Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(15) -  紛争解決条項(4)
2021/10/20   契約法務, 海外法務

この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第15回では、前回のQ5-A5の続きから始め、引き続き、(国際商事)仲裁について解説します。

Q5 : 仲裁機関のモデル条項の例を教えて下さい。


A5: いくつか例を示します。(日本語は訳)

 

(SIACのモデル仲裁条項)(前回で解説済み)

 

ICCのモデル仲裁条項)(Standard ICC Arbitration Clause)

ICCのモデル条項では、仲裁機関と仲裁規則(ICC、ICC仲裁規則)のみ合意されています。この場合、ICCの仲裁規則によれば、仲裁地、仲裁人の人数(1名または3名)および仲裁の言語は、ICC仲裁裁判所または仲裁廷が決定します(ICC仲裁規則18, 12(2), 20)。しかし、一般的には、予見可能性の観点から、予め両当事者間で契約上合意しておくべきです。従って、下の条項例では、仲裁地、仲裁人の人数および仲裁の言語を記入するよう、ICCのモデル条項を一部修正しています。

 

All disputes arising out of or in connection with this Agreement shall be finally settled under the Rules of Arbitration of the International Chamber of Commerce by ["one" or "three"] arbitrators appointed in accordance with the said Rules. The place of the arbitration shall be ________________. The language of the arbitration shall be ________________.


本契約から生じたまたは本契約に関連する全ての紛争は、国際商業会議所の仲裁規則に基づき、同規則に従って選任される[1名または3名]の仲裁人によって最終的に解決されるものとする。仲裁地は、________________とする。仲裁の言語は________________とする。


 

JCAAのモデル仲裁条項

JCAAのモデル仲裁条項でも、仲裁人の人数(1名または3名)および仲裁の言語が合意されていないので、下の条項例では、仲裁人の人数および仲裁の言語を記入するよう、JCAAのモデル条項を一部修正しています。

 

All disputes, controversies or differences arising out of or in connection with this Agreement shall be finally settled by arbitration in accordance with the Commercial Arbitration Rules of The Japan Commercial Arbitration Association in Tokyo, Japan. The number of arbitrator(s) shall be ["one" or "three"]. The language of the arbitration shall be ________________.


本契約からまたは本契約に関連して生ずることがある全ての紛争、論争または意見の相違は、一般社団法人日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って仲裁により最終的に解決されるものとする。仲裁地は[国名および都市名]とする。仲裁人の人数は[1名または3名]とする。仲裁の言語は________________とする。


 

 

Q6 : 「被告地主義」または「クロス式」の仲裁条項があると聞いたことがあります。どのようなものですか?


A6: 以下に、条項例を示します。[1]
 

Any controversy or claim arising out of or relating to this Agreement, or the breach thereof shall be finally settled by arbitration.


本契約から生じたまたは本契約に関連する全ての意見の相違もしくは請求または本契約の違反については、仲裁により最終的に解決されるものとする。


If arbitration is brought by Japan XYZ Ltd., the place of arbitration (including any subsequent arbitration brought while the first arbitration is pending) shall be San Francisco, California, USA, and the arbitration shall be administered by the International Centre for Dispute Resolution of American Arbitration Association and held in accordance with its Commercial Arbitration Rules.


Japan XYZ Ltd.が仲裁手続を申立てる場合、仲裁(その最初の仲裁の係属中に申立てられた後続の仲裁を含む)の仲裁地は米国カリフォルニア州サンフランシスコとし、仲裁は、アメリカ仲裁協会の紛争解決国際センターにより管理され、その商事仲裁規則に従い行われるものとする。


If arbitration is brought by American ABC Co., the place of arbitration (including any subsequent arbitration brought while the first arbitration is pending) shall be Tokyo, Japan, and the arbitration shall be administered by the Japan Commercial Arbitration Association and held in accordance with its Commercial Arbitration Rules.


American ABC Co. が仲裁手続を申立てる場合、仲裁(その最初の仲裁の係属中に申立てられた後続の仲裁を含む)の仲裁地は日本の東京とし、仲裁は、一般社団法人日本商事仲裁協会により管理され、その商事仲裁規則に従い行われるものとする。


The number of arbitrator(s) shall be three. The language of the arbitration shall be English.


