アートコーポレーションに支払い命令、賃金の天引について

法務担当者が“法務”を語る新しいWEBメディアはコチラ

はじめに

引っ越し大手「アートコーポレーション」(大阪市)の元従業員が賃金から天引されていた金額の返還を求めていた訴訟で横浜地裁は25日、約209万円の支払いを命じていたことがわかりました。現在は天引規定は廃止されているとのことです。今回は賃金の天引きに関する規制について見ていきます。

事案の概要

 報道などによりますと、アート社では引っ越し作業で損害が生じた場合、作業リーダーが3万円を上限としてその賠償をする旨の制度があったとされます。しかし実際には事故の有無に関わらず出勤1日につき500円が賃金から天引きされていたとのことです。同社の元従業員3人はこれまで天引きされていた分と未払い残業代などの支払いを求め横浜地裁に提訴しておりました。

賃金全額払いの原則

 労働基準法24条1項によりますと、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」とされております。以前も取り上げたいわゆる賃金支払い5原則と呼ばれるものです。そのうちの1つである賃金全額支払いの原則は、賃金は全額支払われなければならず、賃金から一部控除することは原則ゆるされないというものです。労働者に賃金全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないように保護を図ろうとする趣旨とされております(最判昭和48年1月19日)。しかしこの原則にはいくつか例外があり、一定の場合には賃金から控除することも可能とされております。以下具体的に見ていきます。

全額払い原則の例外

(1)法令による場合

 全額払原則の例外として賃金からの一部控除が法令によって定められている場合があります。所得税や住民税、健康保険、厚生年金などは各法令によって使用者が賃金から予め控除し、国等に納めることとなります(所得税法183条、地方税法321条の5、健康保険法167条、厚生年金法84条等)。

(2)労使協定による場合

 もう一つの例外として労使協定による場合が挙げられます。労働組合または労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合には賃金から一部控除ができるとされております(労基法24条1項但し書き)。この場合、一部控除が認められるのは「購買代金、社宅、寮その他の福利、厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なもの」に限られると言われております(昭和27年9月20日通達)。なおここで必要とされるのは「労使協定」であり「労働協約」ではありません。また36協定とは異なり労基署への届け出は不要です。

コメント

 本件でアート社では作業中の損害が生じた場合は作業リーダーが賠償し、また事故の有無に関わらず1日500円が控除される制度があったとされます。横浜地裁は規定に基づく賠償金とは到底認められないとして全額の返還を命じました。以上のように賃金から一部控除するためには労使協定が必要です。その対象も事理明白なのもでなくてはならず、作業中の物損による修理代などは該当しないと言われております。また労基法では賠償予定が禁止されており(16条)、予め一定額を損害賠償額として予定することはできません。引越し業や運送業ではこのような制度を採用している会社も少なくないと言われておりますが、多くの場合でこれら労基法の規定に違反している可能性が高いと考えられます。今一度自社の制度や労使協定を見直しておくことが重要と言えるでしょう。

関連業務タグ:
関連法律タグ:
 
[著者情報] mhayashi

詳細情報はありません。

日々の法務業務を効率化したい方はコチラ

このニュースに関連するセミナー

労務法務 労働法
《東京会場》2020年の注目すべき法改正と法務トピック
2020年02月25日(火)
13:30 ~ 16:30
22,000円(税込)
東京都港区
講師情報
淵邊 善彦
ベンチャーラボ法律事務所 代表弁護士

1987年 東京大学法学部卒業
1989年 弁護士登録
1995年 ロンドン大学UCL(LL.M.)卒業
2000年よりTMI総合法律事務所にパートナーとして参画
2008年より中央大学ビジネススクール客員講師(13年より同客員教授)
2016年より2018年まで東京大学大学院法学政治学研究科教授
2019年ベンチャーラボ法律事務所開設

主にベンチャー・スタートアップ支援、M&A、国際取引、一般企業法務を取り扱う。

主著として、『業務委託契約書作成のポイント』(共著)、『契約書の見方・つくり方(第2版)』、『ビジネス法律力トレーニング』、『ビジネス常識としての法律(第2版)』(共著)、『シチュエーション別 提携契約の実務(第3版)』(共著)、『会社役員のための法務ハンドブック(第2版)』(共著)などがある。
2020年は改正民法、改正独禁法、働き方改革関連法など重要な法改正が施行され、個人情報保護法などの改正も予定されています。

本セミナーは、これらの法改正の概要とそれがビジネスにどのような影響を与えるかを具体的に解説します。

重要な法改正の動きを俯瞰的に把握するとともに、各法改正が実務に与えるインパクトを理解することにより、社内においてメリハリがついた対応策を検討したり、社内研修を行ったりするための参考にしていただきたいと思います。

また、今年特に話題になりそうな法務トピックを取り上げ、その最新の状況をご紹介し、自社の法務部門の今後を考えるきっかけとしてもご活用いただける内容になっています。
詳細はコチラ (申込は、終了しています。)
※セミナー広告を掲載したい方は、コチラ