行為が直ちに違法となるものではなく、社会通念上自由競争の範囲を逸脱している場合にのみ違法となることに注意が必要です。  

7.大阪地判 平28・7・14 労働判例1157号85頁

<事案>
X社は、従業員に対して、退職後3年間は同業他社に就職しないという合意を定めていた。しかし、X社に勤めていたYは、X社を退職後、同業他社に就職した。そこで、X社はYに対して100万円の損害賠償請求した事案です。

<退職後の競業行為に関する特約>
退職後3年間は同業他社に就職しない、という誓約書

<争点>
Yが同業他社に就職したことが競業禁止義務違反に当たるか。
<結論>
本件誓約書の制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合は、無効になる
→・本件合意は地域の限定がされていない広範な制限
・3年間は長すぎる
→本件誓約書の制限は必要かつ合理的な範囲を超え、無効

<コメント>
競業を禁止する特約は、地域を限定しなかったり、あまりにも期間が長いと無効とされるおそれがあるため、自社の特約が不当に厳しいものとなっていないか注意しましょう。
参照:栗坊日記

8.終わりに

今回は退職した従業員の競業に関する判例を見てきました。会社側としては、退職した従業員が自社の競合他社に就職されることは自社のノウハウや技術の流出、顧客を奪われるおそれがあり、不安を感じると思われます。しかし、従業員にも職業選択の自由があるので、あまりにも厳しい競業禁止特約を合意したり、すぐに損害賠償請求をしたりしても認められない可能性があります。 会社側としては、従業員との合意が無効と判断されないよう、適切な合意形成をしていただきたいと思います。

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