労基署が慶応大に是正勧告、労基法の明示義務とは
2024/10/03 労務法務, 労働法全般

はじめに
慶応大学が准教授と労働契約を締結する際に、労働条件を書面で明示せず、労働時間管理も怠っていたとして藤沢労働基準監督署から是正勧告を受けていたことがわかりました。大学は勧告を受け、既に是正したとのことです。今回は労基法が定める労働条件明示義務について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、慶応大は2020年に湘南藤沢キャンパスの教員として採用した40代の女性准教授に対し、労基法で明示が義務付けられている就業時間や休日、賃金支払いの方法などを書面に記載していたかったとされます。またタイムカードなど客観的な記録での労働時間の把握も怠っていたとして労基署は指導標を交付したとのことです。女性は10年単位のプロジェクトに向けて採用されたとして長期雇用を期待したが、3年で雇い止めされているとされます。なお同女性が労働契約上の地位確認と未払残業代などの支払いを求めた訴訟が横浜地裁で係属中とのことです。
労働条件明示義務とは
労働基準法15条1項によりますと、使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならないとしております。賃金や労働時間その他の明示事項については厚労省令によるとされ(同後段)、明示された労働条件が事実と異なる場合には、労働者は即時に労働契約を解除することができ(同条2項)、その場合には就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から14日以内に帰郷する場合、使用者は必要な旅費を負担しなければならないとされております(同3項)。労働条件の具体的な内容を明確に示しておくことによって、労働者が安心して働ける環境を整えることが目的とされます。またこの労働条件明示義務に関しては労基法の法改正が入っており、今年4月から施行されております。
具体的な明示内容
労基法15条が義務付ける明示事項は労基法施行規則5条1項に規定されており、具体的な明示事項は以下の通りです。
(1)労働契約の期間に関する事項
(2)有期労働契約を更新する場合の基準に関する事項(通算契約期間、更新回数の上限を含む)
(3)就業場所および従事すべき業務に関する事項(就業場所および業務内容の変更範囲を含む)
(4)始業及び就業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇等に関する事項
(5)賃金の決定、計算および支払い方法、賃金の締切および支払時期、昇給に関する事項
(6)退職に関する事項
(7)退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算、支払い方法、支払時期に関する事項
(8)臨時に支払われる賃金、賞与、最低賃金額に関する事項
(9)労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
(10)安全および衛生に関する事項
(11)職業訓練に関する事項
(12)災害補償および業務外の傷病扶助に関する事項
(13)表彰および制裁に関する事項
(14)休職に関する事項
(15)無期転換申込に関する事項および無期転換後の労働条件
明示時期と違反した場合
それでは労働条件の明示はいつする必要があるのでしょうか。労基法15条1項には「労働契約の締結」の際に明示することが義務付けられております。そして厚労省通達では採用内定を出した時点で明示すべきことが示されております(厚労省平成29年12月20日基発1220第1号)。また有期雇用の際には採用時だけでなく、契約を更新する際にも更新後の労働条件を明示することが必要です。これは定年後再雇用の場合も同様で、再雇用する際に再雇用後の労働条件を明示することとなります。なお自社を在籍させたまま他社に出向させる場合は、出向先は受け入れの際にこの労働条件の明示義務が発生するとされております。これら労働条件の明示義務に違反した場合、30万円以下の罰金が規定されております(120条1号)。
コメント
本件で慶応大は教員として准教授を採用する際に、労働契約書面に就業時間や休日、賃金支払い方法などの事項を記載していなかったとされます。これらは労基法施行規則に列挙された明示事項であり、労基法15条に違反することとなります。またタイムカードなどによる客観的な記録での勤怠状況の把握も怠っていたとのことです。以上のように労基法では採用時や契約更新時などに労働条件を明示することを義務付けております。その明示事項は上記のようにかなり詳細となっております。この明示事項のうち、就業場所と業務変更の範囲、有期労働契約の通算契約期間または更新回数上限、無期転換申込と転換後の労働条件については今年施行された令和4年改正法によるものとなっております。社内の正規・非正規、また定年後再雇用それぞれの従業員について、これらの明示事項が守られているか、確認しなおしておくことが重要と言えるでしょう。
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