仲裁人の人数は3名とする。仲裁の言語は英語とする。


 

【解説】

上記の条項例は、日本のJapan XYZ Ltd. が仲裁を申し立てる場合は、サンフランシスコで、AAA-ICDRの管理下でその規則により仲裁を行い、一方、米国のAmerican ABC Co.が仲裁を申し立てる場合は、東京で、JCAAの管理下でその規則により仲裁を行うとするものです。

このような仲裁条項は、「被告地主義」、「クロス式」または「交差型」仲裁条項等と呼ばれます。当事者が自己の権利を行使しようとする場合、相手方の国を中心に手続を行うことになるので、仲裁申立前に和解で解決しようとする動機付けになると言われ、一般に日本企業に好まれます。一方、英米系の弁護士は、被害を受けた当事者がわざわざ不利な場所で手続を行うことを強いられることは正義に反し、むしろ公正な判断ができる第三国での仲裁の方が適切であると考える傾向があると言われています。[2]

"If arbitration is brought by [Japan XYZ Ltd./American ABC Co.], ....": この部分を、「被告地主義」の名の通り、"If American ABC Co.(またはJapan XYZ Ltd.) is the respondent of arbitration"[American ABC Co.(またはJapan XYZ Ltd.) が仲裁の被申立人の場合] のようにすると問題が生じる場合があります。例えば、日本企業が米国に子会社を有しており、米国企業から求められ、ビジネス円滑化のため、その子会社も契約の当事者とした場合、米国企業があえてその米国子会社のみを被申立人として米国で仲裁を申し立て、日本企業にその米国の仲裁に参加することを余儀なくさせるということが可能となります。従って、仲裁申立者(claimant)がどちらかを基準に仲裁地を定める必要があります。[3]

"(including any subsequent arbitration brought while the first arbitration is pending)": この括弧書きがない場合、例えば、最初に日本企業が米国で仲裁を申立てた後に、相手方の米国企業からも別の仲裁を申立てる場合は、その仲裁地は日本となります(その米国企業が日本に子会社を有しているような場合、対抗措置として、あえて日本で仲裁を申立てる可能性はあると思われる)。括弧書きは、このような反訴的仲裁申立により仲裁地(および仲裁機関・仲裁手続)がばらばらとなり対応が複雑・困難となる事態を防止するためのもので[4]、当該契約に関係する限り、最初の仲裁申立後に申立てられる仲裁は全て同じ仲裁地・仲裁機関・仲裁手続により行われることになります(それらの仲裁間で関連性があれば仲裁手続の併合が行われ得る(例:JCAA商事仲裁規則2019 - 57))。

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第15回はここまでです。次回は、実際に仲裁が行われることになった場合の手続の流れ等について解説します。

 

Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズ一覧

       【注       

[1] 【被告地主義の仲裁条項】 この案文は、下の注3の「山本」、JCAAおよびAAAの各モデル条項、JCAの「交差型仲裁条項」等を参考にドラフティングした。

[2] 被告地主義の仲裁条項に対する英米系弁護士の評価 浜辺 陽一郎 「ロースクール実務家教授による英文国際取引契約書の書き方―世界に通用する契約書の分析と検討 第1巻(第3版」アイエルエス出版、2012年 第11章 p312参照

[3] 【被告地主義の仲裁条項のドラフティングの注意点】 山本 孝夫「英文ビジネス契約書大辞典 〈増補改訂版〉」 2014年 日本経済新聞出版社 p161

[4] 【反訴的仲裁申立に対する他の規定例】 JCAの「交差型仲裁条項」では以下の規定例が示されている。

 

......Once one of the parties commences arbitral proceedings in one of the above places in accordance with the rules of the respective arbitral institution, the other party shall be exclusively subject to the arbitral proceedings and shall not commence any arbitral proceedings as well as court proceedings. The time receipt of the request for arbitration by the arbitral institution determines when the arbitral proceedings are commenced.


......当事者の一方が上記の地のうちの一においてその仲裁機関の規則に従って仲裁手続を開始した場合には、他方の当事者はその仲裁手続に排他的に服し、他の仲裁手続も訴訟手続も開始してはならない。その仲裁機関によって仲裁申立てが受領された時をもって、仲裁手続がいつ開始したかを決定する。


しかし、この規定例には次のような問題点があると思われる。

・例えば、日本企業が申立てた米国における仲裁により紛争が解決された後、両当事者間で取引が継続され、数年後に、今度は米国企業が別の問題で仲裁を申立てようとする場合、どうなるのか。上記条項例は、日本企業が申立てた最初の仲裁の係属中のみ適用されるのか。もし、その後も適用されるとすれば、米国企業は仲裁申立ができないことになる。おそらく、最初の仲裁の係属中のみ適用されるとの意図であると思われるが、このwordingでは明確でない。

・日本企業が申立てた最初の仲裁の係属中であっても、米国企業はその仲裁とは関連性のない問題であっても、別の仲裁を申立てること自体が禁止される。これに対し、日本企業は、他の仲裁を申立てることが禁止されていない。これは不公平である。

 

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

 

【筆者プロフィール】
浅井 敏雄 (あさい としお)
企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで複数の日本企業および外資系企業で法務・知的財産部門の責任者またはスタッフとして企業法務に従事。1998年弁理士試験合格。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員、CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)


【発表論文・書籍一覧】
https://www.theunilaw2.com/


 
 

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